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「集団と群衆の心理学」(釘原直樹さんをお迎えして)
ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭

 2018.1.19(B1事務局 菊池)

1月19日 (金)
ラボカフェスペシャルfeaturing鉄道芸術祭「集団と群衆の心理学」
ゲスト:釘原直樹(大阪大学大学院人間科学研究科 教授)
カフェマスター:沢村有生(大阪大学21世紀懐徳堂 特任研究員)


鉄道芸術祭vol.7「STATION TO STATION」とのコラボレーションシリーズとして開催してきた"ラボカフェスペシャルfeaturing鉄道芸術祭"、本日はシリーズ最後のトークでした。
今回の鉄道芸術祭では「鉄道と身体・知覚・行動」をテーマにしています。
人間の集団における知覚、行動とその心理についてより深く掘り下げていくための関連トークとして、ゲストに集団心理の専門家である大阪大学教授の釘原直樹先生をお呼びしてお話を伺いました。
人間社会ではある程度の人数の集団・組織が形成されると、暗黙の守るべきルールや約束事である「行動規範」が出来上がってきます。では具体的に行動規範とはどのようなものがあり、どれくらい人は影響を受けているのでしょうか。
それを検証したのが以下の「同調実験」です。

20180119集団と群衆の心理学1
最初にご紹介いただいたのは、大阪のエスカレーターにおける同調実験です。
エスカレーターに乗る場合に、大阪では右側、関東では左側に立つことが慣例となっていますが、そこへ逆方向に乗るサクラを混ぜていくとどの程度が同調して逆に乗るでしょうか。
実施場所は大阪モノレールの「門真市駅」と「大阪空港駅」の2箇所で、実験時の利用者内訳(近畿在住者の割合)は門真市駅が88%と大阪空港駅53%でした。
門真市駅では元々左並びがほとんどいなかったにも関わらず、2割近くの人がサクラにつられて左に並びました。それに比べ大阪空港駅ではサクラからの同調圧力がとても強く、数名のサクラが並ぶと、なんと最大7割以上の人が左に並ぶという結果が出ました。
サクラに続いて並んだ人数をカウントすると、サクラの人数を増やしても門真市駅は最大4人しか並ばなかったにも関わらず、大阪空港駅では10人以上の人が並びました。
こうしたことから、人は「暗黙の規範」に拘束されるとともに、その場の同調圧力の影響を受けて微妙なバランスの上に立って行動しているのではないかと推測できます。

では、集団が間違った判断をした時、人は同調圧力にどの程度耐えられるのでしょうか。
これは1950年代に行われた古典的な同調実験を2〜3年前に釘原さんが独自の方法で行った実験です。
実験には8名が参加しますが被験者は1名だけ、それ以外は全員サクラです。AとB、二つのカードのうちAには1本の直線が、Bには長さの異なる3本の直線が描かれており、その中からAと同じ長さの直線を当てます。サクラが全員間違った解答をしたあとに被験者が答えます。
一人で答えた場合はほぼ100%間違うことはありません。しかし7人のサクラが順々に全員間違いを選び、それを見て最後に被験者の番が回ってくると、同調圧力に負けて、自分ではそれは間違いだろうという態度をそれまで取っていながらも、なんと間違いを選んでしまうのです。
こういった実験からも、いかに人が同調圧力に影響されるかということが伺えます。

20180119集団と群衆の心理学2


「同調」というのは、他の人に合わせて楽をしたいという気持ちが背後にあり、それは「社会的手抜き」につながっていきます。
「社会的手抜き」とは、綱引きや神輿など、たくさんの人が一緒に行う場合、意識的・無意識的問わず、人任せになり一生懸命さが失われてしまうことを言います。それは「2:8の法則」などとも言われ、10人が集まれば大体2人は怠けている、というものです。


例として釘原さんが以前行った、「社会的手抜き」を数値で現す実験を紹介してくださいました。
9人で、壁から出た別々のロープを同時に引っ張って合計の力を計測します。計測係にのみ、個別の数値がわかるようになっています。
これの結果によると、一人の場合と複数人になった場合では一人で引いた時の方が出す力が大きく、人数が増えるほど力が弱まる傾向が見られたそうです。
この実験から、「個人が評価されない状況」や、「個人が努力しても全体の結果に対して無駄と思えてしまうような状況」になると、意図している・いないに関わらず、手を抜いてしまうことがあると言えます。
また、そういった手抜きをしている人が他にもいると思うことから、手抜きの同調といったことも起こります。

20180119集団と群衆の心理学3


そういった「社会的手抜き」や「同調」の心理を利用した仕組みが社会にはあります。
「オプトイン・オプトアウト」という、臓器提供意思表示で「臓器提供を望まない人はチェックを入れる」という意思表示の形式や、メールの返信における「返信がない場合はこのまま進めさせていただきます。」という形式などに見られる、デフォルトの選択肢の設定の仕方によって面倒臭さをなくし、なるべく選択肢を少なくすることで、望む回答を得るものなどです。


集団・組織の内にはそれぞれに役割があり、それを演じ守ることで組織の安寧やバランスが保たれています。役割には主に「ヒーロー」、「小役人」、「マスコット」、「スケープゴート」の4種類があります。
組織を運営していく上で、ルールを守らなかったり、なまけていたりする人(悪人、主にスケープゴートに該当する)がいるということは上記の「2:8の法則」からもわかるように必ずあります。
しかし、それらの人を排除してしまえば良いかというと、必ずしもそうとは言えません。そういった人の組織への影響力は、ヒーローの役割を持っている人などに比べると低いので、善(品行方正、主にヒーロー)な人が間違った場合の方が大きな過ちが起きることもあります。
「善がいいかというと、必ずしもそうではないのです。」と釘原先生は仰います。
そういったスケープゴートにヒーローが自分の落ち度を被せ、排除していくということも起こります。しかし、排除することが原因の解決にはなっていないので、同様な問題が再び起こり、そうして排除を続けていくと、組織の士気も落ちていき、運営はうまくいきません。
集団の中にいるなまけものを許容する「寛容さ」が、長い目で見ると集団の存続に役立つのではないか、集団の健全さの一つの指標になるのではないかと釘原さんが仰っていたのが印象的でした。

20180119集団と群衆の心理学4
今回のお話を聞いていて最終的に、個性を認める、寛容する、ということについての話に思えました。
ある一側面から見たら「なまけもの」は足を引っ張っているだけかもしれませんが、見方を変えればそのような人がいることで、社会や組織はバランスを保っていると言えます。また、全く違う側面では高いパフォーマンスを発揮している場合もあるかもしれません。
寛容になることによって、組織は保たれるうえ、さらに他の可能性も見えてくるのではないか、という気がしました。
今の社会では、多様な考え方がある割に価値観が一辺倒すぎるように感じます。
人の多様さを寛容に受け入れることの重要さを、改めて感じました。

「グラフィックデザインと鉄道」(植木啓子さんをお迎えして)
ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭

 2017.12.12(B1事務局 スタッフ 菊池/サポートスタッフ 林)

12月12日(火)、鉄道芸術祭vol.7「STATION TO STATION」の関連企画、ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭「グラフィックデザインと鉄道」を開催しました。

 

ゲストに、日本屈指のグラフィックデザインのコレクションを誇る大阪新美術館建設準備室主任学芸員の植木啓子さんをお迎えし、鉄道とグラフィックデザインの歴史や、その親和性についてお話いただきました。

12.12ラボカフェスペシャルfeaturing鉄道芸術祭「グラフィックデザインと鉄道」 鉄道がまだ生まれていない時代では、距離的にも人数的にも一度にたくさん移動することは物理的に限界があったので、大勢の人が同じ何かを目にする機会はなく、大衆に向けて情報を発信する必要がさほどありませんでした。しかし、鉄道ができたことで大勢の人が一箇所に集まることが実現し、それにより「都市」が生まれたため、"大衆を意識した視覚表現=広告"の必要性がでてきたのです。そこで注目されたのは、大勢にイメージを拡散することのできる広告としてのグラフィックデザインでした。

 

その最も有名なひとつの例として、ロンドン地下鉄の路線図について、まずお話いただきました。

 

地下鉄路線図のデザインで最も重要な転換点があったのは、1931〜32年でした。
それまでの路線図は地理的に縮尺が正確に示されており、目的地までの経路が一目では分かりづらいものでした。そんななか地下鉄の地図に本当に必要なものは何かと考えられた時、伝えたい情報と関係の薄い「正確な距離や地形」などを簡素化して、電車の経路だけをシンプルなデザインに落とし込んだ路線図が発表されました。

この路線図を作成したのは、デザイナーではなくヘンリー・チャールズ・べックという製図技師でした。
ヘンリーの作ったロンドン地下鉄路線図は、現在わたしたちがよく目にする路線図の雛形とも言えるものを作り上げたのです。

12.12ラボカフェスペシャルfeaturing鉄道芸術祭「グラフィックデザインと鉄道」

また、当時は、地下鉄の利用客は通勤だけを目的とする人が中心でした。しかし線路はその区間以外にも長距離に通っており、通勤客とはまた別に昼間の乗客層を増やそうと考えました。

時間に余裕のある人をターゲットに、地下鉄を利用して如何に遠くまで行ってもらうか、旅行してもらうかということが思案されました。

それまでの駅のポスターは決まった箇所に決まった情報を貼るだけのもので、鉄道の旅客は一向に増えませんでした。しかし1920年代~30年代にかけてアーティストたちが描いた鉄道に関するポスターは、快適な列車内のイメージや、鉄道で到着した先にある観光地の美しいイメージなど、鉄道を使うことにより素晴らしい体験が出来るというイメージを主張したものを使用。これらのポスターをそれまでとは違った様々な箇所に掲出して、鉄道の良いイメージを拡散する手段"広告"として使われはじめました。こうして鉄道広告は誕生していきます。

 

また、路線図、会社ロゴ、広告というものがそれぞれバラバラなデザインのものではなく、1つのコンセプトで統一することで、快適で安全な「ロンドン地下鉄」というイメージブランディングを、グラフィックデザインを使って形作っていったのです。

 

12.12ラボカフェスペシャルfeaturing鉄道芸術祭「グラフィックデザインと鉄道」

 

続いて植木さんが示したのは、ロンドン交通局で使われる『Johnston100』という100年間同じ文字を用いて作られたポスターでした。

活版で作成された、同じ文字をずっと使用してポスターが作られているのには、それなりのベースがありました。これらのポスターは5つの文字の太さ、即ちウェイト(活版の重さ)を持たせて、ヘアライン仕上げされたものです。こうした独自のフォントを使いつづけることでロンドン交通局のイメージブランディングに非常に大きな役割を果たしました。この文字は現代のデジタル化に合わせて2016年に改定され、現在に至っています。

 

 

続いては、いくつかの鉄道とデザインの進歩に非常に関連のある、ポスター資料を紹介いただきました。時代とともに鉄道技術は進歩し、デザインに必要とされる事柄、概念もどんどんと変化・進歩していきます。

フランスの鉄道広告製作者であったカッサンドルは、今で言う「効果線」のようなものを、エアブラシを用いて描画することで鉄道のスピード感を表現したポスターなどを作成し、線路や車輪などをピックアップしたデザインを用いることで鉄道のダイナミックさを表現しました。

またPULLMAN急行(所謂オリエント急行の運行会社)がヨーロッパの様々な国を跨いでサービスを提供することを告知するためのポスター「一つの国、一つのヨーロッパ Wagons-Lits」なども紹介頂きました。

12.12ラボカフェスペシャルfeaturing鉄道芸術祭「グラフィックデザインと鉄道」 広告ポスターはある時期からアーティストがデザインを任されることが多くありましたが、やがてだんだんと広告ポスター専門の作家デザイナーが登場してきます。代表的なものはPLC(パリ、リヨン、コートダジュール)。これには佐伯祐三という、何と大阪出身の日本人が大きく活躍していたりします。

そして1960年代になると、サービス広告が増えていきます。例えば、ポスターの半分は男性のシルエット、もう半分は女性のシルエットで彩られた利用客層のイメージに関するものや、他社線の半額で旅行ができるというお得感を表したポスターなど、現代に通じる多種多様な広告が生まれてきます。

 

一方日本における鉄道広告は、明治時代には広告が禁止されていたために大正時代以前の資料は余り残っていません。しかし大正時代になると、広告は収入になるということが判り、どんどんと発展していきました。

日本での初期の鉄道ポスターである「梅田難波間全通」という大阪御堂筋線開通時のポスターがあります。「梅田」「難波」という文字を並べ、電車を配置し、単刀直入に伝えたいメッセージを表現しています。当時日本にはまだグラフィックデザイナーという職種はなく、おそらく路線のことを良く判っていた現場の人間が指示を受けて、描いていたのではないかと思われます。そのためか、当時の駅の広告枠にはデザインによる統一感はなかったそうです。即ち本来、グラフィックデザインと広告グラフィックデザインとは分かれているのですが、日本においては垣根がありませんでした。

12.12ラボカフェスペシャルfeaturing鉄道芸術祭「グラフィックデザインと鉄道」

こうして、鉄道とセットになっているグラフィックデザインに関する話が時代に沿って次々と展開していき、デザインにおける考え方、概念に移っていきます。

20世紀に入りフランスのグラフィックデザイナーのカッサンドルは、広告に対し次のようなことを提唱しました。『この場所にはこの表現というように場所ごとに一目見て判るような表現が求められているのではないか』というものです。

 

鉄道芸術祭vol.7は『鉄道、身体、知覚、行動』をテーマに、文字と情報のあり方を考えるような展示でした。

現代の都市に目を向けると、例えば最近の駅などにおける階段の広告や電車扉の広告、ラッピング電車など情報発信として貪欲ともいえますが、その背景には鉄道の仕組みそのものが、色々なものに対して貪欲であるということを考えると納得ができます。

鉄道広告は、広告媒体の変化と共に内容、場所ともに変遷をしていきました。現在の電車内では様々な形の広告が展開していますが、まだ広告として使えるようなスペースはたくさんあり、今後広告を含めた車内デザインがどのように変化していくかも楽しみなところです。

 

 

最後に、印刷にはアート印刷とそれ以外の通常の印刷がありますが、通常の印刷が簡単に出来るようになってしまった分、質が低下してきていることに植木さんは警鐘を鳴らしています。また反対にとても緻密なものもあり、印刷のクオリティにも差が出てきています。これからは、印刷を見る受け手側もビジュアルを判断する能力を身につけることが必要なのかもしれないとおっしゃられました。

 

現代の都市生活の中で、グラフィックデザインは何気なくも常に目に入るものではありますが、だからこそ、それが人々の行動や興味、情報認識、さらには組織のシステム、イメージなどに深く関わるとても重要な役割を果たしていることを、鉄道に関わるグラフィックを通して改めて思い、その進歩と現在のカタチやこれからの在り方などを思考することで、とても興味深く感じました。特に電車内など、今後どのような斬新な広告形態が出現するかといった、社会や技術の変化によるグラフィック表現の進歩にもさらに注目をしたくなりました。

「レールの曲げ方概論」
ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭

 2017.12.8(B1事務局 菊池)

12月8日(金)、鉄道と現代美術の企画展・鉄道芸術祭vol.7「STATION TO STATION」の関連トークとしてラボカフェスペシャルfeaturing鉄道芸術祭「レールの曲げ方概論」が開催されました。

今回の展覧会「鉄道芸術祭vol.7」の展示作品の中には、本物の鉄道レールが立花さんの彫刻作品として出品されています。長さ5メートル程度、重さは300kgほどになります。
このレールは、本日のゲスト「工務部保線課」のお二人に京阪車両基地で曲げて頂いたものです。これを中心に展覧会の構成が組まれていったという経緯がある重要な作品で、保線課の方々の仕事なしには得られないものでした。
では、保線課の仕事とは何なのでしょうか。

普段電車に乗るときにはあまり意識していないものの、それがないと電車は走ることが出来ない「線路」。日々線路に危険がないかを点検し、整備し続ける京阪電車「工務部保線課」のお二人をゲストにお迎えして、保線課の日々の業務内容や、実際のレールの加工についてなど、私が日頃知り得ない「線路(軌道)」のお話を伺いました。

12.08ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭vol.7「レールの曲げ方概論」

ゲスト:
木戸宏(京阪電気鉄道(株)工務部保線課大阪保線係主任)
築山拓矢(京阪電気鉄道(株)工務部保線課設計担当)

カフェマスター:
塚原悠也、木ノ下智恵子(アートエリアB1運営委員)

まずは今回のトークタイトルにある「レール」や「線路」が何を指すかというところからトークは始まりました。
線路とは、レールだけで構成されているのではなく、主に《砂利や砕石(バラスト)》、《枕木》、そして《レール》の三つで構成され、これらは「軌道」と呼ばれます。他にも線路には頭上の電線やそのほかケーブルや信号などの構成物もありますが、今回のトークでは、本日のゲスト「保線課」のお二人が担当される「軌道」についてのお話がメインとなりました。
ゲストの木戸さんは保線課一筋30年の職人さんであり、築山さんは設計、経理担当です。
京阪電車は住宅地の間を縫って走っている為、とてもカーブの多い路線です。今回はインターネット上の地図を使って京都の路線を俯瞰しながら話していきました。
乗っているとあまり感じないことも多いですが、地図上で見てみるとかなり急なカーブもいくつかあります。

12.08ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭vol.7「レールの曲げ方概論」

では、そのレールは一体どうやって曲げているのかというお話に入っていきました。
1メートルあたり約50kgという、とても重くて硬い鉄の塊を曲げるには、機械ではなくレール敷設現場で人間の手で曲げています。先に設置してある枕木に沿って、テコの原理を使って人力で少しずつ曲げて入れていくので、機械であらかじめ曲げたものを入れるということはありません。機械を使って曲げるのは、ごく限られた特殊な一部分のみです。
機械で曲げる場合は専用のマシンを使って行われます。レールを左右2点で挟み、真ん中をジャッキで押すという、かなりシンプルな仕組みです。機械自体は小型のため、レール全体を一度に曲げるのではなく、機械を少しずつ移動させながら全体を曲げる作業を行います。

1208ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭vol.7「レールの曲げ方概論」

レールの主な原料は鉄です。かなり純度の高い、上質な鉄が使われています。
鉄は温度の変化によって膨張したり収縮したりするので、鉄の塊であるレールも気温の変化によって、なんと伸び縮みします。場合によっては曲がったり千切れたり、特に夏場は急激な熱膨張で、枕木に押さえつけられているレールが一気に伸びる瞬間に「ボン!」と破裂音がすることもあります。
そういったレールの変形に対応する為に、継ぎ目には多少のすき間がわざと空けてあります。走行中の「ガタンゴトン」という電車特有の音は、この継ぎ目を通る時に鳴る音なのです。
日々軌道(線路)の状態を監視して、夏はすき間を広げ、冬は逆に間を詰め、異常があれば交換したりと、電車を運行する上で危険な箇所がないように、巡回しながら点検、補修・維持管理を行うことが、保線課の主な業務です。

具体的な点検方法は、電車の運転席の隣に乗ってレールを目視しながら車両の揺れを感じる調査や、実際に線路に下り目視で点検します。
点検の結果異常があった部分のレールを交換する場合は、枕木はそのままにレールのみを交換します。当然1mmのズレもなく、元あったものと全く同じ場所に、寸分の違いもなく設置していきます。それらは全て、人の手で行われています。
近年は機械化が進み、異変箇所の調査に機械を用いるようになりましたが、機械の数値だけでは見えないものもあるため、最終的にはmm単位のレールのズレを、身体の感覚で判断して調整していきます。「保線は経験工学」と言われており、経験を積んだ人間が判断し、作業をするという、まさに文字通りの職人の世界です。
自分の保線担当箇所は、「自分の家の庭だと思って手入れしろ」と木戸さんは入社当時に先輩社員から教わったそうです。
日々伸び縮みして変化するレールは「生き物です」というお二人のお話がとても印象的でした。

 12.08ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭vol.7「レールの曲げ方概論」

今回のトークは、「レール」がテーマで実際の作業をされている方がゲストということもあり、非常に電車に関心の高い方が多く参加されていました。トーク後半の質疑応答では待ってましたとばかりにかなりマニアックな質問が次々と飛び交い、とても賑わいました。レールの繋ぎ目を溶接する場合の方法や、レールのより詳しい曲げ方、車輪とレールの接地面の荷重について、京阪で一番長いロングレール(溶接された、継ぎ目のないレール)の長さ、レールの敷設時の持ち上げの方法、などなど。時間ギリギリまで質問は尽きませんでした。

普段から電車に乗るときだけでなく街中でもよく目にしているはずの線路ですが、あまり気にしたこともなく知らないことばかりでした。まさかレールが温度でそこまで変化するようなものだとは思いもよらないですよね。
それは裏を返せば、鉄道利用者が「気にならない」レベルまで異常が起こらないように、常に点検と補修をしている保線課の皆さんをはじめとした鉄道会社の安全管理の徹底さを表している、という話がありました。
乗るたびに「電車は危険かもしれないから覚悟をして乗る!」などと考えるようなものは普段から気軽には利用できません。
高速で移動する電車には本来危険なことがたくさんあるはず。そこをしっかりと確実に安全を確保し、利用者が危険を感じることのないよう、電車は安全でしかも正確であるという信頼を昔から勝ち取ってきた日本の鉄道会社の仕事のレベルの高さがあるのだということを感じました。

電車公演「電車と食堂とコントと」を開催しました。
鉄道芸術祭vol.7イベントプログラム

 2017.12.3(B1事務局 三ヶ尻)

12月3日(日)に電車公演「電車と食堂とコントと」を開催しました。
電車公演とは、走行する電車を舞台とした一回限りの特別なプログラムです。

今回、国内では希少となった食堂車やお座敷列車へのオマージュを込めて、料理家・文筆家として活躍されている高山なおみさんと、のどかな新古典派ナンセンスコメディを展開するコントユニット、テニスコートがゲストとして乗車し、特別電車「電車と食堂とコントと」を発車しました。

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当日の様子を少しご紹介します。

中之島駅で受付を済まされた参加者の皆さんは、特別切符と、『球体7号・特別臨時便』テニスコート『快速急行インモラル』の2つの限定紙を手に、3つの車両にご乗車いただき、それぞれの席からじっくりと「電車と食堂とコント」を楽しんでいただきました。

車掌のアナウンスとともに扉が閉まり、特別電車がいよいよ出発。
電車の振動と振動音に心地よく揺られながら、各車両に設置されたモニターより高山なおみさん『イワシとムサカ』の映像が始まりました。まず、ごろごろとした立派なじゃがいもを皮がついたまま茹でています。「マッシュポテトのムサカ」です。熱々のじゃがいもを布巾の上にのせ、皮をひとつずつ剥いていく。皮が剥かれたじゃがいもたちをよく潰し、たっぷりのバターと牛乳を入れてはまた潰し、どんどん滑らかなマッシュポテトになる様子が映し出されていました。画面の中にはキッチンの青いタイルや近所のスーパーでよく見るパッケージの牛乳、そして、淡々とじゃがいもを潰す高山さんの後ろ姿。

12.03電車公演「電車と食堂とコントと」

公演当日はとてもお天気が良く、京橋駅を過ぎたあたりからたくさんの日光が車内に差し込みました。ぽかぽかと暖かい車内で映像の中の高山さんの後ろ姿を眺めていると、懐かしい場所に帰ったような、のどかな気持ちになりました。

また時折、映像の高山さんと重なるように、鉄道芸術祭vol.7「STATION TO STATION」で展示している高山さんの作品『ポルトガル日記』を高山さんご自身がマイクを通して朗読します。この作品は、鉄道芸術祭vol.7の始まりとなったポルトガルでの日々が日記として綴られているものです。朗読する高山さんの伸びやかな声とともに、ポルトガルで高山さんが見た光景が車内にふわりと立ち上がるようでした。

12.03電車公演「電車と食堂とコントと」

光善寺駅を過ぎた頃、BGMをきっかけに各車両に1人ずつ乗車していたテニスコートの3人がマイクを片手に各々立ち上がります。テニスコートのコントの題材となったのは、日本人で初めて公式にヨーロッパへ上陸した「天正遣欧少年使節」です。当時のヨーロッパを想起する襞襟(ひだえり)のついた洋服、手に黒革表紙の本を持った3人は、うろうろと車内を歩きながら、年表のような日記のようなものを読み上げ始めました。3人は異なる車両にいるのにも関わらず、近距離で話しているかのような会話がマイクを通して全車両で繰り広げられます。

12.03電車公演「電車と食堂とコントと」

日本からポルトガルへ渡る場面を演じるテニスコート扮する天正遣欧少年使節。大阪から京都へ向かう京阪電車は、さながら日本からポルトガルに渡る船中のようでした。 

枚方駅あたりで、3人は車両間を移動し始め、真ん中の車両で合流したり、また別れたり──。しかし各車両で聞こえる声の距離感は変わらず、車両から演者がいなくなっても言葉の投げ方と息遣いから場面の状況を捉え、想像を重ねるような、そんなコントでした。時折、旅路には暗雲が垂れ込めたり、気持ちよく晴れ上がったり、まるで車内の空間が伸び縮みするように3人のリズミカルな会話が積みあがっていき、時に笑いを誘います。

樟葉駅で停車すると、映像の中の高山なおみさんは、次の料理「イワシの塩焼き」にとりかかっていました。付け合わせの野菜たちを茹でたり、切ったり、和えたり。イワシはあら塩とともにグリルにかけられます。

12.03電車公演「電車と食堂とコントと」

電車は樟葉駅で折り返し、再び大阪方面へ走り出します。
行きの電車で繰り広げられたテニスコートのコントは同じ配役で、ポルトガルから日本に帰る船中のある日の出来事に移ります。コントでは、実際にはいない4人目の登場人物が登場し、別の車両にもう一人の人物がいるかのように話は進んでいきます。わずか3両の空間が、広大な海を渡る船であるかのような錯覚を引き起こします。

テニスコートのコントが終幕した頃、高山さんの「イワシの塩焼き」は、イワシの上に野菜が盛り付けられていました。そして、白いワインとともに、「イワシの塩焼き」を高山さんが食べる時間。付け合わせの玉ねぎや硬めにゆでられた卵、ピーマンのマリネをナイフで刻み、イワシの身からナイフとフォークで器用に骨を取り除き、じっくりと時間をかけて料理が口に運ばれます。料理の映像を見ていて生唾を飲む瞬間というのは誰しも経験があると思いますが、「イワシの塩焼き」は、食べているときの高山さんの仕草からも"美味しい"を感じました。

12.03電車公演「電車と食堂とコントと」

電車は終着の「なにわ橋駅」に到着。「なにわ橋駅」の改札口には、高山なおみさんの「イワシとムサカ」が蝋細工の食品サンプルで展示されていました。

車内のモニター越しに見た、高山さんの調理と完成した料理と食事の風景。そして実物の料理から型を取って作られた食品サンプル。
「イワシの塩焼き」も「マッシュポテトのムサカ」も、ポルトガルの代表的な料理の一つです。
ポルトガルへ行き、ポルトとリスボンを鉄道で旅した高山なおみさん。その日々を辿る朗読。
日本からポルトガルへ命がけの船旅をした天正遣欧少年使節。
使節の旅路をコントで辿るテニスコート。
大阪と京都を行き来する鉄道。窓から差し込む暖かなひかり。
異なる時間と空間と文化が車内で渾然一体となりながらも、出発駅から終着駅へ一直線に向かう鉄道の旅を楽しむ、そんな公演でした。

電車公演で上映した「イワシとムサカ」の映像と食品サンプルは、アートエリアB1の展覧会場にて1/21まで展示しています。

また、高山なおみさんによる「ポルトガルを感じる料理7品」のレシピが掲載された「球体7号・臨時特別便」も展覧会場でご購入いただけます。

電車公演に乗れなかった方は、この機会をぜひお見逃しなく。

12.03電車公演「電車と食堂とコントと」

12.03電車公演「電車と食堂とコントと」

終演後、アートエリアB1では、使節団トーク「車窓の旅〜ポルトガル編〜」が開催されました。

現代の使節としてポルトガルに渡った、建築家の荒木信雄さん、作家の石田千さん、料理家の高山なおみさん、そして鉄道芸術祭vol.7メインアーティストの立花文穂さんがゲストとして登壇したこのトーク。こちらの様子は次のブログ、使節団トーク「車窓の旅〜ポルトガル編〜」でご覧ください。

(撮影:松見拓也)

 

 

使節団トーク「車窓の旅〜ポルトガル編〜」
鉄道芸術祭vol.7関連トークプログラム

 2017.12.3(B1事務局 三ヶ尻)

12月3日(日)電車公演「電車と食堂とコントと」終演後、 トークプログラム「車窓の旅~ポルトガル編~」を開催しました。

鉄道芸術祭vol.7「STATION TO STATION」のはじまりにもなったポルトガルの旅について、リサーチメンバーである建築家の荒木信雄さん、作家の石田千さん、料理家・文筆家の高山なおみさん、そして鉄道芸術祭vol.7メインアーティストの立花文穂さんをお迎えし、それぞれの視点から見たポルトガルの旅と展覧会についてお話し頂きました。

12.03使節団トーク「車窓の旅〜ポルトガル編〜」

─ポルトガル・リサーチの旅の経緯について─

2017年11月10日から開催している本展は、2017年の夏、メインアーティストである立花さんの提案により、荒木さん、石田さん、高山さんとともに、ポルトガルをリサーチする旅から始まりました。

 

なぜポルトガルをリサーチ?とお思いかもしれませんが、これには経緯があります。

立花さんは何かを生み出す時に建築家の荒木信雄さんとお茶を飲むことが慣例で、今回も例によって立花さんと荒木さんはお茶をしながら本展のアイデアを生み出していきました。2人が鉄道芸術祭を企画するにあたって、荒木さんがよく訪れていたポルトガルのポルトとリスボンは、京都と大阪に共通している点が多いということに気がついたそうです。

また日本とポルトガルは歴史的にみても関連が深く、安土桃山時代、日本からポルトガルへ旅立った天正遣欧少年使節が活版印刷や宗教の概念など様々な技術や文化を持ち帰り、それらが日本の近代化に大きな影響を与えました。

このような共通点もあり、今回、現代の使節団として4人はポルトガルへ渡ることとなったのです。

 

ポルトガルに何度も行かれている荒木さんは、リスボンにあるパスティス・デ・ベレンのエッグタルトは絶品で忘れられない味らしく、【エッグタルト→食べること→高山なおみ】と立花さんの中で線が結ばれた結果、3人目の使節は料理家であり文筆家の高山なおみさん。そして、雑誌「球体」で『もじの緒』を連載されており、旅の情景を文字で形にする作家の石田千さんが4人目の使節となりました。

12.03使節団トーク「車窓の旅〜ポルトガル編〜」

─ポルトガルの日々─

高山なおみさん「ポルトガル料理の盛り付けと食べ方」
ポルトガルではイワシの塩焼きやたこを煮付けたもの等、日本人が普段食べている料理とそっくりなものによくお目にかかります。またポルトガル料理の薄い味つけも日本人の舌に親しみ深いと言われています。

高山さんはポルトガル料理そのものや味ではなく、食べ方やお皿の盛り付けなどを観察されていました。ポルトガル料理はメインディッシュの上に規則的な大きさに切り揃えらた副菜がおおいかぶさるように盛り付けられていることがよくあるそうです。
また、電車公演で上演された『イワシとムサカ』では、高山さんがイワシと付け合わせの野菜たちを細かく刻み、混ぜ合わせて食べる様子が印象的でした。立花さんは高山さんのイワシの食べ方をみて、料理を口に運ぶまでの過程も料理をしているようだと言い表していました。

12.03使節団トーク「車窓の旅〜ポルトガル編〜」

石田千さん「ポルトガルのサウダージ」
ポルトガルの民謡歌謡、ファドを好きな方も多いのではないでしょうか。ファドの歌詞には、サウダージ=郷愁、懐かしい気持ちを表わす言葉が度々登場します。石田さんは、ファドに限らずポルトガルの文学や詩にもこのサウダージを大切にしている印象があると言います。そして、ポルトガルの人たちの言うサウダージをリスボンの坂から見る街並みにも感じたそうです。リスボンは坂の多い町で、歩いているとすぐに息がきれます。その度に立ち止まり、振り返る。振り返ると青いテージョ川。石田さんは、この立ち止まり振り返るからだの行為と心情にポルトガルの人たちのサウダージがぴったりだと感じました。

また、旅の間は亡くなった人たちのことを考えていたという石田さん。旅の最中に訪れる余白の中に、今はいない人たちの姿が浮かび、ポルトガルへの旅はとくに記憶や気持ちの整理をする時間だったと言います。

 

荒木信雄さん「何もない感じに引き寄せられる」
荒木さんがはじめてポルトガルに行ったのは30代の頃でした。はじめて行った時から、荒木さんはポルトガルの何もない感じに引き寄せられたと言います。その経験から、何もない余白の部分をどう捉えるのか、他者といかに余白のような時間を共有するのかということをよく考えるようになったそうです。 またある時、ポルトガルで夕日を見た荒木さんは心を打たれ、「人は一瞬の記憶でもつのだ」と考えるようになりました。その夕日を見た時の感覚が荒木さんの思考に多大な影響を与えていると言います。

12.03使節団トーク「車窓の旅〜ポルトガル編〜」

立花文穂さん「見るタイミングが変われば、見るポイントが変わる」
立花さんは鉄道芸術祭vol.7に取り掛かる為にまず、電車に乗ることから始めました。京阪電車で〈京都─大阪〉間を何度も往復したそうです。電車に乗ったら外を見たいので、必ず窓側に座るという立花さん。しかし撮影中に感じたのは、外の風景を見ているようで意外とガラス面を見ているかもしれないということでした。 立花さんの作品「川の流れのように」では、車窓からみえる風景、そして車窓のガラス面に反射して写り込んだ車内の様子、双方を映し出しています。車窓からみえる風景などは立花さんが意図して映したものですが、車窓のガラスに反射していた車内の様子などは意図せず写り込んでいたものも多くあったそうです。今回作品をつくる際、後者が意外と良いと感じられたと立花さんは言います。鉄道芸術祭vol.7のメインビジュアルになっていた車窓に映った女性は立花さんにとって意図せず写り込んでいたものだったようです。この女性が本展のメインビジュアルとなったように、見るタイミングが変われば、見るポイントが変わるとおっしゃられた言葉がとても印象的でした。

また立花さんは、ともに現代の使節となった荒木さん、石田さん、高山さんについて、"自分時間で動く人"と表現されていました。それぞれのタイミングでものを生み出せる人たちなので、ポルトガルの旅が何にもならないはずがないと確信があったと立花さんは語ります。それぞれの時間で動いてもらうために「もしかしたら一緒に旅をしないほうが良かったかもしれない」という立花さんの言葉に、会場では笑いが起こりました。

12.03使節団トーク「車窓の旅〜ポルトガル編〜」

それぞれのエピソードを聞く中で、ポルトガルの土地から受け取ったもの、また、それぞれの感覚や経験がゆるやかに混じり合い、影響し合う旅だったのだと感じました。そして、鉄道芸術祭vol.7「STATION TO STATION」と「球体7号」としてアウトプットされた時、展覧会場の中で端々に感じる異国の文化の匂いが、わたしたちに旅に出向く直前の時のようなワクワクとした気持ちを想起させたのではないかと思いました。

 

 

 

 

鉄道芸術祭vol.7「STATION TO STATION」 オープニングトーク+ライヴ「立花文穂、STATION TO STATIONを語る」

 2017.11.21(B1事務局 江藤)

アートエリアB1では、11月10日より企画展・鉄道芸術祭vol.7「STATION TO STATION」を開催しています。 11月11日(土)には、オープニングイベントとして、メインアーティストの立花文穂さんによるトークと、参加アーティストである太陽バンドさんによるライヴをおこないました。

2017.11.11 鉄道芸術祭vol.7 OPトーク+ライヴ「立花文穂、STATION TO STATIONを語る」立花文穂さんは、ことばや文字、本を題材に作品を制作し、国内外で発表されていると同時に、グラフィックデザイナーとしてアーティストやクリエイター等の様々な本も手がけられています。 なかでも代表的な活動が立花さんが責任編集を務める雑誌『球体』です。2006年に創刊し、現在6号まで発刊されている本誌は、アーティストであり、デザイナーであり、編集者である立花さんの視点や考え、様々な思いが凝縮されている作品とも言えます。

独自の視点で線や文字を探究される立花さんは、元より軌跡や軌道というものにも深い関心を持たれています。

 

オープニングイベントでは、立花さんと太陽バンドさんの他、参加アーティストの石田千さん、荒木信雄さん、長崎訓子さん、齋藤圭吾さん、ワタナベケンイチさん、ナイジェルグラフさん、中野浩二さん、コンタクトゴンゾさん、MAROBAYAさん、片貝葉月さん、藤丸豊美さん、葛西絵里香さん、多数の方々にご参加いただき、 参加アーティストとともに展覧会場を巡りながら、ギャラリートークを行いました。

2017.11.11 鉄道芸術祭vol.7 OPトーク+ライヴ「立花文穂、STATION TO STATIONを語る」ギャラリーツアー

会場真ん中には、一本の湾曲したレールと映像作品があります。
ここでまずは、ポルトガルへリサーチ旅行に出かけることになった経緯を話されました。 「なぜポルトガル?」と思ってしまいますが、実はこの展覧会、立花文穂さんと、荒木信雄さん、石田千さん、高山なおみさんの4名がポルトガルへリサーチ旅行に行くところから企画がスタートしています。
その経緯は、立花さんによると、
鉄道芸術祭の企画にあたって京阪電車で大阪─京都間を往来していると、淀川沿いをずっと走りトンネルがほとんどない、そして曲線が多いということが気に留まりました。
参加アーティストの建築家の荒木信雄さんに相談すると、荒木さんはポルトガルが好きで、大阪と京都の対比がポルトとリスボンの関係に似ているという話になったそうです。
リスボンはラテンの血が入っているかのように明るい土地柄で大阪に似ているし、ポルトは観光地であり古い町並みが残っていて京都のようだと。

かつて、日本からポルトガルへ旅立ち、キリスト教文化とともに活版技術、料理、衣服等の様々な技術や文化を持ち帰った天正遣欧少年使節の4人の少年のように、
文字や本・建築・食・ことばという異なる表現手法をもつ4名が、現代の使節団となってポルトガルヘ赴いたのです。

 

ポルトガルでは、淀川沿いを走る京阪電車と同じように、リスボンからテージョ川沿いを走るカシュテロブランコまでの鉄道、ポルトからかつてポートワインを運んだドウロ川沿いを走る鉄道を選んで乗車しました。
展覧会場の最も広い壁に映された映像は、立花さんがポルトガルの鉄道の中から車窓の外や車内を撮影した映像です。

 2017.11.11 鉄道芸術祭vol.7 OPトーク+ライヴ「立花文穂、STATION TO STATIONを語る」ギャラリーツアー

その後、一つひとつの作品について、参加アーティストの紹介とそのアーティストに参加してもらった理由、作品展示の経緯などを説明されました。
鉄道というものをアーティストがどのようにイメージしているかといったことや、アーティストのことを「絵は下手なんだけど」と歯に衣着せず仰ったり、想像していたものが届かなかったアーティストもおられたとのことで、立花さんとアーティストとの関係の妙も面白く、終始和やかなギャラリートークでした。

 

ギャラリートークを終えると、アートエリアB1運営委員であるコンタクトゴンゾの塚原悠也さんの進行で、立花さんのトークが続きました。

2017.11.11 鉄道芸術祭vol.7 OPトーク+ライヴ「立花文穂、STATION TO STATIONを語る」

立花さんは2006年に雑誌『球体』を創刊しました。発行したきっかけは、本屋で手に取れないような雑誌を見かけなくなったこと。
そのことに危機感を持って古本屋へ行き始めました。
この展覧会は、『球体 7号』を編集するというもので、雑誌をつくるように展覧会をつくるということを体現されています。 展覧会の作品の一部に刷り物の雑誌『球体七號(上リ)』があります。
「(上リ)」がありますから、「(下リ)」もあるとのことです。会期中に発行を予定していますので、ぜひご期待ください。

 2017.11.11 鉄道芸術祭vol.7 OPトーク+ライヴ「立花文穂、STATION TO STATIONを語る」

大阪では、2010年に国立国際美術館で開催された『風穴 もうひとつのコンセプチュアリズム、アジアから』展に参加するなど、アーティストとして作品制作や展覧会への参加も精力的に行われる立花さんにとって、紙面をつくることと展覧会をつくることは基本同じだと仰られます。 球体をつくるように、絵画、彫刻、写真、ことば、映像などが目次のように並び、最後に台割ができあがっています。
これらのことばを聞いて、本展は雑誌『球体』のポリシー「美術・写真・ことば・・・さまざまな表現をぐちやっとまるめた紙魂である」を目の当たりにすることができる展覧会なのだと感じました。

他方、都市と都市、駅と駅、点と点を結ぶ鉄道は、点と線で構成されていると言えます。
立花さんが教鞭を取られている女子美術大学では、1年かけて点を集める、もう1年かけて線を集めるということを授業をされています。
それは、点が線を形成している感覚を知ることが大事であり、それが文字を知ることにつながるという考えからです。
学生には悩むほど考えると景色が変わることを知ってほしい、自分がやっていることを楽しむことを自覚してほしいというお話もありました。

 

トークの後には、太陽バンドさんによるライヴがおこなわれました。 ギターとハーモニカと歌声により、軽妙な詩でありながら叙情的に歌い上げられる曲が印象的でした。
本展の展示作品に、石田千さんがポルトガルを旅して作った「かつて彼らが旅したように」という詩があります。

2017.11.11 鉄道芸術祭vol.7 OPトーク+ライヴ「立花文穂、STATION TO STATIONを語る」ライヴ
これに太陽バンドさんが音をつけた鉄道芸術祭vol.7用の新曲も披露されました。
また、展覧会には、立花さんがポルトガルの蚤の市で購入されたとある楽譜も展示されています。 表紙には汽車が描かれ、その名も' IL TRANO(THE TRAIN)'。
この楽譜を読み解くことを依頼された野村卓史さんとの交渉のエピソードも太陽バンドさんによって紹介され、会場は笑いに包まれました。 この曲は、12月初旬より展示予定ですので、ぜひご期待ください。

 2017.11.11 鉄道芸術祭vol.7 OPトーク+ライヴ「立花文穂、STATION TO STATIONを語る」ライヴ

「『球体』はできあがってからできていく。」

この立花さんのことば通り、鉄道芸術祭vol.7「STATION TO STATION」はこれからも変化します。 雑誌『球体七號(下リ)』の発行、楽曲作品「'IL TRANO(THE TRAIN)'」、その他、葛西絵里香さん、MAROBAYAさんの作品も会期半ばでの展示を予定しています。
高山なおみさんとコントユニット・テニスコートによる電車公演やリサーチメンバーによるトークショーも開催します。

 

約2ヵ月半の会期をかけて、編集され続ける鉄道芸術祭vol.7「STATION TO STATION」を体感しに、ぜひ展覧会へお越しください。

「見えない世界の現し方」(五十嵐大介さんをお迎えして)

 2017.3.20(B1事務局 スタッフ 菊池)

展覧会「ストラクチャーの冒険」最終日の前日、1月21日(土)に、出展作家の一人である漫画家の五十嵐大介さんをゲストにお迎えして、トークプログラム「見える世界と見えない世界を描く/漫画家・五十嵐大介」を開催しました。今回は、進行役として京都マンガミュージアムの研究員である伊藤遊さんにもお越し頂き、五十嵐さんの作品の魅力に迫りました。

「魔女」紹介

五十嵐さんは、緻密な描写と独特の世界観で、自然と人間の繋がり、神話や伝承の世界、生態系や生命のなりたちを描き出す漫画家として知られています。今回の鉄道芸術祭では、五十嵐さんの代表作の一つである短編集『魔女』(小学館)などの原画をもとにしたインスタレーションにより空間を構築しました。

五十嵐さんの代表作には、
魔女という一貫したテーマに独自の視点を加えて描かれた短編集『魔女』、
海と港町と水族館を舞台に、宇宙と生命の成り立ちに迫る長編作品『海獣の子供』、
五十嵐さんご自身の自給自足の経験をもとに描かれ、2014〜2015年に映画化された『リトル・フォレスト』などがあります。

今回のトークでは、それぞれの作品のルーツを紐解きながら、展覧会のテーマである「ストラクチャー」(文明や歴史を内包する世界の構造)に対する、五十嵐さんの視点や考えをお伺いしました。

 展覧会使用コマ

五十嵐さんの作品に共通する魅力の一つとして、非常に緻密に描かれる風景・景色がありますが、それらの風景や景色のほとんどは、実際に五十嵐さんが見てきた景色が多いそうです。

五十嵐さんにとって、旅先での風景のスケッチは、初めて行った場所や空間と仲良くなる為の行為だと言います。

もともとは、周りの生き物を観察したり、好きな歌を口ずさんだりすることで、その場所と徐々に馴染んでいく感覚があったそうですが、次第にその詩や言葉が自分のもので無いことが気になりはじめます。そして、自分なりの手法で場所へアプローチすることを考えた結果、スケッチという手法に行き着きました。
スケッチを通して、初めて会った場所と仲良くなり、描き終わった時にはその場所と繋がる感じがして、顔を上げると景色が違って見えるそうです。

「自分と空間を隔てている距離感がなくなり、"自分がちゃんとそこにいる感じ"」

その行為は、漫画のためのメモというわけでも、練習というわけでもなく、五十嵐さん曰く、その場所に「あいさつ」をする行為なのです。 

意外にも、漫画という平面的な表現に対して、空間の捉え方がすごく身体的で驚きました。

 スケッチ

今回の展覧会「ストラクチャーの冒険」では、社会や経済、そして生命のシステムを構成する既成概念や既知のストラクチャー(様々な構造や制度、仕組みなど)をアーティストが独自の視点で捉え直し、創造的にそれらを超えていく、ということが狙いの一つです。

では、五十嵐さんは、どんなふうに世界を捉えているのでしょうか。

以前、沖縄の取材から帰ってきた五十嵐さんは、飛行機から見た都市の姿が、地面にくっついている瘡蓋のように見えたと言います。何か下にあるんじゃないか、うごめいているんじゃないかと。 

また、五十嵐さんは「絵を描く」ということは「見る」ことが前提であり、「描く」より「見る」ことの方が大事で、大きな要素を占めていると言います。その結果として、こうした作品が出力されていっている、と。

おそらくこの「見る」という行為の背景には、表面的な情報をただ受け取るだけではなく、どのように見るのか、何を見るのか、そして何が見えていないのか、ということが非常に大事なこととしてあると思います。

五十嵐さんの作品をみていると、現代の日本に生きる私たちにとって、とても見え辛くなっている世界があることを再認識します。五十嵐さんにしか見えない、感じられないものを丁寧に漫画へと変換して、もう一つの世界のストラクチャーを示して下さっているのだと思いました。

 海獣の子供

 五十嵐さん

「見えない世界」を通じて考えるメディアの構造(ヴァージル・ホーキンス氏をお迎えして)

 2017.1.22(B1事務局 サポートスタッフ 小河)

1月17日(火)のラボカフェは、大阪大学大学院国際公共政策研究科の准教授であるヴァージル・ホーキンスさんをお迎えして、「『見えない世界』を通じて考えるメディアの構造」と題し、私たちを取り巻くメディアの構造について考えるトークイベントを開催しました。

 

ホーキンスさんのご専門は、国際政治、紛争研究(特にアフリカ)、メディア研究。中でも「見えない世界と情報の流れ」について関心をよせておられます。
今回は、マスメディアが伝えない事象の中でも、国際報道に焦点を当ててご講演いただきました。

 

ホーキンス氏.jpg

 

 

国際報道といえば、40数ページある紙面でも4項くらいで、紙面全体の10%程度だそうです。これは、私が新聞を読んだときの印象と同様の割合。

経済新聞等、専門紙を除いてはスポーツ欄のほうが余程充実しています。

 

そんな数少ない国際報道の中でも、実際に記事として取り扱われた事象には偏重傾向があるそうです。

 

今まで読んだ国際報道を思い起こしても、アメリカの記事は毎日のように何かしら掲載され、中国・韓国・中東アジアをはじめとした同じアジア圏、ロシアやユーロ圏の記事もよく目にしますが、中南米・アフリカでの記事が殆ど思い当たりません。

その状況を、統計資料を提示しながら具体的に説明していただきました。

 

報道数割合.jpg

 

ホーキンスさんはその中でも、紛争関連記事はニュースの歪んだ価値基準が色濃く反映されていることに警鐘を唱えられておられました。

近年において、思い当たる紛争と言えば、アフガニスタン、クリミア紛争、イスラエル-パレスチナ紛争、パリで起きたテロなどは一時期、連日報道されていたこともあり記憶に新しい方も多いと思われます。

しかし、アフリカでの紛争と言えば、エジプトのクーデター、ソマリア紛争、ルワンダ紛争等は報道されていたこともあり記憶にも残っているのですが、ホーキンスさんが提示した、紛争死者数の統計資料を見て、コンゴで起こった紛争が他のそれとは比較にならないくらいの死者数が出ていることを今回初めて知りました。

 

紛争死者数.jpg

 

それは、第二次世界大戦を除いては、ベトナム戦争の300万人を遥かに上回り、朝鮮戦争450〜700万人に並ぶくらいの500万人以上の死者を出しながらも、世界で認知されていない紛争があることを物語っているものでした。

その資料には、大小に拘わらず、報道されず、私たちの目にも耳にも触れられていない紛争がいくつも記載されています。

 

ホーキンスさんは新聞に載ることのないニュースが多くあることを説明し、それが戦争の規模(期間や死者数等)とは関係ないことを、綿密にリサーチされた資料を用いて解説されました。また、世界の紛争でイスラエル-パレスチナ紛争がいかに特殊で特権的な位置で扱われ、アフリカ・中南米地域が添え物のように、紙面を満たすために必要に応じて記事がピックアップされているのか。それは、特派員の配置や通信社もないような現状では物理的に致し方がない要因もあると思われるが、国民の多くが関心を持つ地域、何かしら自国に影響のある国、国益に関わる国、センセーショナルでストーリー性があるか否か等、マスメディアの偏った視点で記事が出来上がることを危惧しておられました。

結果的に国民は、報道されて記事になったことしか起きていないと思い込んでしまう状況に置かれていることになります。

 


問題の背景.jpg

 

自国や国民自身に影響・関心がなければ、それに関わる国以外に意識を向けることは困難なのかもしれないけれど、これだけ世界を知るためのインフラが構築されている時代であるにも拘わらず、それは非常にもったいないことです。

その国のことを知らないから関心を持つことが出来ないのか、報道等の情報が少ないから関心を持ち難いのか、定かなことはいえませんが、個人としては、そのための手段の一つを今回のトークで提供していただいたように思います。

 

その手段の一つとなるのが、現在ホーキンスさんがインターネット上で取り組まれている「Global News View (GNV)」という活動デす。「Global News View (GNV)」は、世界と世界が抱える問題を包括的に、客観的に把握できる情報環境の実現を目指すメディア研究機関です。報道されない世界に関する情報・解説の提供と、既存の国際報道の現状を分析しその改善を促進する活動を展開されています。

 ホーキンスさんが取り組まれている「Global News View」のご紹介

国際報道は新聞・TVで見聞きはしていますが、国別・世界の地域別に分けて報道割合を考えたことがなかったので、ホーキンスさんが見せてくださったたくさんの統計資料や、分析手法がとても新鮮でした。
そして、メディアによってこのような「見えていない世界」が形成されていることに気づかされる、とても貴重な機会となりました。

「航空機の運航に見る物理学の役割に関して」(小川哲生さんをお迎えして)

 2016.12.27(B1事務局 くはの)

12/22(木)、鉄道芸術祭の関連企画として「航空機の運行に見る物理学の役割について」というトークプログラムを開催しました。ゲストは、昨年の鉄道芸術祭vol.5でもトークゲストとしてお越しいただいた、理論物理学者であり大阪大学理事・副学長の小川哲生さんです。昨年のトークでは「電車に乗る」ということを出発点に、物理学の視点から「移動の未来」、「車窓の景色/何が見えるか」、「ワープ・ワームホール」、 「光の形」、「速度」、「線の移動と点の移動」ということをキーワードにお話をしていただきました。今回は、「航空機の運行」に着目します。

小川さん曰く、物理学とはいろいろなものの動きのメカニズムについて「なぜこう動くのか?なぜなんだ!?」

という疑問が起こるか否かが勝負の学問とのこと。

ご自身は、目の前の物事に対して「どうなってるの?」「なぜこうなってるの?」という好奇心を元来からお持ちだったそうです。

 

そんな小川さん、なぜ飛行機に興味をもたれたのでしょうか?

約2年前に伊丹空港の近所に引っ越しされたとき、ふと生駒山の方向をみていると飛行機が着陸してくるのが見えたそうです。

暗くなってから南のほうをみると、特に離着陸が多い時間帯である夕方から夜にかけての伊丹空港周辺は、飛行機が一直線上に並ぶように順序良く降下していくのだとか。

そのとき小川さんは、「どうやって等間隔に並べているのだろう?」「どこで飛間距離を調整しているんだろう?」といった疑問がわきました。

着陸の際、飛行機は管制塔からの指示で誘導され、一定の角度を保ち、線を描きながらだんだん降下していくのですが、その様がとても美しかったそうです。

「管制官たちは、目にみえない"着陸ルートの滑り台"に各飛行機をのせていかなきゃいけない。滑り台の入口に等間隔に導いていくために、その手前で絶妙に距離を調整していかなければいけない、それが彼らすごくうまいんです」

と熱っぽく語る小川さん。管制官とは、とても緊張感のある仕事だと改めて感じました。

↓写真は、飛行機が「飛びながら前に進む」仕組みについて解説される様子です。

航空機の運航に見る物理学の役割に関して1.JPG 

さらに、トークのなかでは飛行機にまつわる様々なマメ知識もお話してくださいました。

*パイロットと捕パイロットは別の食事をたべる

→どちらかが万が一食事であたっても、運転・操作できるようにするためです。

*昔はジャンボ機は、エンジンが4つあった

→4つあれば一つ破損しても飛べるということが理由でしたが、結局整備に手間がかかるので現在の大型機のエンジンは2つになっています。

そして、右と左のエンジンの整備はそれぞれ違う人が担当します。同じ目で両方を整備してしまうとヒューマンエラーが起きる可能性が高くなるためです。

*飛行機のガソリンタンクはどこにあるのか

→主翼のなかにあります。左右をバランスよく使うようになっています。

また、静電気の発生を防ぐため、放電で逃がすように翼のうしろにはアンテナがついています。

などなど、へぇぇえーと思わず唸るお話しが次々に飛び出してきました。

 

次はプロジェクターに地図が表示されました。

これは、インターネットで公開されているフライトレコーダーです。

航空機の運航に見る物理学の役割に関して2.JPG

小川さんがマップ(飛行経路)をみせながら説明してくださいます。

地図上を移動する飛行機をクリックすると現在飛んでいる飛行機の種類、発着場所などが分かるようになっていて、飛行機の高度まで色分けで表示されます。

お仕事で飛行機に乗られることも多い小川さん。伊丹空港は夜9時を過ぎると着陸できないため、飛行中に9時をすぎると関西国際空港に変更になるそうです。そのような時は、嫌だなぁと思いながらも、イレギュラーなフライトを楽しまれているのだとか。

会場のお客さんも、集中して画面に映し出される地図を食い入るように見つめていました。

次に小川さんが取り出したのは、なんと無線機です!

「ハム無線とは違います、あくまでも聴くだけです。航空無線は傍受してもよいことになっているんですよ。合法です。ただし聞いた内容は他言無用です」

通常、パイロットと管制官のやり取りは英語です。しかし、非常時には日本語が飛び出すこともあるようです。例えば、雷の危険がある場合、地上スタッフは外に出てはいけないので、離陸も着陸もできません。そういう時、パイロットから咄嗟に日本語で「どうなってるんだ!」という交信も入るそうです。

普段、飛行に乗っているだけでは気にすることもないパイロットと管制官の交信。でもこの「声の交信」によって、飛行機の運行は支えられていることを改めて知りました。当たり前といえば当たり前ですが、空を見上げて、そこに飛行機が飛んでいるということは、そこには眼に見えなレーダーの通信網があり、人間の声が飛び交っている。そういうことを考えると、今日から少し空の景色が変わって見えそうです。

航空機の運航に見る物理学の役割に関して3.JPG 

参加者からの質問タイムも盛り上がり、名残惜しい空気を残しながらあっという間の閉会。

いつもいつも、面白い切り口で聴き手の心を掴む小川さん。物理学という一見難しそうなテーマですが、身近な現象を出発点に、世界の仕組みの一端を紐解いて見せてくださいます。

普段、私たちが特に疑問をもつこともなく見慣れているもの、乗り慣れているもの、感じ慣れていること等について、その仕組みを知るということは、異なる世界が広がるということです。

今日のお話では、「航空機の運行」をテーマに、飛行機の仕組み、空のこと、風のこと、そして管制官とパイロットの"声による飛行機の運行"について、今まで知らなかった世界のほんの一端を知ることができました。

イノシシとブタとヒトの関わりから見えるストラクチャー(野林厚志さんをお迎えして)

 2016.12.22(B1事務局 三田)

12月21日は、「イノシシと人間の関係を野林さんにきく。そして考える。」と題し、国立民族学博物館の野林厚志さんをお迎えしてトークを開催しました。

 野林厚志さんのご専門は、人類学や民族考古学です。イノシシという動物を通じて、人間と動物との関係、狩猟や食生活といった人間の暮らし、動物観や自然観からまちづくりまで幅広い研究活動をされています。そんな野林さんの、イノシシ、ブタ、ヒトをめぐる話題は、イノシシとブタの関係のお話からはじまりました。

まず、イノシシとブタの違いについて。

両者は、見た目、発育速度、出産頭数等、様々な面で異なっています。けれど実は、イノシシとブタは生物学的には同じ(同族亜種)で、ブタはイノシシの「家畜亜種」なのだそうです。

ブタとイノシシの違い

 

ブタの誕生(イノシシの家畜化)は、多地域的に発生した可能性が高いけれど、中でも西アジア、中国という説が有力だそうです。そして、干支の十二支でイノシシを扱っているのは日本だけで、他の国でイノシシのあたる動物はブタなのだとか。

というのも、干支が入ってきたときには、日本にはまだブタがいなかった(まだ家畜化されていなかった)からなのだそうです。意外なところにもイノシシとブタとヒトの関わりが影響しているのだと、改めて気付かされました。

そしてお話は、野林さんが研究されている台湾での、イノシシとブタとヒトとの関わりのお話へと進みます。

台湾の原住民族パイワン族にはイノシシ狩猟の文化があり、今も伝承として受け継がれています。

けれど16世紀頃台湾に入ってきた漢族にはこの狩猟文化がなく、漢族にとって、狩猟は野蛮なものと考えられていました。国民党統治時代には、狩猟も禁止されていたそうです。

やがて1980年代の民主化運動の流れの中で原住民の権利運動も活発になり、今では、狩猟は法律で原住民族の権利として認められました。憲法の中にも「原住民」という文言が明記されていますが、これは世界的にも珍しいのだそうです。

そして中国ではブタを大変尊ぶ文化があって、それは台湾の儀礼の中にも現れています。

台湾の客家人には、義民節という、日本でいうお盆のような行事があります。この行事では、灯籠流しなどと共に、「神猪」としてブタの奉納も行われています。

ブタの奉納 義民節で祀られる義民とは、かつて客家を守るために戦って亡くなった戦没者のこと。そしてブタは、神様に捧げる動物です。ではなぜ、義民に神猪を祀っているのでしょうか?

客家の人たちは、自分たちのために戦ってくれた先祖を敬うために、ブタを奉納することで義民を道教の神様と同格にして祀ったのだそうです。

神猪とは 今回のトークでは、台湾における、動物の中のブタの地位や、人々の生活との関わり。また、漢族が台湾に入ってきた16世紀頃からの、漢族、原住民族、客家各民族の関係等。信仰や文化が凝縮された義民節を元に、順を追って丁寧に解説してくださいました。

「イノシシと豚、野生と野生ではないもの、先住民と漢族、動物と人間の関係などから、自然観や宇宙観がみえてくる」と野林さんは仰られます。そして、「人間と動物の構造、ストラクチャーが儀礼として成立している」とお話しを締めくくられました。

動物とともにある人間の営み。

イノシシとブタとヒトの関係の中から、人間と動物の関わり、文化や儀礼、社会や歴史など幅広い営みの構造=ストラクチャーに想いを馳せる、貴重な機会となりました。

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