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サーチプロジェクトvol.6 クロージングトーク&イベント「クロージング・スパークパーク」

2015年から3回にわたって開催してきたアート&サイエンスの企画展の最終章「ニュー"コロニー/アイランド"3〜わたしのかなたへ〜」は6月25日(日)に最終日を迎え、「クロージング・スパークパーク」と題したクロージングイベントを開催しました。 

本イベントは、大きく分けて2部構成で開催しました。
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■第1部 ギャラリーツアー&トーク
プロジェクトメンバーによるギャラリーツアー&クロージングトーク〜展覧会の振り返り〜

■第2部 ライブ&パフォーマンス
Drone Development Departmentによるドローン飛行
光と音が交差するスパークパーク・ライブパフォーマンス
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6月25日サーチプロジェクトvol.6 「クロージング・スパークパーク」クロージングトーク

■■第1部■■

第1部では、本展のプロジェクトメンバーとともに巡るギャラリーツアー&デモンストレーション、続いてトークをおこない、会期中に開催した6本のトークプログラムや約3ヶ月の展覧会の様子を振り返りました。 

 

〜ギャラリーツアー&デモンストレーション〜

ギャラリーツアーのはじめに、本展のコンセプターである大阪大学 生命機能研究科/医学系研究科 特別教授の吉森保さんより、改めてご自身の研究活動についてご紹介いただきました。吉森さんのご専門はオートファジーの研究です。オートファジーとは私たちの体の細胞が毎日細胞のなかでものを分解する仕組みのことです。私たちの体を構成する主要な成分であるタンパク質は、絶えず合成と分解を繰り返していますが、細胞内でタンパク質を分解するための主な機構も、オートファジーです。

タンパク質は20種類のアミノ酸の組み合わせでできています。アミノ酸が直線上に並んでいる状態がタンパク質の一次構造で、らせん状となるのが二次構造、折りたたまれると三次構造です。さらに、三次構造のタンパク質どうしが結合して意味や役割を持つようになったものを四次構造と呼びます。このように複雑な階層構造を持つタンパク質を、オートファジーは再びアミノ酸へと分解するのです。この仕組みが、本展の根底にあるコンセプトとなっています。

展覧会では、会場全体を"体内公園"に見立てました。建築ユニット dot architectsは、タンパク質が20種類のアミノ酸からできていることになぞらえて、約20種のパーツと接合方法で設計した"細胞的遊戯装置"を作りました。

6月25日サーチプロジェクトvol.6 「クロージング・スパークパーク」ギャラリーツアー

広い壁面には、やんツーさんによる体内をイメージしたバーチャル映像がパノラマで映写されました。

会場の遊戯装置と壁面の映像が連動していて、来場者の動きに反応して映像の中にも遊戯装置を3Dスキャンしたものがごろごろと増殖したり、くっつきあって固まったりします。

つまり、階層構造においては三次構造である"細胞的遊戯装置"は、会場で人が遊ぶことによって、やんツーさんの映像の中で四次構造へと至るのです。

さらに、やがて映像内の天井が降りてきて全てが一層されるのですが、これはオートファゴゾームという構造体が細胞内のものを包み込んで分解するという、オートファジーの仕組みを再現しています。

また会場には、細胞の中をイメージした映像が流れるVRメガネを付けて遊べるブランコとシーソーがあり、まるで自分がタンパク質となって体内を浮遊するような感覚を体験することもできました。

ギャラリーツアーの途中では、VR付きのシーソーや、体内公園を縦断する大きなスロープの先端に設置された空中ブランコを、来場者数名に実演体験していただきました。空中ブランコが宙に飛び出すと、会場の皆様から大きな拍手が起こる一幕もありました。

6月25日サーチプロジェクトvol.6 「クロージング・スパークパーク」ギャラリーツアー 〜トークプログラムの振り返り〜

本展は、学術的な題材と建築・メディアアートを融合して、未知で不確かである"私たち自身"について来場者に多様な角度から問いかけることを企図していました。会期中はテーマについてさらに多方面から掘り下げるために、6回のトークプログラムを開催しました。クロージングトークでは、様々な専門分野の方々と、プロジェクトメンバーがくり広げたトーク内容を振り返りました。

学術的な内容ゆえ容易には理解しにくい回もありましたが、様々な視点から私たち自身を考える大変刺激的な機会となりました。

※関連トークプログラムの内容につきましては、下記リンクよりスタッフブログをご覧ください。

5月24日(水)開催
「膜である人の内と外」
ゲスト:永田和宏さん(細胞生物学者、歌人、京都産業大学 タンパク質動態研究所 所長/総合生命科学部 教授)

5月31日(水)開催
「ビデオゲームにおける『遊び』を考えてみる」
ゲスト:飯田和敏さん(ゲームクリエイター/立命館大学映像学部インタラクティブ映像学科 教授)

6月1日(木)開催
「"わたし"という彼方を巡る思考の旅」
ゲスト:島薗進さん(宗教学者、上智大学大学院 実践宗教学研究科 教授)

6月8日(木)開催
「『超ひも理論』から捉える未知なる"私"と"彼方"」
ゲスト:橋本幸士さん(物理学者、大阪大学大学院理学研究科 教授)

6月15日(木)開催
「視覚がもたらす不思議と脳細胞の秘密」
ゲスト:藤田一郎さん(脳科学者、大阪大学大学院生命機能研究科 教授)

6月16日(金)開催
「『遊び』から見る人間の本質」
ゲスト:西村清和さん(美学者、國學院大學文学部哲学科 教授)

 

〜展覧会でのできごと〜

今回の展覧会は、体験型の展示ということもあって、老若男女問わず様々な方々にご来場いただき、会場で実施した来場者アンケートには、子どもから大人まで多様な感想が寄せられました。他方、会場で日々来場者を案内し、その安全を見守っていたのが、サポートスタッフ(ボランティア)の皆さんです。トークの後半では、来場者アンケートと、サポートスタッフの感想を元に、会場での出来事をふり返りました。

6月25日サーチプロジェクトvol.6 「クロージング・スパークパーク」クロージングトーク

アンケートの感想では、遊戯装置について、大人の方は総じて怖いというご意見多かったようですが、一歩踏み出して楽しんでくださった方も多くいらっしゃいました。一方で、遊ぶ子ども達を見守る保護者の方々からは、危なさを感じながらも子ども達は満足そうであることを冷静に見つめていらっしゃる様子が感じられました。展覧会のテーマや内容については、細胞を公園に見立てる発想や自分たちの細胞内の営みそのものに対して、驚きの声が寄せられました。

6月25日サーチプロジェクトvol.6 「クロージング・スパークパーク」クロージングトーク遊戯装置で大いに楽しんでくれた子ども達からのご感想では、VR装置のことを「げんだいのメガネみたいなもの」と言い換えるなど、独創的なことばの表現がみられました。「てづくりなのでこわかった」という建築家にとって興味深い意見が紹介された際には会場に笑いが起こり、「大学生になったら大阪大学に入ってもっといろいろしりたい」という声に、吉森さんから「100点!」の声が上がりました。

続いて、本展のサポートスタッフの声を抜粋し、ご紹介しました。 

6月25日サーチプロジェクトvol.6 「クロージング・スパークパーク」クロージングトーク

男性よりも女性が積極的な場合が多かったということや、遊戯装置がコミュニケーションの場になって他者を結びつけるということが起こっていた様子、現代の子ども達のことを思ったり、体に触れるという行為が大人になるにつれ少なくなっていることに気づいた等、様々な感想がありました。

サポートスタッフは危険な場合もありうる遊戯装置で遊ぶ来場者の姿を緊張感を持って見守っていましたが、「はっきり危ないとわかるので、これまでの展覧会より案内時が気楽だった」という意見もあり、危険を危険ですと示すことで、どのように関わってもらうかという個人の判断を促し、コミュニケーションが明確であったのではないかと思われます。

 

〜締めくくり〜

6月25日サーチプロジェクトvol.6 「クロージング・スパークパーク」クロージングトーク

吉森さんが全体を通して熱く語っておられたことは、細胞一つひとつに宇宙があること、その宇宙はまだまだ解明されておらず、尽きせぬ謎が皆さんの体の中にあり、研究者が見つけたことは皆さんと分かち合いたいという研究者からのメッセージでした。普段芸術やスポーツを観たり体験したりして感動されるように、「科学を通して一緒に感動したいというのが科学者の夢です」と語られたのが印象的でした。

やんツーさんは、本展を通して出会った「生命を規定するのが膜である」という定義に衝撃を受けられたようで、今後の創作活動に繋がる新しいアイデアの元に出会えた場にもなったようです。

 dot architectsの土井亘さんは、サーチプロジェクトでは研究者と議論しながら、全てを想像し得ないところで話を重ねて進めていく過程が面白く、本展は単なる「遊び」でも「企て」でもない射程の深いところまで行けたのではないかと話し、同じくdot architectsの寺田英史さんは、今回は細胞のための建築物をつくったが、今後建築家が「人間でないもののためにどうアクションできるのか身につけていきたい」と語られました。
また、家成さんは、素粒子レベルでは個と個の間に違いがないこと、いわば「わたしのかなたへ」行けば行くほど私がなくなっていくという感覚が感動的であったと語りました。

吉森さんがおっしゃられた「細胞まで行くとあなたも私もみな一緒である。」という言葉でクロージングトークは締めくくられました。私たちの体の中の、細胞や素粒子などのごく小さな世界では、人間関係や社会問題の解決のきっかけになるのではないかと思わせる不思議な真実が存在しています。

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■■第2部■■
ライブ&パフォーマンス

〜ゲスト・Drone Development Departmentによるドローン飛行〜

6月25日サーチプロジェクトvol.6 「クロージング・スパークパーク」ドローン映像

6月25日サーチプロジェクトvol.6 「クロージング・スパークパーク」ドローン飛行

トークが終わり、ドローンの羽音が聞こえてきました。スクリーンにはドローンに搭載されたカメラが写す体内公園があります。中之島を拠点に活動するDrone Development Departmentによるパフォーマンスです。

ドローンのカメラを通して、これまでとは全く違う視点、全く違う視線の動きで見ると、人間の視覚で捉えていた体内公園とは別の世界である

かのような感覚にもなります。また、シーソーをしている人間を斜め上から見る感覚は、体内公園で繰り広げられていた遊びの思い出を回想するようでもありました。2周の飛行を終え、スタート地点に降り立った後に、会場からは拍手が起こりました。

 

〜ライブ&パフォーマンス〜

舞台は最終章のDJ KΣITOさん、やんツーさん、dot architectsによるライブ&パフォーマンスへ。ここからは、舞台、客席ともに"体内公園"(展覧会場)へと移動します。

ほどなくして、ビート音が鳴り響き始め、公園のあちらこちらで勢いよく電灯が点滅しはじめました。スロープの先のDJ台でパッドを叩き、トラックメイクをおこなうのは、トラックメイカー、DJのKΣITOさんです。様々な音やリズムが重なり、やんツーさんによる"仮想の体内公園"(映像)の中を歩くおじいさんの姿、暗闇の中で不意に点いては消える灯り...。

6月25日サーチプロジェクトvol.6 「クロージング・スパークパーク」ライブ&パフォーマンス

緩やかなリズムに変わると、KΣITOさんがインラインスケートを滑りながらDJ台を離れました。駆けのぼったり滑り下りたり、ジャンプしたりと、体内公園で縦横無尽に滑りまわるKΣITOさんの動きに合わせて、やんツーさんがKΣITOさんの靴に施した仕掛けによって新たな音が加わりました。

6月25日サーチプロジェクトvol.6 「クロージング・スパークパーク」ライブ&パフォーマンス

再び軽快なリズムが始まると、dot architectsの皆さんが会場に入り、遊戯装置の解体が始まりました。音楽に加えて電気ドリルの音や床に置かれる部材の音が鳴り響き、さらに体内公園は渾然一体となりました。 

6月25日サーチプロジェクトvol.6 「クロージング・スパークパーク」ライブ&パフォーマンス

タンパク質が自立的に異なる役割を持って働き、それらが私たちの体内で驚くべき巧妙なシステムをつくりあげ、宇宙にも似た壮大な世界が繰り広げられている。今回のクロージングイベントは、展覧会を通して考察した体内世界や、"わたし"という存在の不思議さや不確かさ、そして会場での様々な出来事がこのライブ&パフォーマンスというかたちで結実したように思います。

本展は、たくさんの来場者と会話をし、時には身体的も接触することで、たくさんの気づきや学び、そして未来への何らかの手がかりを感じることができました。また、関連トークプログラムを重ねながら様々な専門分野を超えて、新たな気づきも見出すことができたことも大きな特徴でした。

ご来場くださいました皆様、展覧会を支えてくださった皆様、どうもありがとうございました。

 

アートエリアB1では、この「ニュー"コロニー/アイランド"3〜わたしのかなたへ〜」の3カ年の軌跡を記録集というかたちでまとめ、未来に残していきたいと考えています。発行はまだ先になりますが、ぜひご期待いただければ幸いです。

「遊び」から見る人間の本質(西村清和さんをお迎えして)

 2017.6.21(B1事務局 大槻、鄭/サポートスタッフ 石原)

6月16日(金)、サーチプロジェクトvol.6の関連企画として、ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「『遊び』から見る人間の本質」を開催しました。

ゲストには、西村清和さん(美学者/國學院大學文学部哲学科 教授、東京大学名誉教授)をお迎えし、「遊び」とは何なのか、その感覚の中身や構造がどうなっているのかについてお話をうかがいました。6月16日(金)「『遊び』から見る人間の本質」ゲスト:西村清和さん

〜「遊び」〜

まず、西村さんが話してくださったのは、ホイジンガやカイヨワをはじめとする、これまでの遊び論の議論で展開されてきた、遊びに関する二つの側面の紹介と、それらについての見解です。 一つは「非現実の虚構」、もう一つが「現実の模型」です。

たとえば、鬼ごっこやままごとのとき、わたしたちは現実とは異なる非現実の役割を演じ、虚構の世界を作り出しています。これは、非日常を出現させており、一つ目の側面に該当します。しかしその一方で、遊びはなんらかのルールを持ち、私たちはそれに従って他者と関係を構築します。この点で実社会の模型であり、「遊び」は実人生への予行演習だというものです。

この遊び論について、西村さんは批判的な見解を示されました。遊びは「遊んでいるという現実」であるし、遊びは教育学者がよく言うように現実の人生の「模型」による学習のためにあるのではない。また、株の取引が賭の遊びに見えたり、戦争がシューティングゲームに見えたりしても、それらはまったく異なったものだ。というのが西村さんの主張です。

哲学的な観点からみると、遊びと切り離して考えている社会的事象が「遊び」としての要素を持ちうる可能性があるのが興味深かったです。

6月16日(金)「『遊び』から見る人間の本質」ゲスト:西村清和さん

〜遊び感覚―浮遊と同調―〜
つぎにお話ししてくださったのは、「遊ぶ」という感覚の中身についてです。

西村さんは、突き詰めていくと「浮遊」と「同調」に行き着くといいます。
「浮遊」は、言い換えると、「かろやかで、あてどなく揺れ動く運動。それ自身の内部で、ゆきつもどりつする運動」といえます。 例えば、揺れ動きゆきつもどりつする典型的な仕掛け"シーソー"では、二人が異なった動きをしているように見えますが、二人は自分勝手な動きをしているのではなく、二人がひとつの動きに同調し、笑い合いながら浮遊する1つの感覚を共有しています。

この行動の関係は、まなざしのキャッチボール(まなざしの同調)であり、人々が"遊び"感覚があると言ってるのは、この浮遊と同調が起きている時といえるのでは、というのが西村さんの見解です。

6月16日(金)「『遊び』から見る人間の本質」ゲスト:西村清和さん  浮遊と同調

 重要なのは、この「浮遊」は必ずしも心地よいものばかりではないということです。ひとはジェットコースターのような危険が伴う状況にもお金を払って興じます。これはどういうことなのでしょうか?

これは不快の快と呼ばれ、古代ギリシアの時代から議論されてきたことですが、西村さんは、そもそもこれを「恐怖」と呼ぶこと自体が誤りであるとしています。なぜなら、ジェットコースターに乗っても、原則として死ぬことはないため、本当の意味で恐怖とは言えないからです。 むしろこれは恐怖を楽しんでいるわけではなく、「どうなるかわからないハラハラドキドキする状況」=「宙づり」を楽しんでいるにすぎないと考えると、筋が通ります。

このことから、「遊び」のなかには、「どうなるかわからない状況やスリルを楽しむ」感覚が本質的に内在していると西村さんは言います。

小さいころ、高いところにぶら下がったり飛び降りたりとわざと危険な遊びをした経験を思い出して、納得してしまいました。

  

〜遊びの基本骨格〜
トークの半ばになると、「遊び」と「仕事」の話になりました。

6月16日(金)「『遊び』から見る人間の本質」ゲスト:西村清和さん 

西村さんはこの二つは「遊び」と「企て」という、対立する二つの概念で説明できるといいます。

「遊び」は先の通り、「あてどない」、「浮遊」と「同調」「宙づり」の行動です。
「企て」とは「投企=目標や計画を立てて、それを達成する行動」だそうです。

まさにわれわれが仕事と呼んでいるものと言えます。「遊び」では自分と他人がおなじ動きに同調しますが、「企て」においては、むしろ各々の利害やまなざしは対立します。 

 おなじ「ふりをする」でも、こどものおままごとと、プロの俳優の演技が大きく異なるのがその例です。

一方は誰かに見せるという目的は持たずただ互いに同調し、その場でストーリーをつくり、父や母といった役割を模倣します。他方、俳優たちはひとつの作品を作り上げることを目標に技術を磨きスケジュールを組んで稽古をします。

西村さん曰く「よくアーティストは遊びの延長線上で仕事をしていると言うが、明確に作品をつくるという目標があることから、遊びというよりは企てという方が妥当である」そうです。なんだか意外ですよね。

6月16日(金)「『遊び』から見る人間の本質」ゲスト:西村清和さん  遊びの基本構造

〜自由がないから「遊び」は楽しい〜
後半の司会を交えたトークセッションでは、スマホが普及し、いつでも連絡ができてしまうため、遊びと仕事を時間によって分けることができない状況について意見が交わされました。

 西村さんはこの状況のしんどさは、「自由のない遊び」が確保できないことに由来すると言います。普通に考えれば、遊びは自由で、仕事は自由がないように思えますが、そうではないそうです。

遊びにはごっこ遊びにしろボードゲームにしろ必ずルールがあり、プレーヤーはそれに従わねばなりません。しかし、それは裏を返せば「鬼から逃げろ」、「キングを取って勝て」という行動の動機を与えてもらえるということでもあります。
すべて自分で選択・決定せねばならない普段の生活は自由であり、自由であるがゆえに辛さが生じます。
遊びが楽しいのは、そういった自由がないから、という発想には目からうろこで、会場でもうなずくお客さんが見られました。

 

〜最後に〜

最後に西村さんは、「我々の人生には食べたり飲んだり仕事をしたりすることと並んで、絵を見たり音楽を聞いたり演劇を見たり、と遊ぶことが不可欠」「それが欠けるということは、自分の人生が壊れるということを意味し、遊べないことは、人生の病理として不幸である」とまとめられました。

今回のトークでは、わたしたちは知らず知らずのうちにいろいろな行動様式を取っており、それは生きることに直結するふるまいであることをわずかではありますが理解できた気がします。様々な示唆を得られた二時間でした。

講演後の質疑でも、「夜中でも仕事の内容がきて企てと遊びの境がなくなっている。そんな状況を遊びにかえるのはどうしたらよいか」との質問への、「スマートフォンは持たないこと。」というストレートなコメントに会場が沸く等、終始和やかな雰囲気で終演したトークライブとなりました。

6月16日(金)「『遊び』から見る人間の本質」ゲスト:西村清和さん

 

視覚がもたらす不思議と脳細胞の秘密(藤田一郎さんをお迎えして)

 2017.6.21(B1事務局 三ヶ尻、鄭/サポートスタッフ 小河)

6月15日(木)、サーチプロジェクトvol.6「ニュー"コロニー/アイランド"〜 わたしのかなたへ〜」の関連企画、ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「視覚がもたらす不思議と脳細胞の秘密」が開催されました。


脳科学者であり、大阪大学大学院生命機能研究科の教授でもある藤田一郎さんをゲストにお招きし、視覚がもたらす様々な不思議や、脳が心を生み出すこととは何かについて等をお聞きしました。

6月15日(木)「視覚がもたらす不思議と脳細胞の秘密」ゲスト:藤田一郎さん

ー脳が世界を見るー

私たちは「目に映っている」=「見ている」と考えてしまいますが、藤田さんは「世界がそのまま見えているわけではない」といいます。

私たちの脳は、まず網膜で光の情報を受け取りますが、それをそのまま世界として認識するわけではありません。形や色、動き、奥行きなどを分析し、「解釈」することによって世界をもう一度「つくりなおしている」のだそうです。つまり、私たちの見ている世界は、脳が認識し解釈した沢山の情報から選ばれた「正しいと思われる世界」なのです。

「見えるものには圧倒的な説得力があるが、私たちが見る世界は脳が作りだしたもの」と、藤田さんが話されていたことがとても印象的でした。

6月15日(木)「視覚がもたらす不思議と脳細胞の秘密」ゲスト:藤田一郎さん

ー問題を解決しようとする脳ー

脳や視覚の働きには、工学的にも模倣できない多くの機能や仕組みがありますが、網膜が脳に与える情報は曖昧な部分も多いために生じる事象もあります。それが一般的に錯視(視覚に関する錯覚)と呼ばれる現象です。

私たちが網膜で受け取る像は、実は立体的な三次元の像ではなく、奥行きのない二次元の像です。そのため、脳は情報を分析して三次元構造を推定し、復元する必要があります。錯視はその復元の能力によって引き起こされます。

例えば、平面の黒い模様が横に動いているだけであるにも拘らず、脳が奥行きを作り出し、あたかも軸を中心に回転しているかのように感じてしまうシルエット錯視。

あるいは、同じ画像を見ているにも関わらず、人によって布地の色が青と黒に見える人と、黄と白に見える人が出てきてしまうドレス錯視。

おなじグレーに塗られているのに、位置によって、一方は白、他方は黒に見えてしまうチェッカーシャドー錯視など、その種類は枚挙に暇がありません。

なぜこういうことが起きるかというと、人には環境に惑わされずに本来の色を見ようとする習性があるからです。光の色を脳内で補正して見ているために、人によって補正の仕方も変わり、それぞれに違う色で認識してしまうのです。同じグレーなのに、白や黒に見えるのも、そうした習性によるものといえます。

脳はこのように、解釈が複数あり、答えを一つに絞ることのできない「不良設定問題」を常に解決している組織なのです。

6月15日(木)「視覚がもたらす不思議と脳細胞の秘密」ゲスト:藤田一郎さん


ー生きていく上で重要な感覚と脳ー

いつでも問題を解決しようとしている脳ですが、手を抜くこともあります。たとえば、数秒前のことであっても、覚えていなかったりするのが、その証拠です。これは、脳がさほど重要ではないと判断したことには、リソースを配分しないようにできているためです。では、どういうことに大きくリソースを割いているかというと視覚です。実に脳の3分の1が使われているというから驚きです。脳をどの感覚にどれだけ使うかは、生物によって異なっており、ネズミの場合は髭の触覚に、カモノハシならクチバシの触覚、アライグマは手の触覚に、多くを使うようです。

視覚ということで、展覧会場に設置しているVR機器についても話が広がりました。VR機器を体験した人は、現実空間ではなく、VR空間の中にいるかのような気分になることがあります。これは、現実にあるものを見たときに起こる脳への刺激と、仮想空間にあるものを見た時に起こる脳への刺激が、視覚情報としては差異が無いため、神経細胞が両者を区別することができずに起こります。言い換えれば、私たちが当たり前にあると思っている世界も元をたどれば、視覚の刺激と言うことが出来てしまうのです。そう思うと、世界の輪郭があやふやになるような感じがしました。

6月15日(木)「視覚がもたらす不思議と脳細胞の秘密」ゲスト:藤田一郎さん

ーおわりにー

最近の研究では、夢で見ている像を読み取る試みや、逆に脳のなかへ映像を作り出すような試みが始まろうとしているそうです。この先研究がどうなるのかは未知数ですが、統合失調症などに全く新しいアプローチの療法ができる可能性があるそうです。しかし一方で、一度被験するとその影響が一年ほど残ってしまうため、慎重にならねばならない取り組みであることは確かです。私自身は使い方次第では、良い方向にも、悪い方向にも転びそうだと感じました。

とは言え、これほどの科学が発達した現代においても、様々な感情を生み出す仕組みを説明できていません。頭部に収まっている、僅か1,300gの組織が心を作り出し、文化や科学をつくりだしていると考えると、不思議なかんじがします。
人の脳という組織は本当におもしろい「授かりもの」なんだなと感じた二時間でした。

6月15日(木)「視覚がもたらす不思議と脳細胞の秘密」ゲスト:藤田一郎さん

6月15日(木)「視覚がもたらす不思議と脳細胞の秘密」ゲスト:藤田一郎さん

「超ひも理論」から捉える未知なる"私"と"彼方"(橋本幸士さんをお迎えして)

 2017.6.17(B1事務局 大槻/サポートスタッフ 竹花)

梅雨入りが発表されましたが、穏やかなお天気だった6月8日(木)。現在開催中のサーチプロジェクトvol.6「ニュー"コロニー/アイランド"〜 わたしのかなたへ〜」の関連企画、ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「『超ひも理論』から捉える未知なる"私"と"彼方"」が開催されました。
今回は、物理学者で大阪大学大学院理学研究科教授の橋本幸士さんをゲストにお招きしました。カフェマスターは家成俊勝さん、木ノ下智恵子さん、塚原悠也さんです。

橋本さんのご専門は理論物理学。『超ひも理論をパパに習ってみた 天才物理学者・浪速阪教授の70分講義』の著者でもいらっしゃいます。そもそも「超ひも理論」とは、何を説明するどんな理論なのでしょう?「超ひも理論」 からわたしについて考える今回のトークは、橋本さんによるレクチャーから始まりました。

 橋本さん1

今回の展覧会の「わたしのかなたへ」というテーマに寄せて、まず橋本さんがお話ししてくださったのは、"科学者がどういう風に世界を見ているか"についてでした。
科学が見る世界では、原因から結果までの間がある数式によって繋がれています。そしてその計算を学べば、誰でも答えを導くことができます。すなわち科学とは、誰にとっても言い切れるような、全人類が共通に持てる認識なのです。それがわかってはじめて、「世界はこれです。でもわたしは世界とはちがいます。だからこれは"わたし"なんです。」と、"わたし"というものもわかる。自分を知るにはまず外界がどう動いているかを知る、ということが、橋本さんの物理学者としての意識の持ち方だそうです。

 

その上で、"この世界が科学的にはどのように成っているか"について、2つの事実について話してくださいました。
1つ目は、わたしたちが存在しているこの宇宙は「素粒子の標準理論の作用」と呼ばれるただ1つの数式によって全てが支配されているという事実です。高校の教科書にも載っていないため知らない人は多いはずですが、宇宙の膨張や地球の公転、私たちの動き・・・全てを決めている完璧な方程式があり、なんと人類はすでにそれを知っているのです。
2つ目は、宇宙の中にあるものを構成している最小単位は素粒子であるということです。素粒子とは、人類が知る最小の構成物のことです。現在は全部で17種類の素粒子が知られています。この世のものは分割していくと全てがそのいずれかの素粒子になり、同種の素粒子は入れ替え可能な同一のものであるとわかっています。
つまり、宇宙を構成する素粒子がどのようにくっついたり離れたり飛んで行くかということを知れば、この宇宙の全てを知ることになります。それを与えてくれるのが、先の"ただ1つの数式"なのです。しかし、人類はまだこれを解ききるための数学的ノウハウを持ち合わせていないそうです。

 「宇宙を支配する数式」

「宇宙を1つの式が支配している」と聞くと、「本当に...?」「そんな都合のいいことが...?」など、ちょっと信じがたいなあという気持ちになった方も多かったようです。最後の質疑応答でも質問されている方がいらっしゃいました。橋本さんは「1つであるからこそ科学は発達してきた」と話された一方で、「あまりにもうまく出来過ぎているから、なにか上位の存在 (神的なもの)がこの世界を創ったと考えた方が安心できる、という科学者もたまにいますね」というお話もありました。

 

そしておまちかねの「超ひも理論」についてのお話。超ひも理論とは、素粒子はひも状であるとする仮説です。
例えば光子と呼ばれる粒として知られている光は、偏光という揺れ動く性質を持つ点で特殊なのですが、超ひも理論を記述している方程式を解くと光を特定している「マクセル方程式」が導かれ、矛盾がありません。重力についても、重力を媒介している素粒子を輪ゴムのように閉じたひもであると仮定した方程式を解くと、それが重力の方程式と同じであることが示されます。
このように、素粒子がひも状であると仮定すると、さまざまな現象が矛盾なく説明できるそうです。この仮説を確かめるべく橋本さんは研究なさっています。

 超ひも理論について

では、素粒子がひもだとすると、どんな面白いことが予言できるのか。
それは、「次元の違うものが同じかもしれない」ということです。

トークの中では、素粒子をひもだと仮定すると、重力と光は、次元は異なるが同じものであると考えられるという仮説が紹介されました。この仮説によると、光(光子)が移動した軌跡と重力 (ゲージ粒子)が移動した軌跡は、違う方向に進む(光がx軸方向に進むとき、重力はy軸方向に進む)けれども同じ軌跡になるので、偏光素粒子=仮想重力であるとして矛盾がないそうです。
そうすると、直感的に導かれた「素粒子はひもである」という仮説によって、「次元が違う=別のもの」と言う一般常識が覆されてしまいます。現代科学によって常識的に考えられていることがひっくり返る可能性が示唆されつつある。その先に面白い科学があるのではないかと考え、科学者は研究をしているそうです。

光(直線のひも)と重力(輪のひも)が同じ次元にあると捉えることについて、塚原さん、家成さんは「どこを切り口にするか、どの面を捉えるかということは建築に通じるところがある」とおっしゃられていました。

 「超ひも理論」のかたち

わたしはこの素粒子はひも状、という説明の方が理解しがたく、「素粒子はひも状......?粒子なのに......?」と混乱してしまいました。普段見慣れているものの形や動きがボキャブラリーとしてストックされていて、それをパズルのように使ってわたしたちはものを考えているため、矛盾していることがうまく想像できないのですね。自分が持っている考えるための材料の限界を知ったような気がして、"わたし"に関する新たな気づきでした。

 

印象的だったのが、「問題を解いた人がえらいのではなく、本当にえらいのはその問いをたてた人」というお話です。もちろん、問題を解いて正しい答えを導いたということは立派な業績であるけれども、そもそもの、答えを導くことのできる適切な式を書くことができた、 答えに対する正しい問いのたて方ができた人というのが一番えらい人なのだそうです。答えが出ない、結果が矛盾している、そんな時は適切な問いをたてることができていないのだとおっしゃっていました。言われてみれば確かにそうなのですが、何も意識しなければ答えを出した人が一番すごい人だと思ってしまいますよね。

このお話に対して、木ノ下さんが「それはアートも同じこと。科学が1つの解を導くのに対し、芸術作品は複数の解釈を導くという違いはあるけれども、適切な問いをたてることが一番大事だという点は共通している」ということをお話ししてくださいました。木ノ下さんは作品によってなされる問いかけで、多くの答えを生み出し、誤読を許すことのできる作品が良い作品だと考えているとのことでした。

また、橋本さんは「自然によって選ばれる正解は一つで、ノーベル賞をとれるのはそれを見つけた一人だけ。そのほかの何万という解は間違いだけれども、でも必要なのだ」 というお話もしてくださいました。カフェマスター側からも、「アートも、売れる人はほんの一握りだけれど、そうじゃない作り手がたくさんいることで多様性が生まれてより良いものが生まれてくるという点が似ている」という意見が出ました。言わずと知れた働きアリの話ではありませんが、正解、売れるもの、役立つものだけがあればいいのではなく、そうしたもののために間違いや無駄に思えるものも必要なのですね。永田和宏さんをお招きしたトークでも言及されていましたが、多様性が発展には不可欠だということはどの分野も同じようです。

 橋本さん2

他にも、偶発性についての考え方、空間をどう捉えるかなど、興味深いお話をたくさんお聞かせいただきました。科学とアートとでは、目指すところは違いますが、プロセスの部分では共通する部分が多かったです。科学者にとっての世界は、一般の人が想像する社会のような形態ではなく、素粒子によって構成されているものですが、自分を知るために世界がどうあるかを知る必要がある、という考え方は人文的なアプローチと共通しています。科学とアート、目標が異なるそれぞれの世界の見方を知る事で、"わたし"や"世界"への新たなアプローチの可能性を感じられたトークになりました。

"わたし"という彼方を巡る思考の旅(島薗進さんをお迎えして)

 2017.6.11(B1事務局 菊池/サポートスタッフ 林)

6月1日(木)のラボカフェスペシャルは、「"わたし"という彼方を巡る思考の旅」と題して、宗教学者であり、上智大学 グリーフケア研究所長の同大学院実践宗教学研究科教授、東京大学名誉教授でもあられる島薗進さんをお迎えしてのトークイベントが開催されました。

6月1日(木)「"わたし"という彼方を巡る思考の旅」ゲスト:島薗進さん

島薗さんが教鞭を執っておられる上智大学はカトリック系の神学部がある日本でも唯一の大学であり、関西の同志社大学や関西学院大学のプロテスタント系とは異なっていますが、島薗さんは俯瞰的な視点から宗教に接しておられます。
また、島薗さんが所長を務められているグリーフケア研究所は、過日発生したJR福知山線脱線事故を踏まえJR西日本から寄付を受けて設立されました。
この研究所では、自然災害ではなく人災による取り返しのつかない大きな事件や事故で身近な人との死別を経験し悲嘆に暮れる人が、その悲しみから立ち直れるよう支援する人を養成しています。

島薗さんは当初医学を目指したものの、途中から宗教学へと変わっていった、という経緯をお話くださいました。ところが最近は、再び医学の領域に帰ってきたようなところがあるそうです。
というのも、医学者や医療関係者の間でも宗教の必要性が再認識される時代になってきているということがあります。80年代頃に「脳死って人の死なの?」という議題がありましたが、死に向き合った人は医学でも心理学でも治せないものがあり、スピリチュアル的なもの、いわゆる宗教に通じる様な要素が必要なのではないか。「我々は宗教後の時代に生きているが、宗教なしでやっていけるのかな」と、島薗さんは仰られます。

医学・医療と、いのちについて。
万能細胞と呼ばれるiPS細胞とゲノム編集の親和性の良さなどにも触れながら、この2、3年で急速に伸びてきたゲノム編集について解説して頂きました。
従来の、人間の命は神から授かるものという考え方に対し、人間が命を作ることが出来る様になったのです。それは言い替えれば、「神を演じることが出来る様になってしまった」ということになり、例えば将来人間は500歳まで生きられる様になるかもしれない。このことは人類にとって大変な福音ですが、使い様によっては人類の破滅とまでは言えないものの、行き先を見失ってしまう可能性があるのではないでしょうか。
現在研究が進んでいる iPS細胞は人間の体の様々細胞に分化していくことが可能な幹細胞なので、ヒトの細胞や組織、臓器などを作り出すことが出来ます。
IPS細胞を用いて、豚の体の中に人間の臓器を作るという様な研究も可能になります。これはキメラと呼ばれ、この研究をどこまで進めるのかが大問題となっています。
脳が動物でも、体の各部分が人間という様な生き物を人間の様に扱うのか、それとも動物の様に扱うのか。それはどこで人間と動物を判断するか、ひいては何を以って「人間」なのかという問題に繋がっていきます。

そして話題は生命倫理へ。
安楽死や自殺など死に関わる問題がある一方、「命の始まり」に関しても様々な問題が出てきています。
例えば生まれてくる子供の障害の有無を母親の血液を調べることでわかる出生前診断など、科学技術が進んでくると、命の始まりの時点で命を選んだり、作り変えたりすることが可能になるのです。
始まりの段階の生命への介入ということに関しては、「命の破壊」やデザイナーズベイビーなどの「命の拡充」(より良く操作して得られるもの)が何を起こし得るのかという問題もあります。そしてそれは、「命は授かりもの」という考え方との間に大きなズレを生じさせています。

6月1日(木)「"わたし"という彼方を巡る思考の旅」ゲスト:島薗進さん

科学技術を用いて"いのち"に介入し操作することは、本当に望ましいことなのでしょうか。
島薗さんはトーク中、フランスのジャン=ピエール・デュピュイの現代科学論をご紹介くださりました。

「今の科学はだんだん人間のコントロールを超えてきた。カタストロフィーということを言っています。こういう技術を開発したら将来どういうことが起こるかと予測するよりも今使えるからやっちゃう。その結果何が起こるかわからない。そうなるといつか、科学というのは分からないことを調べているわけですから、分からないことを起こしてしまうわけです。そうすると気がついた時にはとんでもないことが起こっている。」

環境問題であれば後々の影響を鑑みる事が当然となっていますが、医療・治療で役に立つとなると、後々の社会に与える影響を考えづらい。こういった現代科学の進歩による、聖なるもの(生命)への介入を止められるのは、宗教だけかもしれないという島薗さんの考察について、 ご紹介下さりました。
科学技術を用いて社会や私たちの生活をより良くすることは一概に悪いことか、どうなのでしょうか。そういったことを話し合っていく上で、連綿と続いている様々な宗教で培われてきた考え方、倫理観には参考となることが数多くあります。

現在の日本では宗教を拠り所にしない人が増えています。島薗さんは、お墓参りの慣習や「いただきます」の挨拶など、風習として伝えられてきた振る舞いに潜む知恵や価値観が失われることを危惧されています。それらには、単に宗教ということで収まらないこれまでの歴史で培われてきた沢山の民族性や人間性、倫理観が含まれているからです。

しかし加えて、宗教は大事だが、宗教ひとつだけに「嵌まる」、どちらかに偏りすぎることは危険であり、重要なのは"バランス"であるとも強調されました。

会場にお越しいただいた皆さんとの質疑応答でも、それぞれの関心や具体的な実体験に基づいて、様々なやりとりがありました。
参加者それぞれが、科学技術と宗教のあいだで自分自身の"いのち"にまつわる価値観をたどりながら、日常の暮らしや身近な"いのち"のあり方について、そして、これからの人類の未来について真剣に考えることができ、大変貴重で有意義な時間となりました。

「ビデオゲームにおける『遊び』を考えてみる」(飯田和敏さんをお迎えして)

 2017.6.7(B1事務局 三ヶ尻/サポートスタッフ 田中)

5月31日(水)、サーチプログラムvol.6の関連企画として「ビデオゲームにおける『遊び』を考えてみる」を開催しました。ゲストには、「太陽のしっぽ」や「アクアノートの休日」、「巨人のドシン」など、革新的なビデオゲームを手掛けたゲームクリエイターの飯田和敏さんにお越し頂きました。

「太陽のしっぽ」や「アクアノートの休日」などの一風変わったシステムの理由や、それぞれのゲームをどのように考えて作り上げたか、そしてクリエイターとしての創作に関する姿勢などもお聞きしました。

〜「太陽のしっぽ」 〜

5月31日(水)「ビデオゲームにおける『遊び』を考えてみる」 ゲスト:飯田和敏さん

まず飯田さんの手掛けたビデオゲームの代表作のひとつ「太陽のしっぽ」を実際にプレイしながらご紹介頂きました。 1996年に発売されたプレイステーション用ゲームソフト「太陽のしっぽ」は、原始人となったプレーヤーがひたすらゲーム空間を探索する元祖オープンワールドとも呼べる無目的的な怪作ゲーム。それまでのゲームの制度やセオリーに挑んだ内容は実に挑発的で、例えば以下の様に当時に「当たり前」の正反対を張る内容があげられます。

・ゴールが設定されていない。
・ミッションが存在しない。
・アバターが突然眠りその間プレイヤーはコントロールできない。

5月31日(水)「ビデオゲームにおける『遊び』を考えてみる」 ゲスト:飯田和敏さん

例えば原始人が睡眠をとるタイミングはプレイヤーがコントロールできず、原始人は急に眠ってしまいます。そしてプレイヤーはただ画面を見ながら待っていることしかできません。寝ている間に鳥につつかれて体力が減ってしまったり、海の中で寝てしまい、寝たまま亡くなるということもあるそうです。

一聞すると理不尽とも単なる悪戯にも思えるこのシステムには、開発当時の飯田さんのこんな思いが反映されてるのだそうです。

製作を進めている際に、「原始人を操っているこのプレーヤー自身は(ゲーム空間において)一体何者であるのか」と疑問に思ったそうです。原始人たちが崇め奉る神のような存在、または、原始人の守護霊のような存在がプレイヤーなのかもしれないと仮定し、そのような視点からアバター(原始人)を操ると、思い通りに動かせない事が当然ある。けれども、あまりにも思い通りにならないとゲームにはならないので、思いがけないところで急に眠るというシステムが生まれたそうです。

また、話題はゲームの境界=世界の果てにまで及び、「始点と終点を結ぶ閉じた世界」は敢えて採用せずに決して渡りきれない海を設定するなどして、原始人がゲーム内で絶対にその先に行けない領域を作ることでゲーム世界の果てを設定しました。これは、西遊記において孫悟空が釈迦の掌で世界の果てを見た世界観を、飯田さん流にプレーヤーと原始人のアバターの関係に昇華させたものだったそうです。

 

〜「アクアノートの休日」〜

5月31日(水)「ビデオゲームにおける『遊び』を考えてみる」 ゲスト:飯田和敏さん

続いて代表作品の一つである、「アクアノートの休日」(1995年発売)をご紹介頂きました。プレイヤーの一人称視点でひたすら海の中を自由に散策するゲームシステムは、「太陽のしっぽ」から続くオープンワールド形式を踏襲。海の中をどこまでも自由に探検できるのです。BGMは特になく、波や海の中の音が聞こえてきます。一人で遊んでいるとどうやらとても孤独になるそうです。

こちらも「太陽のしっぽ」と同じように、クリアしなければならないミッションや目的が設定されていないゲームで、 「太陽のしっぽ」も「アクアノートの休日」も3D空間の自由を楽しもうということで作られました。よって、ビデオゲームによくあるミッション遂行の使命や、難易度の上がっていくステージはありません。これらを発売した当時は、ハードの性能も上がりポリゴン表現技術で3Dの仮想景色を自由に表現出来るようになった時代でした。その世界を十分堪能するために、制限時間や目的を設定せずに、プレイヤーにとってストレスのないゲームを作りたいという飯田さんの意思が伝わって来ました。

もともと芸術大学を卒業後にゲーム制作に携わり始めた飯田さんは、拡張する表現方様式の一つとしてゲームの可能性を捉えていたそうで、アートの役割には従来の価値観/制度に挑戦していく社会的機能があるという持論の上に制作されたゲームは、敢えて挑発的で時に人を驚かせるシステムが採用されていきました。


そして、話題は2009年にwiiで発売されたゲームソフト「ディシプリン*帝国の誕生」へ。

〜「ディシプリン*帝国の誕生」〜

5月31日(水)「ビデオゲームにおける『遊び』を考えてみる」 ゲスト:飯田和敏さん

「ディシプリン*帝国の誕生」は、「太陽のしっぽ」「巨人のドシン」の後に制作された異色な作品です。舞台は厳戒体制が敷かれる監獄・ディシプリンです。プレイヤーは、現実に起こった事件の犯人たちをモデルとした、投獄されている囚人たちと会話することができます。

飯田さんは「ディシプリン*帝国の誕生」の製作前、私たちの世界は残酷なものとつながっていると悟ってしまった時期があるそうです。「ディシプリン*帝国の誕生」を作ろうとしたのも、私たちの本当の日常の世界を知らなければいけないと思い立ったからだそうです。見て気持ちのいいものしか触れない、関わろうとしなければ、いつまでたっても自分中心でしか考えられなくなると考えたそうです。

5月31日(水)「ビデオゲームにおける『遊び』を考えてみる」 ゲスト:飯田和敏さん生活している中でメディアに乗った情報としてしか接する事のない事件の犯人。実際には同じ世界を共有する人間であることを無自覚的に忘れていることをこのゲームでは迫ってみせています。

『映画や本に比べて現場感が違うんですよね。(ビデオゲームでプレイすることにより)自分がその映像空間の中にいるということになっているので、そのテキストが友人との対話レベルで分からなきゃいけないという感覚が(ビデオゲームには)ある。』と飯田さんは言います。

現実世界にある物理的な距離、時空的な隔たりをゲームの世界は易々と乗り越える。「ディシプリン*帝国の誕生」の製作を通して、ぎりぎりのところにも遊びは現れると気づいたそうです。

ハードの性能、ネット技術、ソフトの進化は過去とは比肩できないレベルでその進化は日々進化している中で、「ビデオゲーム=子供の遊び」は既に古い概念となり、ゲームは確実にもう一つの現実世界として機能し始めている。常に完成された権力としての制度を疑うことで、ビデオゲームの遊びの領域を拡張してきた飯田さんのゲーム開発。これからどのようなゲームと遊びが飛び出してくるのかとても楽しみに思えるトークとなりました。

「膜であるヒトの内と外」(永田和宏さんをお招きして)

 2017.6.6(B1事務局 サポートスタッフ 川原)

5月24日(水)、現在絶賛開催中のサーチプロジェクトvol.6「ニュー"コロニー/アイランド"~わたしのかなたへ~」の関連企画として、「膜であるヒトの内と外」というトークプログラムを開催しました。

ゲストには細胞生物学者で歌人の永田和宏さんをお迎えしました。細胞膜の研究、そして歌人として著名な永田さん。今回のプログラムでは、まるでひとつの社会を形成しているような細胞の世界を通じて、"わたしたち"の内にある未知なる世界を見つめ、そしてそこから人間社会を見つめ直すようなトークになりました。

会場は超満員!皆さんの期待が伝わってくるなか、始まりました。

5月24日「膜であるヒトの内と外」ゲスト:永田和宏(細胞生物学者、歌人、京都産業大学 タンパク質動態研究所 所長/総合生命科学部 教授)
永田さんのお話しは、大学教育論から、細胞のミクロ度合をどう印象付けるか、学問とはなにかといったところから始まり、細胞の専門的な話から細胞膜の働き、細胞で起こっている現象へと進みます。

やがて話は細胞から飛び出して、社会の中の自己と他者とは、グローバリズムと多様性とは、など、話がどんどん展開し、そしてあっという間に終演を迎えました。

今回お話し頂いたどの話題も面白く、頭を刺激するものでした。その中からいくつかご紹介します。

5月24日「膜であるヒトの内と外」ゲスト:永田和宏(細胞生物学者、歌人、京都産業大学 タンパク質動態研究所 所長/総合生命科学部 教授)

①大学における教育

「大学における教育は、小中高とは別のものである。極論をいれば、教科書はいらない。研究者は、教科書に載っていないことを、何がわかっていないのかを教えるべきである。答えが必ずあるのではないこと、答えが一つではないことを、社会に出ていく準備として教えることが大切である。」
このお話を聞いて、かつて、大学で講義を受けていた課程では、ひたすら図書館で調べれば、解がありレポートが書けましたが、研究室に入ると全く違い、思った以上にわかっていないことが多くて、わかっていることも結果と考察と検証の上に成り立った、小さな断片をつなげていったものだと感じたことを思い出しました。

 

5月24日「膜であるヒトの内と外」ゲスト:永田和宏(細胞生物学者、歌人、京都産業大学 タンパク質動態研究所 所長/総合生命科学部 教授)

②本当のことを知りたいということが基礎科学の動機である。

「最近、ヒトの細胞数が60兆個から37兆個に訂正されたことは、大きく何かの役に立つ訳ではないが、その事実をうれ

しい、面白いと思う人はいる。知識を学問(学ぶ意欲)につなげるには、感動が必要である。例えば、細胞の数、DNAの長さを地球と比較するなど工夫する。ヒトのすべての細胞を一列に並べると60万キロメートル、一方地球は一周4万キロメートル。」
TEDのプレゼンテーションでヒトの全ゲノム配列のすべて印刷した書物のようなものが登場したことがありました。「A、T、G、C」の文字が並んでいるだけの印刷物です。しかし、初めて全ゲノムの配列のことを知った人には、あまりに膨大なボリュームに驚く人もいるはずです。アートも、役に立つかどうかを目に見える数値としては、測りにくいものです。この点で、基礎科学とアートは共通するところがあります。違うところは、科学が提示するものは、提示した時点においては、普遍性を持った事実であることが求められることに対して、アートの事実は、場所、時間、他者から自由である点だと思います。それゆえに、物事を大胆に変換し、拡張し、五感に働きかけることができます。そして、面白いことに、自然科学は、アートに多くのインスピレーションを与えることがあります。今回の展覧会は、まさにその場になっていますので、ぜひ、体感してみてください。


③細胞の膜の内と外

5月24日「膜であるヒトの内と外」ゲスト:永田和宏(細胞生物学者、歌人、京都産業大学 タンパク質動態研究所 所長/総合生命科学部 教授)「細胞生物学の視点では、生命の最小単位は細胞。生命は膜による区画から始まり、生きているということは外界から内部を区画していること。細胞が自分の内部とすると、腸内は外部ともいえる。細胞膜は10ナノメートル(細胞を1メートルとすると0.5ミリメートル)と非常に薄い。薄く、脂質2重膜から成り立つため、物質を移動させるゲートが適切に生まれては消える。恒常性の維持のため、膜は激しい変化を繰り返している。」

久しぶりに、専門的な話を楽しく聞いていて、ふと、これはわたし自身に初歩の知識があるから、すっと入ってきているのだと気づきました。知識を持っていると、理解し、考える余裕が生まれ、その次のことに興味も湧くのだと思います。そういった意味では、高校までのある程度の詰め込み学習も意味があると思えました。
同一の状態を保つことは、変わり続けることであるという。一見禅問答のようですが、原子の世界も交換や揺らぎが日常であって、視点がかわると、"わたし"というのはかなりマクロなのだと、相対は面白いと感じました。

トークの終盤からは、細胞膜がたゆみないせめぎあいの中で折あいをつけている姿に、社会における自己と他者、グローバリズム、国境の在り方、国の在り方をなぞらえて見つめるお話もありました。

5月24日「膜であるヒトの内と外」ゲスト:永田和宏(細胞生物学者、歌人、京都産業大学 タンパク質動態研究所 所長/総合生命科学部 教授)ヒトは細胞でできていて、社会は人でできていて、国家は社会からできていて、地球は国家からできていると考えられるとすると、細胞の営みと、国家と地球の在り方が似通うほうが自然なのか?、正しいのか?、そうなると、人間の思考とはなんなのか?、人間の思考はどう生まれるのか?、思考は、単なる物質の移動に以上のものがあるはずか?など、ふわっと別のところに心が連れていかれるような、不思議を感じた時間でした。

会場からの質疑では、学生の自信喪失論やミトコンドリアの話、集団となる時の細胞の話、研究者の悩みなど、様々な質問が飛び出し、本当に、熱く語り明かしたいトピックスが満載のラボカフェでした。

5月24日「膜であるヒトの内と外」ゲスト:永田和宏(細胞生物学者、歌人、京都産業大学 タンパク質動態研究所 所長/総合生命科学部 教授)

ラボカフェスペシャル featuring サーチプロジェクト
オープニングトーク「ニュー"コロニー/アイランド"3 ~わたしのかなたへ~」

 2017.4.7(B1事務局 三ヶ尻/サポートスタッフ川原)

アートエリアB1で3月28日からスタートした企画展「ニュー"コロニー/アイランド"3〜わたしのかなたへ~」。4月2日(日)は関連プログラムとしてオープニングトークを行いました。ゲストには、今回の展覧会のプロジェクトメンバーである大阪大学 生命機能研究科/医学系研究科 特別教授の吉森保さん、建築ユニットdot architectsから家成俊勝さん、土井亘さん、寺田英史さん、アーティストのやんツーさんをお迎えしました。

サーチプロジェクトvol.6オープニングトーク01

オープニングトークでは、2015年からの「ニュー"コロニー/アイランド"」展1と2の振り返りと、dot architects、やんツーさん、吉森さんからの活動内容や研究内容のご紹介、そして実際に展覧会場を巡りながらギャラリートークを行いました。

 

〜「ニュー"コロニー/アイランド"」展の振り返り〜

本展は、「ニュー"コロニー/アイランド"」と題した展覧会の第3弾であり、シリーズ最終回となる展覧会です。

本題のトークに入る前に、まずは2015年と2016年の展覧会を振り返りからスタート。

2015年は、「ニュー"コロニー/アイランド" 〜"島"のアート&サイエンスとその気配〜」と題し、プロジェクトメンバーに大阪大学理学研究科 教授の上田昌宏さん、北海道大学電子科学研究所 教授の中垣俊之さん、建築ユニットのdot architects、アーティストのやんツーさん、プログラマーの稲福孝信さんを迎えて、"島やコロニーの実験・創造性"と、"粘菌の知と工学的ネットワーク"をテーマに開催しました。会場では、粘菌を培養するラボと3Dプリンタで中之島の建造物を生成するラボ、"菌核"寺、1/150の中之島型の培地〈仮設の中之島〉と、壁面に投影された〈仮想の中之島〉などが設置され、〈仮設の中之島〉と〈仮想の中之島〉、それぞれで粘菌が異なる都市風景を生成していきました。

サーチプロジェクトvol.6オープニングトーク02

サーチプロジェクトvol.6オープニングトーク03

続く、2016年の「ニュー"コロニー/アイランド"2 〜災害にまつわる所作と対話〜」では、アドバイザーとして惑星地質学・鉱物学研究者で大阪大学理学研究科 准教授の佐伯和人さん、民俗学者で東北大学災害科学国際研究所 教授の川島秀一さんにご参画いただき、東日本大震災から5年目を迎える年に、改めて地球の営みとも言える地震による地殻変動などの「災害」について考え、様々な視点から「対話」を試みる展覧会を開催しました。出展者には、3がつ11にちをわすれないためにセンター/せんだいメディアテーク、写真家の畠山直哉さんや米田知子さん、志賀理江子さん、ホンマタカシさん、漫画家のしりあがり寿さん、現代美術家の高嶺格さんや小山田徹さん、加藤翼さん、contact Gonzoなど、国内外で活躍する表現者や公共団体等が集いました。会場では、一軒家を模した空間の随所に、それぞれの作品や活動記録、また過去の災害にまつわる資料が壁紙やファブリック、テレビに映る映像として展示され、会期中には"リビング"や"庭"などで様々なテーマで対話プログラムが繰り広げられました。

サーチプロジェクトvol.6オープニングトーク04

サーチプロジェクトvol.6オープニングトーク05

そして、今年の展覧会。「ニュー"コロニー/アイランド"3 〜わたしのかなたへ〜」と題した本展は、"わたしたち自身"に着目します。

プロジェクトメンバーには、2015年の「"島"のアート&サイエンスとその気配」のプロジェクトメンバーでもあったアーティストのやんツー氏、同じく2015年のプロジェクトメンバーであり、2016年の「災害にまつわる所作と対話」では会場設計・施行を担当した建築ユニットのdot architects、そして今回はコンセプターとして大阪大学 生命機能研究科/医学系研究科 特別教授の吉森保さんをお迎えしました。

 

〜プロジェクトメンバーによるそれぞれの活動紹介〜

サーチプロジェクトvol.6オープニングトーク05 dot architectsの活動紹介の様子

建築ユニットdot architectsは大阪を拠点に、建築設計事務所を運営されています。店舗や住宅の設計等のいわゆる建築設計事務所が行う仕事をする傍ら、一般的にイメージする設計事務所とは異なるプロジェクトでも参加されています。アートプロジェクトのパフォーマンスに参加し即興で空間をつくったり、展覧会の会場構成や地域の人たちと交流しながらコミュニティスペースの設計をするなど、自身の身体をつかってその場で空間をつくることをされています。今回は、私達の身体をつくるたんぱく質をイメージした細胞的遊戯装置が点在する体内公園「仮説公園」をつくっていただきました。

サーチプロジェクトvol.6オープニングトーク06 やんツーさん活動紹介の様子

やんツーさん(アーティスト)は、デジタルメディアを使って作品をつくっています。いかに装置を有機的に動かせるかということに注目しており、装置にセンサーを仕込み、人の数や騒音量などの環境を規定する要因をセンシングして装置の動きに反映させたドローイングマシーンなどを作成されています。このドローングマシーンは自立して動き、抽象的な絵を描きます。そして現在、山口情報芸術センターで展覧会期中の作品では、大きさや種類の様々な展示物(扇風機やカラーコーン、車など)に、インターネットのホームページからアクセスすると誰でも憑依することができ、実空間の展示物をインターネット経由で動す作品を発表しています。

今回やんツーさんには、もうひとつの体内公園「仮想公園」をつくっていただきました。dot architectsが作成した細胞的遊戯装置にセンサーを仕込み、来場者が遊戯装置を動かすことで「仮想公園」の映像空間に反映されます。来場した際は、遊戯装置の動きがどのように「仮想公園」に反映されるのか是非ご注目ください。

サーチプロジェクトvol.6オープニングトーク06

次に吉森保さんからご自身の研究についてご紹介いただきました。吉森さんの専門は、私たちの身体を構成する細胞内の事象の一つである「オートファジー」です。「オートファジー」は、大隅良典さんが2016年のノーベル医学生理学・医学賞を受賞した研究テーマです。ニュースなどで聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。吉森さんは大隅さんと共に研究を行い、昨年の授賞式にも出席されました。「オートファジー」は細胞内で不要なものを分解し、また、新たなものを生成する細胞内リサイクルシステムの一部です。「オートファジー」は細胞内の不要となったタンパク質などを膜が包み込み、これが、分解酵素リソソームと融合し、たんぱく質がアミノ酸まで分解する現象です。このアミノ酸は適宜、再びタンパク質に合成され細胞の部品となったり、または、代謝されてエネルギーとなったりします。

サーチプロジェクトvol.6オープニングトーク07

吉森さんのトークの中で、「ギリシャ神殿」と「伊勢神宮」の比較がありました。どちらも、数千年以上存在する建物ですが、一方は、一度頑丈に建てられてそのままの建築、もう一方は式年遷宮という儀式のもと、20年ごと建て替えられた建築です。しかし、建て替えられた「伊勢神宮」は、創建当時の姿といわれており、見た目に変化はありません。このことは生物に通じることであり、日々の生物の姿、細胞の見た目の変化は些細なものですが、体内に存在しているアミノ酸~それを構成する炭素、窒素、酸素、水素原子は、数日で入れ替わる劇的なものです。建築と生物の不思議な共通です。

サーチプロジェクトvol.6オープニングトーク09 ギャラリートーク

今回の展覧会で展示している「細胞的遊戯装置の仮設公園」は、アミノ酸の種類数と同じくらいの約20種類部材とジョイント方法によって構成されています。遊戯装置がタンパク質、部材がアミノ酸を模しています。「仮設公園」を制作されたdot architectsの家成さんから、展覧会の開催中に「オートファジー」を起こし、3か月の展示の中で部材を循環・再生させていきたいとの話がありました。設営で余った部材は通常展覧会のオープン前に撤去するものですが、細胞内で浮遊しているアミノ酸のように、いつでもタンパク質合成=遊戯装置の組み立てできるように、会場内に置かれています。ご来場の際には、見つけてみてください。

サーチプロジェクトvol.6オープニングトーク10 ギャラリートーク

展覧会場のもう一つの要素は、「仮想公園」です。dot architectsが制作した細胞的遊戯装置には、センサーが取り付けられ、来場者が装置を動かすと、「仮想公園」の映像が緩やかに変化してゆきます。仮設公園の遊戯装置と、細胞内の構造をモチーフに「仮想公園」を制作されたやんツーさんが仰られた「細胞のことを考えていくと、あれ?ここはどうなっているだろう、ということにぶつかる」という話には、はっとさせられました。実際に科学は、解明されていないことが、まだまだたくさんあります。細胞も同様です。教科書には、解明された断片のつなぎを、想像イメージで補って記されているにもかかわらず、読んでいると全部わかっているような錯覚に陥っていることが多くあります。「わからないことにぶつかる」というのは、実際に構築する側に立つと、見えてくる物事があると再認識する話でした。

サーチプロジェクトvol.6オープニングトーク11

その他トークの中で、建築と細胞内現象の共通項は、高度経済成長期に作られたインフラの老朽化、建築のメタボリズム運動への言及まで広がりました。一方、デジタル技術の領域では、攻殻機動隊やAIの話題が飛び出し、身体運動と知能成長の関連について意見が交わされました。遠い分野の専門家が集うことにより、考えの輪郭がはっきりしたり新しいものの見方が生まれたりする面白さを感じました。

 

アートとサイエンスがぶつかった現場、そして身体感覚を研ぎ澄ます展覧会、「ニュー"コロニー/アイランド"3~わたしのかなたへ~」を是非見に来てください。

サーチプロジェクトvol.6「ニュー"コロニー/アイランド"3 〜わたしのかなたへ〜」開幕

アートエリアB1の春の企画展・サーチプロジェクトvol.6「ニュー"コロニー/アイランド"3 〜わたしのかなたへ〜」が3月28日より始まりました。

当館を活用して、アートや知の可能性を探求(=search)する企画展「サーチプロジェクト」。
2015年からは、「ニュー"コロニー/アイランド"」と題して3回にわたるアート&サイエンスの展覧会を開催しています。
〈これまでの「ニュー"コロニー/アイランド"」展〉
2015年 「ニュー"コロニー/アイランド" 〜"島"のアート&サイエンスとその気配〜」
2016年 「ニュー"コロニー/アイランド"2 〜災害にまつわる所作と対話〜」
昨年、当館を一軒の家に見立てて開催した「災害にまつわる所作と対話」の展覧会が記憶に新しい方もおられるのではないでしょうか?

これまで2年にわたって「島と粘菌の知」や「惑星地球と災害」をテーマにしてきた本シリーズ。いよいよ今年がシリーズ最終回です!
今年の企画は、「ニュー"コロニー/アイランド"3〜わたしのかなたへ〜」と題して、"わたしたち自身"に着目します。

プロジェクトメンバーには、2016年のノーベル生理学・医学賞を受賞された大隅良典教授とともに国内のオートファジー研究を率いる吉森保
建築設計・施工だけに留まらず、「瀬戸内国際芸術祭2016」などの様々なアートプロジェクトにもかかわる建築ユニット・dot architects
デジタルメディアを基盤に、グラフィティやストリートアートなど公共の場における表現にインスパイアされた作品を制作するアーティスト・やんツーをお迎えして展覧会と、会期中には多彩なトークプログラムを展開します。


ではさっそく、会場のなかを少しご紹介しましょう。

入口バナー、看板 注意看板

入口には印象的なピンクのバナーに細胞の営みのひとつである「オートファジー」の画像が配置されています。本展は、わたしたちの体の15%を占めるタンパク質の構造をメタファーにしてつくられた【仮設公園】と【仮想公園】という二つの空間で構成されています。

これらの空間は、「見る」と「遊ぶ」の二つの方法で体験することができます。安全に遊んでいただくために、入口で「ご入場前の注意事項」をよく読んでから臨んでください!

サーチ6ホワイトボード

さて、会場に入ると大きなホワイトボード。そこには会場図とともに、本展のキーとなるアミノ酸とタンパク質の階層構造が大学の講義さながらに記されています。

なんだか難しそうですが、簡単に説明すると......
タンパク質は20種類のアミノ酸でできています。この20種類のアミノ酸の組み合せ方によって何万種類もの異なる働きと役割を担うタンパク質がつくられていきます。そしてそのタンパク質同士がくっつき合うことでさらに異なる役割を担うタンパク質へと変化していきます。(学術的にはこれを1次元構造〜4次元構造として説明します)

そして会場の【仮設公園】には、だいたい20種類くらいの材料とジョイント方法でつくられた「細胞的遊戯装置」が点在しています。

サーチプロジェクトvol.6オープン02 サーチ6会場

この「細胞的遊戯装置」に来場者である皆さんが触れたり、乗ったり、滑ったり、さらに装置を移動したりすることによって、装置に内蔵されたセンサーが反応します。

するとどうなるかというと、壁面に映し出された【仮想公園】のなかでこの細胞的遊戯装置が現実空間とは異なる動きで変化していきます。

つまり、"だいたい20種類くらいの材料"がアミノ酸、それを組み合わせてつくられた「細胞的遊戯装置」がタンパク質、さらに、来場者である皆さんもタンパク質に見立てて、タンパク質同士がくっ付いたりすることで、【仮想公園】のなかでは新たなタンパク質が形成される、というわけです。

 

何はともあれ、まずは会場で遊んでみてください!

というわけでお次は「細胞的遊戯装置」を少しご紹介しましょう。

入口ブランコ

見ての通りの「ブランコ」です。が、身近でブランコをする機会も街中ではなかなか無いと思います。からだの感覚を開いて、是非ひと漕ぎしてみてください。いつもと違った身体感覚を思い出せます。

シーソー

不思議な形をしていますが、「シーソー」です。両端の下に付いている筒は柔らかい素材で出来ているので、体重を掛けるとかなり弾んで、すごい浮遊感です。バウンドのさせかたによってはかなり激しいシーソーになるので注意です! 日常生活ではシーソー的な身体感覚もあまり経験しないですよね。

その他にも、動く平均台やジャングルジムなど、なかなかスリリングな装置が盛りだくさんです。
(安全に注意しながら遊んでくださいね)

サーチプロジェクトvol.6オープン03 サーチプロジェクトvol.6オープン04

一方、壁面に投影されている【仮想公園】はどんな感じでしょう?

映像の中には、会場内の「細胞的遊戯装置」が漂っています。そのなかを歩き続ける一人のおじいさん。会場にある「細胞的遊戯装置」の動きに反応して、この【仮想公園】はダイナミックに変化していくわけですが、これがどのように変化し、そしておじいさんは一体どうなるのか!? それは会場に来られた際のお楽しみとさせていただきます。

サーチプロジェクトvol.6オープン06

そんな仮想空間に入り込む体験ができるのが"VRブランコ"です!

ヴァーチャルリアリティのヘッドセットを付けてブランコに乗るという、なんとも浮遊感あふれる装置です。会期初日から大人気です。
(体質等によっては体験していただけない場合がありますので、体験前に会場の注意書きをご確認ください)

サーチプロジェクトvol.6オープン05

先にも書いたように、これらの「細胞的遊戯装置」は、それぞれがアミノ酸でできた「たんぱく質」をイメージしていますが、体のなかにはタンパク質になる前のアミノ酸も浮遊しています。

というわけで、会場の片隅には資材(=アミノ酸)がプールされているところも。

アミノ酸プール

この「アミノ酸」を原料に、6月25日までの会期中にたんぱく質の「装置」が更に増える、かも???

自分という意識やからだの感覚と向き合う本展。一度ならず何度でも、この「体内公園」に遊びに来てください!

※お怪我だけなさらぬよう!動きやすい服装でお越しいただくことをおすすめします!

   


今週末4月2日(日)にはプロジェクトメンバーを迎えてのオープニングトークを開催します。こちらも必聴です!
ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト
オープニングトーク「ニュー"コロニー/アイランド"3 〜わたしのかなたへ〜」

日時:4月2日(日)16:00ー18:00
定員:50名程度(当日先着順・入退場自由)
ゲスト:吉森保(大阪大学 生命機能研究科/医学系研究科 特別教授)、dot architects(建築ユニット)、やんツー(アーティスト)
カフェマスター:木ノ下智恵子、久保田テツ、塚原悠也(アートエリアB1運営委員)

「災害にまつわる所作と対話」クロージングトーク!

本展のタイトル名に所作と対話がありますように、展示期間中なんども対話を重ねてきました。今回が展覧会最後の対話となります。まずは振り返りの話からスタート。

ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト クロージングトーク「災害にまつわる所作と対話」

展示がなぜ家なのか?

この展覧会準備の話し合いの時、災害の当事者でないと話せない状況がまずいよね。という言葉が印象に残ったと家成さん(dot architects)は言います。外部から物が言いにくいという状況。そうではなくてみんなが当事者の立場から話せる場があったらいい。そんな思いから日常的な空間から様々なアーティストの作品を日常と地続きに見て、災害と作品に触れてもらい対話できたらいいなと家のかたちを思いつきました。

そして当館運営委員で本展のディレクターのお一人である木ノ下さんからもうひとつ、美術館やホワイトキューブなど黙って見なくちゃいけないような、メディアの持つ強迫観念のようなものを極力少なくし、作品に触れる近い存在にして、会話ができる場所として家が重要な要素してありました。

こんな経緯で日常と隣り合わせの災害、普段の生活から災害のあり方を見て、家の中で対話が生まれる展示となり、来場者の方も親しみを持って展示をご覧いただきました。

ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト クロージングトーク「災害にまつわる所作と対話」最後の対話

dot architectsさんより質問。最近の学生が大学からよく重要と言われいることのひとつに「コミュニケーション能力を高める」がありますが、川島さんや佐伯さんが普段行っている、人ではないものとのコミュニケーション、声の聞き方、向き合い方を尋ねました。

佐伯さん「自然と向き合うということではフィールドワークにでます。自然からの声を聞くには、自然を模すアナログの実験をします。溶岩の代わりに水飴を流すなど、実験をさせると自分が思ったことと違うことに気づく。自然から教えてもらうテーマ設定を行うように学生には教えています。」

川島さん「自分が直接自然を見るというより、民俗学なので基本は人の営みを通して自然を見ています。誰もが持っている内なる自然にどう向き合っていくかで外側の自然への向き合い方も変わります。例えば、漁師さんは海や潮を読む力を持っていて、そんな漁師の感とGPSを認識する能力を併せ持った人が一番魚が獲れるそうです。機械だけに頼ると、機械が進化すればするほど、いざ機械が壊れた時どうすることもできない。100%何かに頼らず、自然のいいところも悪いところも両方に向き合うことが重要です。」 

ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト クロージングトーク「災害にまつわる所作と対話」

ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト クロージングトーク「災害にまつわる所作と対話」こんな回答から話は多様性について展開し、自然をうまく取り入れた隙間風の通る自然換気の昔の家と現在の機密度の高い家、どちらが豊かなのか?というdot architectsさんの話を受けて、佐伯さんは「選択肢が広がったことはいいと思っています。それは多様性を担保しておくことです。」と話され、ひとつの物事から世界を見る視野の広さを感じました。

木ノ下さんからも多様性について、ホンマさんの映像作品の中でスマトラ地震でホテルで被害を受けたことを深刻そうに語るイギリス人と、あっけらかんと語る現地のホテル従業人の違い、そして被害にあったホテルは、塀などを立てることもなく同じ状態のホテルを再建築して、津波から10年後も当時と同じように営業していることから、多様性の中で彼らが選択したものとは何かを感じたと語られました。

ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト クロージングトーク「災害にまつわる所作と対話」

最後に、今回のプロジェクトで人間はすごいタフで、コミュケーションや伝承をつかっていることを改めて感じましたと佐伯さん。地質学、民俗学、建築家という立場からのご意見はそれぞれ異なりながらも交差する部分もあり、対話していくうちにお互いの接点や新しい視点が生まれました。

さらに企画側からも最後の対話をヒントに、どうやら来年の「ニュー"コロニー/アイランド"3」の企画構想が膨らんだようです!「ニュー"コロニー/アインランド"」は今回2回目を終えましたが、来年も開催予定で全3回行います。2017年春の展示をお楽しみに。

3月11日からスタートした展示もあっという間に幕を閉じました。テーマとしてデリケートな部分もありましたが、長時間にわたりじっくりとご覧になっていた方も多くいらっしゃいました。ご来場いただきましたみなさま本当にありがとうございました。

歩きながら活断層を体感する(大阪の活断層を巡るツアー)

3月11日から開催してきたサーチプロジェクトvol.5「ニュー "コロニー/アイランド"2 〜災害にまつわる所作と対話〜」。最終日も目前の6月25日は、ナビゲーターに本展アドバイザーである惑星地質学・鉱物学研究者の佐伯和人さん、ゲスト解説者に活断層研究者の廣野哲朗さんをお招きして、「大阪の活断層を巡るツアー」を開催しました。 

 

当日、通天閣の下にツアー参加者の皆さんが集合。ゲスト解説者である廣野さんの服装から、活断層を巡るというこれからの道のりの険しさを想像して、身が引き締まります。

 通天閣の下で説明をする佐伯先生と廣野先生通天閣の下で集合

 

まずはじめに、通天閣に登って上町台地を俯瞰しながら、これから巡るルートの解説を伺いました。

通天閣俯瞰

 

続いて地上に戻り、次のポイントへ向かいます。向かいながら安居神社の急な石段を上り下りしたり、坂道を歩いたりしながら、上町台地の高低差を体感しました。 

次のポイントは清水寺の「玉出の滝」です。流れ出る滝と崖を見上げながら、断層の解説を伺います。

玉出の滝

 

続いて、清水寺墓地の「清水の舞台」へ向かいます。玉出の滝からさらに急な石段をあがって、清水の舞台へ到着しました。
舞台の下の地域は、以前は海だったそうです。潮位の変化の話から解説は宇宙へと及びました。寒冷期と温暖期の変動があるのは、地球の自転軸や公転の軌道が、同じく太陽のまわりをまわっている他の惑星の引力の影響でぶれること。また、太陽系が銀河の中を移動する際に受ける引力の影響すら関わっているそうです。地形の変動と宇宙の営みがつながっているとは!壮大な話に、皆さん熱心に耳を傾けられていました。

清水の舞台

 

坂を下り、どんどん歩きます。歩きながら、上町台地にはとてもたくさんの寺社があることにも気づかされます。

続いては、「大江神社の階段下」にたどり着きました。こちらの神社には狛犬ならぬ狛虎がいて、タイガーズファンの参拝が多いそうです。大江神社への階段は、やはり急な石段が101段もありました。

 

そして最後に「昔の海浜跡」を眺めます。周囲には建物が立ち並び、海の面影はありません。けれどよく見ると道路が大きく波打っていて、かつてここが海であった名残を確かに見ることができました。

 

知識として知るだけではなくて、活断層の史跡を歩きながら巡ってみることで改めて地形を体感したり、地球や宇宙の営みに想いを馳せたり。生憎の雨天でしたが、とても新鮮で充実したツアーでした。

「海の文化と気象判断の知恵について」(漁師・池尻宏典さんと民俗学者・川島秀一さんをお迎えして)

6月24日(金)。今日は、民俗学者として気仙沼を拠点に全国のカツオ漁師や漁撈伝承を長年取材している 東北大学の川島秀一さんと、神戸・新長田で漁師をしている池尻宏典さんをゲストにお迎えし、人間と海との関わりについて、民俗学的な視点と海という現場に身を置かれている漁師さんの視点が交わる対話プログラムを開催しました。

ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「海の文化と気象判断の知恵について」ゲスト:尻池宏典(尻池水産)、川島秀一(民俗学者、東北大学災害科学国際研究所 教授)

川島さんは、元々漁師さんとお話しするのがお好きで、 今まで論文発表等関係なく交流を深めてこられたそうです。
漁師さんの言い伝えをカレンダーにするというユニークな活動もされています。

一方、現役の漁師である尻池さんは、おじいさんから始まり3代わたっての漁師一家。
阪神・淡路大震災後に改めて家族の大切さを痛感し、何かおこったときにもそばに居られるようにと漁師になる道を選ばれました。
現在は大阪湾でイカナゴやシラスを主に獲り続け今年で20年、都会派漁師と名乗ってらっしゃいます。

そんなお二人が「嵐と凪(ナギ)」について興味ふかいお話をされました。

ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「海の文化と気象判断の知恵について」ゲスト:尻池宏典(尻池水産)、川島秀一(民俗学者、東北大学災害科学国際研究所 教授)

いまの漁師さんは荒れたら海には出ないものだが、当時の漁師さんは荒天時には 全員出漁することになっていて、 凪の時には逆に出漁をやめていたそうです。
魚を尊敬する、魚の覚悟を感じている、人間の接し方でも魚の動きは変わってくるそうです。

漁師さんは旧暦と潮の流れをみます。潮の周期を頭の中に入れておかないと漁はできません。
「潮をとる(潮目をみる)ことが魚をとることで、魚をとることが潮をとる(潮目をみる)ことだというくらい、 とても大切にしている。」と川島さんは仰られました。
さらに、漁師さんは災害と大漁は繋がっていると 捉えられています。
大きな災害が起こるとミネラルが豊富な川の水が大量に海に流れ込み、 海水が掻き回されるため、短い目で見ると魚は減るが、長期的に見ると大漁をもたらすということに驚きました。

ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「海の文化と気象判断の知恵について」ゲスト:尻池宏典(尻池水産)、川島秀一(民俗学者、東北大学災害科学国際研究所 教授)

今回の展覧会では、川島さんが漁師さんから聴いた三陸地方につたわる諺を日めくりカレンダー のようにして展示しています。
トークでは、川島さんが"諺カレンダー"を1枚ずつめくりながら丁寧に 説明してくださいました。
()内は、尻池さんのコメントです。

「春の雪は掃いて乗れ」
→春の雪は、あまり沖が荒れることはないから、そのまま漁に出てもいいという言い伝え。
「二月と駒の頭(かしら)は荒れたほうがいい」
→2月に大風が吹くと豊作になる。馬も気が荒いほうが働く馬だという例え。
(大阪湾では、12月に西風が吹けばイカナゴが豊作になると言われていて、 ちなみに、昨年の12月は暖かかったため今年のイカナゴ漁は不漁でした)
「三月水は脛(すね)割り水」
→3月は海水温が一番低い。 脛を割るくらいに冷たい水という例え。
(大阪湾では、2月が一番冷たくなります)
「春南(はるみなみ)くろがねを通す」
→春の南風、鉄をも通すくらい冷たく強い風が吹く。
「五月海に家を建てろ」
→5月は凪が多いので、海に家を建ててもいいという例え。
「雨三粒風千石」
→春先に雨がちょっとでも降ると風邪が強くなる。
「八月海には、一人子乗せるな」
→8月の海は荒れるので、一人っ子などは亡くなるので乗せるな。
「枯れ木の靄(もや)は時化(しけ)の元」
→落葉した頃は、霧やモヤのあとには台風やしけが来る。
「冬至寒(とうじかん)の北は、手の平返し」
→冬至と夏至の間に吹く風は吹いている方向が急に変わって、危ない風だから気をつけろ。
(大阪湾でも、海に出ていると前線が通過しているのがよく分かる)

さらに、大阪湾で漁をされている尻池さんは、「南から雲が走ってきたら、あと数時間以内に波が高くなり危険になる」ということを紹介してくださいました。

場所が変われば、海の状況も漁の方法も全く異なります。
漁師さんは、先代から伝わる伝承やご自身の経験と勘により海や気象の状況を知り、 魚を獲る術を身につけています。
一方で、現代ではGPSや魚群探知機など様々な科学技術も用いられています。
尻池さんは、そうした最新機器と経験と勘、 どれかに頼るのではなくどれも上手く使っている人が一番魚を多く獲ると言われます。

尻池さんは、大阪湾でGPSも使われるそうですが、どこに浅瀬やブイがあって、 どの辺りに魚がいるかは体が覚えていると言われます。
そして、GPSよりは、 山立てが一番信頼できるそうです。
「山立て」とは、海岸沿いにある建物などを目印にして、 漁師さんたちが船の位置を把握する技術です。
大阪湾では、焼却場の煙突や大きな構造物、 港の街灯を目安にしているそうです。大阪湾は灯りが多いけれど、明るさや色の違いで判断されるそう。
一方、川島さんがご出身(現在も拠点をおかれている)の三陸地方では、高い防潮堤ができてしまって、 海から目印が見えなくなり山立てができなくなっている所もあるそうです。
津波から住民や街を守るための防潮堤ですが、「海がみえなくなることによって、 より危険性がますのではないか」と川島さんは危惧されています。

  

そしてお話は少し深い部分へと進んでいきます。
自分たちの生きるサイクルの中で起こりうる、自然と死との関わりについて。
夜の闇を感じ取るチカラや危険を察知する能力など、わたしたちが都市生活で忘れている感覚はたくさんあります。
そういった感覚は、きっと自然と対峙した時にも命を有効に生かしていくための大きなチカラになるのではないでしょうか。
そこで、自然のなかで生きて死んでいくという家族の死生観、
海という自然に家族の命が失われることについて、川島さんに伺いました。

「東日本大震災で被災された方のお話に、
遺体に『うに』がついていて、震災後、しばらくうには食べられないという話がありました。
もちろん、2、3 年は漁師をやめようとか、海で亡くなり、あがらない人は魚が食べているから、まして身内の人間が亡くなった人は、自分の身内を食べた魚は食べられないという話は聞きます。
一方で、海で死んだ人は魚になるんだ、カニになるんだという言い伝えもあります。
それは、生命の輪廻を海をとおして考えているということです。
もう一つ、言い伝えのようなものに、津波のあとはイカが大漁に採れると言われています。
大きな目で考えると、津波で人間を奪ったから、今度は魚で返すといったように、漁師は広い視野で 海と向き合う考えをもっていました。
あるおばあさんから聴いたお話に、こういうのがありました。
『海は人を殺さないから。両面をもっている。災害も与えるが、大漁もあたえる。 人の生活や命を奪っても、次の年は魚で返して、人を生かす』 
そんな大きな考え方をする人が日本にもいました。
大きな時間で命の循環をとらえる、ということです。」

  

漁師さんたちのなかには、水死体を引き上げる際の作法があるそうです。
まず、1:声をかける。2:上(頭)からあげる。
そして現役の漁師さんである尻池さんもよく聞くそうですが、
「水死体をひろった船は大漁にあたる」といわれています。
さらに、身元不明者をひろった漁師は、その人が喪主になる、ということも実際にあるそうです。

 

トークも終盤を迎え、会場にいらっしゃるお客様からの質問タイムに。

「東日本大震災の後、高い防潮堤を建てるということが話題になりました。しかし、防潮堤で壁をつくったからといって、災害が防げるとは思えません。漁をする上で、最新機器と経験や勘を両方活かす人がいい漁をするのと同じように、 土地の物語のなかにどう科学を盛り込むか、東北に関する物語のなかに、どう科学を取り込むかということが重要ではないですか」というご質問がありました。

それに対して川島さんは、このように仰られました。

「生活のなかでの当たり前だと思っている安全性をどう科学と組み合わせるかということですが、 これはその土地土地で組み合わせていくしかない。ハードにばかり頼ってもいけない。 マニュアルはつくるが、それを固めてしまうと、今後も被災する人間は増えると考えています。 そんな時でも、臨機応変な危機察知能力を持つのは漁師さんだと思っています」

一方、神戸港を拠点にする尻池さんの周辺では、 元々大阪湾に津波がくることは予測されていなかったそうですが、 今は見直され、津波に備えた訓練なども行われているそうです。
一般的には、津波が来る前に船を沖に出す「沖出し」をしなければならないと言われていますが、 地震が起こってから大阪湾に津波がくるまで約1時間と想定されている中で、 沖出しが逆に危険ではないのか、どうするのが良いのか、未だ答えを出せていない状況、と言われます。
それに対して川島さんは、東日本大震災では沖出しして助かった人もいれば、出して亡くなった方もおられると言われます。
「今回の津波の時は、沖出しした方が助かると言われていた。しかしすべてはタイミング。 この判断が非常に難しい。これは車での避難はいいのかわるいのかというのと同じこと。 これも考える必要があります。」

最後の質問の時間に、参加者のみなさんから今回のトークの核心に触れるような内容を ゲストのお二人に投げていただき、会場も一気にぎゅっと引き締まっていく空気になりました。


そんななか、最後に川島先生がおっしゃった言葉がとても胸に残りました。
「今の防災の在り方は、近代防災の在り方で、昔その地域でどういうことがあったのかを抜きに進んでいます。 上から目線で「こうしろ、ああしろ」という防災意識が強く、昔の人たちの考えを活かした防災意識が少ない。 地域の風土や歴史を知ることが、まずは防災への第一歩ではないでしょうか。昔はこの地域はどういうかたちだったのかとか、その土地に住むひとから話をきちんと聴く。そういった中から真の防災意識が芽生えてくるのだと思います。」

 

自然と人間の間の曖昧な部分に身を置き、 目を凝らし、海や魚や自然と対話し、時に危険に身を晒しながら生きている漁師の方々。 今回のお話を通じて、都会に生きるわたしたちが漁師の方々の自然観や死生観から学ぶべきものは とても多いと感じました。それは、ときに脅威ともなる自然(地球)の営みとともにどう生きるか、 ということに繋がります。そのための一つの術が、防災・減災ではありますが、科学技術に頼りすぎる社会の傾向や、 既存の物(防災グッズ)や与えられる情報に頼るわたしたちの意識は、 なにかとても大事なものを失っているのではないでしょうか。
現代においては、ある意味でパッケージ化されつつある「防災」について、 そのあり方を根本から考える、とても貴重な時間でした。

科学技術の使い方、その考え方(科学技術社会論・中村征樹さんトークプログラム)

6/21(火)、サーチプロジェクトvol.5関連プログラムとして「科学技術」をテーマに、大阪大学全学教育推進機構准教授で科学技術社会論・科学技術史の専門家である中村征樹さんをゲストにお呼びして、対話プログラム(グループディスカッション)を開催しました。
中村さんによる天気予報からみる科学の捉え方
最初の導入では、科学技術に対する考え方・捉え方について、天気予報を例にしたお話がありました。
現代の生活では、数日先まで降水確率が何パーセント、ということが当たり前に示されています。
しかし人によって傘を持っていくかどうかは違います。
少しの確率ならば荷物になる傘は持っていかない人、絶対に濡れたくないので必ず持っていく人など。
このように、同じ技術の使われ方でも捉え方は様々です。

イギリスの理科の教科書について 科学技術とリテラシーについて
もう少し複雑な問題として、イギリスの学校で教材として使われている「理科」の教科書の紹介がありました。
そこでは、科学技術の使用には倫理的な問題を孕んでいること、科学リテラシーを学ぶことも含めて、科学を学ぶこととされています。
具体的な例として「出生前診断を行うことは正しいことか?」という問題について、賛成・反対含めたくさんの意見が載せられていました。
科学技術を使う上で人によって様々な考え方があり、答えはひとつではない、ということを考える教材となっています。

「なにを考慮に入れて だれがどう決める?」

今回のキーワード
これが科学技術社会論を考えるキーワードであり、今回のグループディスカッションのテーマです。
このことを考える上で、今回はあるひとつの記事を題材にしました。
その記事は、東日本大震災で津波の被害を大きく受けた気仙沼で、津波対策として10m近い巨大な防潮堤を浜に設置するということに対する様々な問題が取り上げられたものです。

防潮堤
ディスカッションに展覧会場を活かして「寝室」「食事室」「庭」の3つの部屋でそれぞれ5名ずつほどで意見を出し合いました。
今回のディスカッションは、問題に対して何か一つの答えを出そうという訳ではなく、どういった事が考えられるか、意見を出し合って考えを深める、ということが目的です。

30分ほどそれぞれのチームで意見を出し合ったあと、最後にまとめとして各チームで話された内容のあらすじを発表し、本日のプログラムは終了となりました。
「防潮堤の高さの必要基準は誰が決めるべきか」
「そもそもそこには今後誰が住み誰を守るために作られたのか」
「そこに住む人が幸せになる選択は防潮堤があることなのかないことなのか」
「科学的に『何m~までの津波が来ても被害を押さえられます』ということが求められているのか」
「海と一緒に生きてきた住人の方から海のすぐ近くでの生活を奪ってまで防潮堤を作っても、生きている意味はあるのか」
「この巨大な防潮堤の設置に賛成なのはどういった理由があるのか」
などなど、ここに挙げきれないほどたくさんの事柄が話されました。

寝室での話し合いキッチンでの話し合い


この防潮堤の問題のように、災害と科学具術に関する問題には、すぐに答えが出るような簡単なものはありません。
だからこそ、人と意見を交わし合い、考えを深めていくなかで対立する意見からどちらかの「正解」を選ぶのではなく、より良い考えを見つけ出して行くことの重要さが今、求められているように感じます。
それは科学技術に限らず、生活、食、政治、経済などすべてのことに共通であり、いままで関連プログラムとして開催したトークイベントでもそういった考え方が様々な切り口で、まさに「所作と対話」展としての大事な在り方が提示されているように思えます。
そういう意味でも今回のグループディスカッションは、とても象徴的でした。
今回の展示やトークプログラムを通して、これから先の日々を災害も含めてどう考え、どう過ごしていくかのきっかけが何か得られれば、と感じました。

全体でのまとめ

「災害ボランティアのいま」渥美公秀さんをお呼びして

6月14日(火)、現在開催中の企画展「サーチプロジェクトvol.5」関連プログラムとして、 大阪大学大学院人間科学研究科の渥美公秀さんをお迎えして、トークイベントを開催しました。
渥美さんは、災害ボランティアの仕組みや活動環境の改善を目的に、 被災地に赴き現場の当事者とともに実践的研究を続ける"グループ・ダイナミクス"の専門家です。
今回のトークでは、災害ボランティアの過去から現在の状況を通して、 その課題や可能性についてお話いただきました。

渥美さんは、1995年の阪神・淡路大震災を経験されてから、 全国のみならず世界各地で災害ボランティアの活動をされています。

ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「災害ボランティアのいま」ゲスト:渥美公秀(大阪大学大学院人間科学研究科 教授)

災害ボランティアの活動を行う上で、渥美さんは次の5つのことを大切にされています。
・ただ、傍に寄り添うこと。立ち去らないこと
・被災者中心
→当たり前のことのように思うけど、制度や法律が中心の人、自分中心の人がおられるそうです
(熊本地震ではボランティアセンターが中心だったといわれます)
・声なき声に耳を傾ける
・注目が集まらなくても
→メディアに取り上げられている場所にばかり人や物資が集まる、明星災区の問題
・支援から交流、そして復興へ

今回のトークでは、4月に発生した熊本地震での活動をもとに実際の活動の様子を ご紹介いただきました。

ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「災害ボランティアのいま」ゲスト:渥美公秀(大阪大学大学院人間科学研究科 教授)

全国から集まるボランティアの窓口となるボランティアセンター。
ここでは、被災者のニーズに合わせて、人手を要している場所にボランティアを派遣していきます。

では、そのニーズはどうやって集まってくるのでしょうか?

それは、住民の方々に「ニーズ」と書かれた紙が事前に配られ、その中の項目に被災者がチェックを入れます。
その紙がボランティアセンターに集められ、そのニーズに合わせてボランティアを現場に派遣する仕組みになっているそうです。

でも実際には、予め設定された項目に当てはまらないことや、言い出せないニーズがあります。
例えば、「水を汲んできて欲しい」「話を聞いて欲しい」「ペットを散歩に連れて行って欲しい」など、 些細なことでも個人にとっては、とても切実な問題でもあります。

渥美さんは、そういった既存の制度では解消できない個々人が抱える問題に対して、 自ら被災地に赴き、被災者の声を聴き、寄り添うことで、被災者が本当にしてほしいことを聴いてから作業を行います。

その活動の一つとして行っているのが被災地での「足湯」です。

ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「災害ボランティアのいま」ゲスト:渥美公秀(大阪大学大学院人間科学研究科 教授)

足湯と言っても、そこでマッサージ等をするわけではなく、ただお湯に足を付けて、 ボランティアが話し相手となって様々な話をする場です。被災者同士ではないからこそ、 他愛もない世間話ができ心の痛みが和らげられるといいます。

その活動は、とても行政や企業ではできないことです。

「災害ボランティア」という言葉が日本でも定着して数年が経ちますが、 渥美さんいわく、 現在は「災害ボランティアの二極化」が進んでいると言われます。
「秩序化を求める動き」と「被災者に寄り添う遊動化の動き」。
そして、社会的には秩序化にドライブがかかっていることに警鐘を鳴らされます。

ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「災害ボランティアのいま」ゲスト:渥美公秀(大阪大学大学院人間科学研究科 教授)

また、渥美さんは救援時だけでなく、被災地で築かれた人との繋がりをずっと維持し続けられています。
その活動は、長い長い復興の道のりを手助けするだけでなく、 新たな活動の芽吹きや人材の育成、そして全国に広がるネットワークづくりにも繋がってもいます。

長期的な支援の仕組みの一つとして、 八戸、弘前、関西の有志が立ち上げた「チーム北リアス」というネットワークがあります。
これは、東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県の北リアス地域の復興を長期的にお手伝いするために、 岩手県野田村で活動をしている団体・個人が互いに情報を共有したり、 知恵やノウハウや人脈を提供しあったり、ときには一緒に活動するためのネットワークです。

ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「災害ボランティアのいま」ゲスト:渥美公秀(大阪大学大学院人間科学研究科 教授)

このチーム北リアスを窓口として、大阪大学の教員・学生が復興交流活動に継続的に参加していく仕組み が生まれました。
そして2013年には、未来へと繋がるさらなる研究・教育の拠点として大阪大学の 「岩手県野田村サテライト」が誕生します。
ここでは、遠隔教育システムを配備し、長い復興の道を歩んでいる地域だからこそ見えてくる未来の 共生社会のあり方について、地域での活動を通して研究を展開していく拠点として、 様々な活動が行われています。

ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「災害ボランティアのいま」ゲスト:渥美公秀(大阪大学大学院人間科学研究科 教授) ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「災害ボランティアのいま」ゲスト:渥美公秀(大阪大学大学院人間科学研究科 教授)

さらに、渥美さんは世界各地での災害ボランティアの活動を通じて、防災や救助のあり方も研究されています。

阪神・淡路大震災の時、約35000人の方が生き埋めになりました。
そのうち、約27000人の方は住民により救助され、 自衛隊や消防隊員により救助された方よりも圧倒的に生存率が高かったそうです。
そのことから、自衛隊や消防隊だけに頼るのではなく、 今後の災害ではこの27000人を1人でも2人でも多くしていくことが必要ではないかと渥美さんは仰られます。

そのための仕組みづくりの一つが、『地震イツモノート』(木楽舎 、2007)です。
ここでは、「いつも防災のことを考える」のではなく、「いつもやっていることが防災になる」という考えのもと、 日常生活の一部として防災が考えられています。
例えば、隣の人と挨拶をする。ご近所付き合いをする。そんなごく普通の日常が防災に繋がります。

ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「災害ボランティアのいま」ゲスト:渥美公秀(大阪大学大学院人間科学研究科 教授) ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「災害ボランティアのいま」ゲスト:渥美公秀(大阪大学大学院人間科学研究科 教授)

これからの防災を支える上では、「専門家から市民というベクトルの修正が必要」であり、
「専門家が「正解」なわけではない、市民が「成解」をひねり出すしかない」
という渥美さんの言葉がとても印象的でした。

その他、トークでは、台湾集集地震(1999)、イラン南東部地震(2004)、中国四川大地震(2008)、ロマプリエータ地震(1989)など、 世界各地の復興の事例も紹介してくださいました。

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"ボランティア元年"といわれた1995年の阪神・淡路大震災以降、新潟中越沖地震や東日本大震災などを経て、 その存在が定着した「災害ボランティア」。
ですが、現代においては、メディアのあり方、行政による管理や規制、教育機関との関係などなど、 様々な要因が弊害となり、純粋に助けたいという気持ちに抑制がかかったり、 参加動機が歪曲したり、本当に助けて欲しい人に手が届かなかったりと多くの問題もはらんでいます。

しかし、行政や企業の活動では汲み取れないような、声なき声に耳を傾け、被災者に寄り添い、 既存の支援制度からこぼれ落ちるものに手を差し伸べる、そんな網の目のような柔軟性に富んだ支援ができるのは 災害ボランティアだけだと思いました。

何が正解で間違いではなく、行政、企業、住民、そしてボランティア、 それぞれが享受/奉仕の立場のみに陥ることなく、支援や防災、救助のあり方を考えること。 そうすることで多層的で目の細かい社会の仕組みがつくれるのではないでしょうか。

「災害ボランティアのいま」を通して見えてきた問題は、決して災害時のみに関することではなく、 大きな社会の傾向やそれに左右されるわたしたちの意識の問題でもあり、
人と人とのコミュニケーション、地域コミュニティ、行政と住民の関係、メディアのあり方、制度と規制と管理等々の問題です。 だからこそ、「災害ボランティア」の問題に向き合うことは、 わたしたちの未来の社会を考えることに繋がるのだと知らされた、とても貴重な時間でした。

「写真家/畠山直哉との対話」

6月11日(土)、現在開催中の企画展「サーチプロジェクトvol.5」関連プログラムとして、写真家の畠山直哉さんをお迎えして、トークイベントを開催しました。

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畠山さんの本展への出展作品《陸前高田》は、会場の入口の正面にあります。たくさんの方が、立ち止まったりベンチに腰掛けて、静かにその写真に見入っておられます。

畠山さんは、ご自身がこの陸前高田のご出身です。ご実家も被災して家の土台だけが残っていたそうですが、それも壊して別の土地へ移転しなければいけなくなった、と土台だけになったご実家の写真を映しながらお話をしてくださいました。

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出展作品《陸前高田》の写真には、畠山さんのご意向で、撮影された日付が一枚一枚それぞれに入っています。

畠山さんは、「当初は日付の重要性を感じていなかった」とおっしゃいます。

けれど2014年、この陸前高田の写真を本にすることになったとき。一連の写真をざっと見直して、これらの写真には日付が必要だ、と思われたのだそうです。

同時期に撮影された写真でも、一方では瓦礫の片付けが進み高台造成がはじまっている写真もあれば、もう一方では手付かずで物が散乱したままの校舎内部を写した写真もあります。畠山さんはこういった手付かずの状況を撮った写真も見せたいと思われました。でも、整備の進んだ状況の写真の後に未整備の写真が出てくると、見る人が前後関係がわからなくなって混乱してしまう。

それを避けるために、写真集のページには全て日付を入れたのだそうです。

 

今回出展されている200点のスライドショーの写真に日付を入れたのもそのためです。と、畠山さんはおっしゃいます。「あぁ、5年たってもあまり変わっていないんだな」等、写真を見た人がそれぞれに考える助けとしての日付なのだと。

そのお話を伺いながら、展覧会へご来場くださった方々が、畠山さんの作品の前で、写真と日付を静かにじっとご覧になっている後ろ姿を思い返していました。畠山さんの作品を見ながら、来場されたおひとりおひとりが様々なことを考えられています。そしてそこから、一緒に来られた方々や会場スタッフとの対話が日々生まれています。

  

そして畠山さんは、「自分は災害写真家ではない」とおっしゃいます。"被災状況を伝えたい"という他の人とは違って、まさにこの場所で生まれ育った、その自分の想い出やある種の嘆きと共に撮っているのだと。

そんな中、畠山さんの事情を知らない人が写真を見て、「この人はこの土地に何か関わりのある人だ」と会いに来てくれたことがあったそうです。

言語情報を越えて、写真から多くのことを受け取ってくれたことが嬉しかった。と、畠山さんは笑顔でおっしゃっていました。

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会場からも、たくさんの質問が挙がりました。その中のひとつに、「畠山さんにとっての風景とは?」という質問がありました。

畠山さんは、風景とは元々中国の言葉で「風光」とほぼ同義語であるとおっしゃいます。草原にぼんやりと立っていて、ふと風が吹いて草がなびき、太陽の光を受けてキラキラと反射する。そんな今、ここのあなたの心を問題にした言葉だと。

けれどヨーロッパ語的な「ランドスケープ」や「ペイサージュ」は、土地や国、領土の眺め。つまり出来事から距離をとって俯瞰して観察する態度のことなのだと話を続けられます。そして畠山さんは、ご自身がヨーロッパの風景芸術の歴史に親しまれているので、どちらかいうとランドスケープの感覚で風景を理解されているのだそうです。

でも、他の日本の方はもう少し心や心理に近い風景観を持っている可能性がある。そう言いながら、「山」を例に出してさらにお話を深めてくださいました。

山は物体であり、岩が盛り上がっているだけ。でもそこに物体以上の意味、ある種の気持ちを込めて山と呼ぶのだと畠山さんはおっしゃいます。そしてそのように、人間の精神と物質世界がまじわるところにあるのが風景なのだと。

ランドスケープの西洋にあっても、自然の中に身をおいた人間が何かを感じるのは世界共通。けれどその感じ方には地域性時代性がある。そしてそれを考えるためには、「風景芸術」はいい入口になるのだそうです。

最後に、「陸前高田の『風景』は、これらの話から推測してほしい」そうおっしゃって、畠山さんはお話を締めくくられました。

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畠山さんのお話から、充実した対話が繰り広げられました。

 

今後もサーチプロジェクト関連プログラムは続きます。

皆さんで対話を行う機会を共有してみませんか?

会場へのご来訪をお待ちしております。

SF的災害考ー地質学者・佐伯和人さん、中野昭慶さん(特技監督)作を中心に大いに語る。

6月3日、ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「『日本沈没』からみるSF的災害考 ー 中野昭慶さん(特技監督)作を中心に大いに語る。」を開催しました。 

当初のタイトルは「『日本沈没』からみるSF的災害考 ー 中野昭慶さん(特技監督)をお呼びして」でしたが、中野さんが体調を崩されたため、出演が困難となり、急遽「 ー 中野昭慶さん(特技監督)作を中心に大いに語る。」に変更し、惑星地質学・鉱物学研究者の佐伯さんにSF映画を専門的考察を元に、マニアックに語っていただきました。

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隕石研究や惑星探索、火山の観測などで活躍されている佐伯さん。
まずは、SF映画に多大なる影響を受けて科学者を志されたとまで仰る佐伯さんの、SFをはじめとする映画・テレビ三昧の生い立ちから。
第一線で活躍する研究者となられた今も、映画やテレビで未来・科学への憧れを養った少年の頃の熱意を忘れることなく当時の作品を愛している事、いまの佐伯さんのベースになっている部分があることが伝わってきました。

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そして、本日の主題、特撮を多数手がけられ、「爆破の中野」との異名をもつ中野監督作品の紹介に。
参加者の方々に中野監督作品をご覧になったことがあるか尋ねてみると、多数の方が挙手。初期の作品も多く見られてる方もいらっしゃいました。
当時、映画制作会社に出入りされていた方もおられ、当時の話や、レンタルではなかなか見かけない作品の話など、皆さん語りに熱が入ります。

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佐伯さんから、新旧「日本沈没」、「大地震」、「地震列島」、そして「妖星ゴラス」。中野監督作品を含む、災害パニックの名作をご紹介いただきます。

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ネタバレしない程度の設定や絶妙なポイント紹介、登場人物の背景設定や、時代背景による地震発生メカニズムの学説の変化など、佐伯さんならではの考察も盛りだくさん。全作品、すごく見たくなりました。

「日本沈没」や「大地震」でのガラスの破片が顔中に刺さったショッキングなシーンは地震発生時には建物に近づいてはいけないことを、「地震列島」のエレベーターが宙吊りになるシーンではエレベーターの危険性を、見た人に伝えていました。

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また、「日本沈没」では当時としては新しい説だった「プレートテクトニクス」について語られていることに言及され、地震多発地帯・日本で地震がテーマの映画を見ることで、地震に対する知識が自然と身につき、私自身も影響を受けていたことに気付かされます。

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いまや誰もがスマホで写真・動画の記録ができる時代。ならではの映像表現とはなんでしょうか。
最近の災害や事故では、一般の方が撮影した事故当時の動画や写真がニュースで多く見られます。映像を撮ることに注力するあまり、逃げ遅れてしまうこともあります。映像を撮るより前に安全を確保すること、逃げることを最優先することを、いまの時代へのメッセージとして締めくくられました。

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最後はYoutubeにアップされている、今日紹介した過去の名作たち、劇場公開間近の「シン・ゴジラ」のトレーラーを鑑賞し、今回のトーク「『日本沈没』からみるSF的災害考ー 中野昭慶さん(特技監督)作を中心に大いに語る。」を終了しました。

今回のトークで、中野監督作品やSFパニック映画への予備知識をしっかり仕込めたので、次回の開催は是非、快復された中野監督にお越しいただき、制作サイドからのお話しを聞かせていただきたいです。

当時の時代背景と絡めながら、ユーモアたっぷりに語っていただいたSF的災害考。
佐伯さんの好奇心と探究心に惹かれ、観たい映画がたくさんできました。


帰りにレンタルショップへ立ち寄られた参加者の方、多いのではないでしょうか。

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薄れていく記憶やバラバラになっていく個々人をつなぐアーカイブ(せんだいメディアテーク学芸員・清水チナツさんをお迎えして)

5月27日、「記録と想起/災害とアーカイブ」というテーマで、せんだいメディアテーク学芸員の清水チナツさんをお招きして、対話プログラムを開催しました。
「カフェマスターの久保田テツさん、参加者のみなさんを交え、紡いでいけたら」とおっしゃる清水さんのあいさつから、プログラムはスタートしました。

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せんだいメディアデークは「美術や映像文化の活動拠点であると同時に、すべての人がそれらを使いこなして自由に情報のやりとりを行うこと」を支援する公共施設です。せんだいメディアテークでは、市民協働を掲げ、市民が自らスタジオ機能を持つメディアテークを利用し、たとえば、昭和の街の風景が記録された8m/mフィルムなどを収集し、デジタル変換し、それらの成果がメディアテークに保管、ライブラリーに公開され、また新たな市民の活動に利用されていくことなどに主眼が置かれています。
東日本大震災後、部分的に再開する際にもこのモデルを活用し、市民協働での「3がつ11にちをわすれないためにセンター(わすれン!)」プロジェクトがスタートしました。わすれン!には、実際にたくさんの方々が参加され、清水さんはこの方向で進んで行くことに見通しを持ったそうです。

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市民が主体となっていく中でいろいろな課題が現れました。
たとえば、その経験のなさゆえ、職業としてカメラマンをしている人々に交じって記録をすることに委縮してしまったり、あるいは、記録はしたいがそもそも手段を持たなかったり。こういった場合には、わすれン!のロゴが入ったプレスキットを渡したり、ビデオカメラの基本的な操作を教えるワークショップなどを開くことで、「記録活動」へのアクセスを図ったそうです。
また、集まった映像の公開も早い段階から着手し、来館者からアーカイブを見たいという声も増え、アーカイブの一部を英訳したものも公開したといいます。

こういった取り組みは、時間の経過とともに当時の経験が語りづらくなっていくことへの抑止になり得ます。また、受動的に映像を浴びるのではなく、自らが能動的に「まなざす(眼差しをもつ)」主体へ回帰を促すという点でとても重要です。

また、活動は「記録」だけにとどまらず「てつがくカフェ」など、さまざまな立場を超えた対話の形もとられました。ここでは、「震災を語ることへの負い目」「震災の当時者とは誰か」「故郷(ふるさと)を失う?」などの問いから対話が進められました。
5年経った今でも、原発事故により広域避難を強いられている方がいて、その課題に向き合うために、一年目の対話「〈ふるさと〉を失う?」を文字起こして冊子にまとめ、当時の感覚を多くの人に呼び戻した上で対話するてつがくカフェも予定されています。

こういった、活動のなかで清水さんは人々の力を実感したと言います。
「こういった活動から寄せられる記録はマスメディアの映像や写真と比べ、一見とても小さく、個人的な記録のようにも思えます。ですが、個人の視点を手放さない記録は、見るひとに「そこに自分たちのことが映っている」という実感を生みます。そういった記録が公の場へ持ち込まれ、多数の個人の目に触れる機会があると、それを見たひとのなかに埋もれていた感情や記憶を呼び覚ます装置になっていく。」

また「誤解を恐れずに言うならば」、と前置きした後に清水さんは以下のように続けました。

「震災はとても辛いことや、悲しいことがたくさん起こりました。けれど、同じくらいのユーモアもあったと言う方もいます。過酷な日々が続くなか、それを跳ね飛ばすように生まれたユーモアはつらい状況を乗り切るうえでは大事なことだったと感じました。」
アーカイブは悲しみや悲惨さに焦点が当たりがちですが、そうなると、向き合うこともつらくなり、距離をとることでしか、守れなくなってしまう。そうならないためにも、今後はその裏に流れていたユーモア、力強さにも焦点をあてていきたい。そう切々と語る清水さんの姿が印象的でした。

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会場を交えたトークに移ると、「当事者」と「非当事者」を巡って問いかけがありました。
震災後、自分よりも被害を受けた人々への気配りがあるがゆえに、語ることを躊躇(ためら)われる方も多くいらっしゃったと言います。しかし、語りつぐことが困難になると、今後重要になってくるであろう共有、蓄積ができなくなってしまいます。
また、「非当事者」でない人間が震災を語ることで、考えや経験が伝えられる一方、また別の意味を帯びてしまうという難しさもあります。 こういった課題には、肯定、否定の二択ではなく、「獲得される当事者性もある」という気づきを得ながら、どう肯定していくのか、どのような向き合い方の可能性があるのかが話し合われました。

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清水さんは、今後の活動について、まず震災アーカイブを震災だけに結晶化する方向ではなく、地域のアーカイブとして統合していく取り組み。そして、被災地の外での発信を挙げられました。もちろん、被災地の外への発信は、受け取り方に差がでてしまうという側面もありますが、同じように災害を経験した土地やそこから歩き出そうとする人々がいる。地域や災害の種類で分類していくことよりも、すこし抽象度をあげて、そこにある困難や課題に対して対話出来る場をつくり、薄れていく記憶やバラバラになっていく個々人をつないでいくことはやはり重要な課題といえます。

当事者・非当事者の二分法を抜けて、私たちはどう考え、どうつながりを構築していったらよいのか。正解のない問いを考えるうえで、とても大切な時間となりました。

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分からないものを形に描き出すこと。

「災害にまつわる所作と対話」をテーマに開催している展覧会「ニュー"コロニー/アイランド"2」。会場では、展示作品や災害にまつわる資料をきっかけに、来場者の方々と様々な対話が繰り広げられています。そこで、このブログでも会場で重ねられてゆく対話の記録を、会場運営を支えるサポートスタッフの視点からご紹介します。

今回のサーチプロジェクトvol.5「ニュー"コロニーアイランド"2」のサブタイトルは「災害にまつわる所作と対話」。ちょっと重いイメージもありますが、会場に足を運んでいただくとそこには、2011年の東日本大震災だけでなく阪神淡路大震災や室戸台風、スマトラ沖地震に関する作品や資料があり、見応えのある展示内容となっています。
その中の一つに、漫画家のしりあがり寿氏が東日本大震災後に立ち上げたプロジェクトから出来上がったクッションがあります。
みなさんは「漫符」ってご存知ですか?
マンガには感情や場の雰囲気、自然現象など見えないものを可視化する便利な符号があります。それが「漫符」です。
この「漫符」の描かれたクッション、会場内の寝室やソファに溶け込んでいますが、あるイメージを元に募集して描かれた漫符から作られたものです。さて、何をイメージして作られたものでしょうか。

居間の漫符クッション居間の漫符クッション②

会場では、「この漫符、何だと思いますか?」と問いかけると、「微生物」と答えてくださったお客様もいらっしゃいました。
3.11の後、しりあがりさんは、放射能を表現した漫符がないことに気づき、これから必要になるであろう放射能の漫符を一般の方から募集するプロジェクトを立ち上げました。
本展では、プロジェクトで集まった漫符のスケッチをファブリックにプリントアウトしてオリジナルクッションを制作。会場の居間や寝室のスペースにそっと置いてあります。
お客様に答えをお伝えすると、「へぇ!」と驚かれたりご納得されたりします。
今回の展示では、このようにスタッフと対話を交えながら作品をご覧いただければと思います。

さらに会場では、今回ご来場いただいた方々からも漫符を募集しています。
これまでに玄関のポストに投函(=提出)していただいた漫符の一部を、ここでご紹介します!

漫符スケッチ①漫符スケッチ②居間の漫符クッション③

漫符スケッチ④漫符スケッチ⑤漫符スケッチ⑥

あたまの中にぼんやりとあるイメージをスケッチすることは、個々の思いや考えを他者と対話することと似ているな、と思います。 
これも今回の展覧会の対話のひとつの形。何が描かれているか、じっくり拝見させていただいています。
災害についての思いや考え方を表現することは決して容易いことではありませんが、スタッフとの会話や、来場者ノート、漫符スケッチなどで、対話の形跡を残していただけると嬉しいです。

ご来訪、もしくはまたのお越しを、お待ちしております。

サーチプロジェクトvol.5特設サイトhttp://search5.jimdo.com/

書籍との対話から気づくこと

 2016.5.28(B1事務局 サポートスタッフ)

こんにちは。アートエリアB1サポートスタッフの竹花です。

サーチプロジェクトvol.5「ニュー"コロニー/アイランド"2 〜災害にまつわる所作と対話」は、オープンからおよそ2カ月半が経ちました。
わたしは昨冬の展覧会、鉄道芸術祭vol.5ホンマタカシプロデュース「もうひとつの電車 ~alternative train~」にもサポートスタッフとして参加していたのですが、その時とはまた違う層の鑑賞者の方々にお会いし、美術の様々なアプローチの仕方を感じています。

今回はリビングにある本棚を紹介いたします。

書籍の閲覧中

居間の本棚

本棚には、3がつ11にちをわすれないためにセンターの「わすれン!レコード」、小田山徹さんの《握り石》、出展者のみなさまの関係書籍、災害に関する書籍が配架されています。 展覧会の初日からさらに書籍の種類が増えました!再度いらした際はぜひラインナップをもう一度見直してみてくださいね。
鑑賞者の皆様も時折足を止めて、写真集や雑誌をご覧になられています。

災害史、津波史などの災害に関する書籍の中には、『被災ママ812人が作った 子連れ防災実践ノート』『生き延びるための非常食[最強]ガイド』といった、災害に備えるための書籍も置かれています。
私も空いている時間にめくって、「これやってみよう」「これは買い足したほうがいいかも!」などなど防災のヒントを探したりしています。 ちなみに次にやってみたいことは常時持ち歩きの避難グッズの用意です!

こうした書籍や、contact Gonzoさんの《shelters》などを見ながら、「災害が起こった時にどうするか?」を考えることもまた、「災害にまつわる所作と対話」の一つだな、防災の方法も、災害と防災の繰り返し、「災害にまつわる所作と対話」のなかで生まれたものなのではないか、と考えました。
「災害にまつわる所作と対話」という言葉を与えられて、「これがそうだったのではないか」と気づくことが時折あります。
同様に今回の展示が、皆様のそうした気づきのきっかけ、災害に対する備え(地震に限らず!)を考えるきっかけとなってくれるといいなと思います。

6月26日(日)まで、様々なイベントと共に展覧会は続きます。ぜひ一度ご来場ください!
サーチプロジェクトvol.5特設サイトhttp://search5.jimdo.com/

惹かれてやまない「石」の魅力!(鉱物学者・佐伯和人さん×美術家・小山田徹さんトークプログラム)

5/20(金)、惑星地質学、鉱物学の専門家でありサーチプロジェクトvol.5アドバイザーの佐伯和人さんと、同展覧会出展者の美術家・小山田徹さんをゲストに迎え、対話プログラムを開催しました。
今回の対談は、展覧会場内の一番奥、佐伯さんの書斎をイメージしている、月球儀や鉱石、ドローンのある(佐伯さんの研究室からお借りしています)部屋を背景にしての開催でした。
かなり天気がよく夏日なみに気温の上がったこの日、会場内も少し蒸すような空気でしたが、それとは別の、「石」に対する情熱が人一倍強いゲストお二人からの熱気が静かに出ていたように思います。

小山田さん×佐伯さんトーク


この日が初対面だったお二人は、自己紹介を兼ねて、まずご自身の活動についての紹介をすることに。
小山田さんからは、人と人が対話を行える場所づくりを行っていることについて。
人の集まるコミュニティーを芸術の側面から捉えるという枠組みをつくり、焚き火をおこしたり、《握り石》を使った対話WSを行ったり、共有スペースの設置で機会をつくっていく活動を説明されました。

小山田さん×佐伯さんトーク

そして佐伯さんからはご自身の研究の専門領域の惑星地質学、鉱物学の説明をされてから、科学的な視点から見た「石」についてのレクチャーがスタートしました。

「石」や「鉱物」とは、そもそも何を指すのでしょうか。
それらの持つ形や色味、触った時の感触などの性質から学術的に分析した場合の詳細を、実物を映像で投影したり時には参加者の皆さんに触ってもらい、紹介頂きました。
レクチャーは「岩石」と「鉱物」の違い、形での分類の仕方などから始まりました。
「岩石」とは、「鉱物」の集合体のことを言います。
「鉱物」は物質の性質が現れてくる最小の単位で、地球上に元々ある、あらゆる物質の基となるものです。(人工物はその限りではありません。)
「鉱物」を半分に割った場合に対称になるかどうか、割って対称になるカット面がいくつあるか、などの分け方があります。

小山田さん×佐伯さんトーク小山田さん×佐伯さんトーク
さらに詳細に、鉱物の強度について。この場合の硬さというのは「ひっかいた相手にキズをつける」という意味で、衝撃による割れやすさは別の要素なのです!
「モース硬度計」という硬度の標準となる鉱物10種(柔らかい順に、滑石、石膏、方解石、蛍石、燐灰石、正長石、石英、トパーズ、コランダム、ダイヤモンドで、柔らかいものから1~10の数字が割り振られている)を使って説明されました。
鉱物好きは知らない石について調べるとき、まずこのモース硬度がいくつになるのか、というところが気になるそうです。

小山田さん×佐伯さんトーク

また、鉱物には方向による割れやすさの性質があり、実際に割ってみましょう!ということに。
佐伯さんは鉱物用ハンマーを取り出し、今までに説明のあった石を解説とともにガツンガツンと叩き割られました!

小山田さん×佐伯さんトーク 小山田さん×佐伯さんトーク
割れたあとの形や割れやすさについて説明する佐伯さんは、まるで実験をする子供のようで、とても楽しげなご様子!
レクチャーや実演が行われている時折、小山田さんからは「たまらんですねぇ。。」という言葉が何度も漏れ、お二人の石に対する情熱があふれていた瞬間でした。(石を割るため下に敷いた図鑑の紹介を佐伯さんがされると、小山田さんからすかさず「僕も持ってます!」とのお答えが。本当に楽しげでした。)
そして、宝石などに見る鉱物の光り方や温度、触感の不思議へとお話は続いていきました。
小山田さん×佐伯さんトーク

佐伯さんの鉱物レクチャーの後、佐伯さんと小山田さんの対談となりました。
小山田さんが科学とは違う石の種類の分け方として最初に出されたものに漬物石がありました。これは生活のなかで使う為の種類分けの例で、科学的にどういった種類や性質を持った石であるかは問題ではありません。ある程度の重みがあり漬け物に乗せるのに丁度いい大きさの石がそう呼ばれます。ほかにも宗教の場合で神様に見立てたりする石の使われ方など、人との関係の上で呼称され、使われる「石」のあり方からお話は展開していきました。
なぜ「石」に惹かれるのかや「石」に関する活動の具体例として佐伯さんの所属する「火山学会」と小山田さんの所属する「洞窟学会」での活動など、淡々とお二人の「石」に対する付きない興味のお話がひとつ、またひとつ、と続きました。
何時間でも話していられると仰るお二人は口調は静かながら、とても目が爛々としていました。
小山田さん×佐伯さんトーク
最後に参加者の方々からの質問の時間に。
「もしお二人の大好きな石が存在しない世界に行ったらどうするか?」という質問がありました。それに対し、この世界を構成する要素の大部分が鉱石なのできっと私は惹かれている。もしなかったらその場所を構成する別の要素を発見して、それを調べてみたい。という佐伯さんの答えがとても印象的でした。

地球を構成する要素の大部分が鉱石ということはあまり考えたことがなく、普段生活している身の回りには人工物ばかり、という事実に不思議な気持ちになりました。
私たちが日常で接している部分は地球の本当に表皮の部分でしかなく、その本質は鉱物や岩石でできています。それらによって地球は構成され火山や地中のマグマなどの活動をしています。
地球の日々の活動の結果で島や大陸は出来ており、それは時に地震や津波のような災害をも起こしているのだと、地球の活動の膨大な時間の積み重ねで生成された鉱物についてを知ることで「石」の持つ不思議な性質に考えを巡らせ、少し気づきがあったように思います。
そして、そんな「石」にかける思いが非常に強いお二人の熱が、静かに迫ってくる、対談でした。

小山田さん×佐伯さんトーク

アートプロジェクトの記録とその意味(映像家・岸本康さんトークプログラム)

現在開催中のサーチプロジェクトvol.5関連プログラムとして、出展映像作品「ジョルジュ・ルース「廃墟から光へ」(Ufer! Art Documentary) 」の監督をされた映像家の岸本康さんをゲストに、対話を行うトークイベントを開催いたしました。


この作品は阪神淡路大震災後に被災地で行われたアートプロジェクトのドキュメント映画です。現在は被災地の復興支援として一般的となった地域のアートプロジェクトですが、当時はほとんど前例もなく、このプロジェクトはそういった活動の先駆けとなったプロジェクトであり、作家の目線だけではなく企画主催者、支援者やボランティアを交えた目線で記録されている貴重な映像作品です。

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まず岸本さんの「映像家」としての活動の紹介がありました。
岸本さんは今回出品されているような美術作品の制作プロセスを記録した映像作品の制作をされていて、これまでに森村泰昌さんや杉本博司さん、田中敦子さん、束芋さんなどの日本を代表する美術作家の記録を制作されています。
美術作品の記録は写真が多く、なかなか映像で残すところまで予算が出るプロジェクトは少なく、自らの作品としての自主制作が多いとのこと。

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また、作品に映像を使用する美術作家の機材面・システム面など、映像作品を出力する際のテクニカルの仕事もされています。トーク会場では束芋さんの2011年ヴェネチアでの作品制作を追ったドキュメンタリーをご紹介頂き、円筒状に映像を出力する作品の、スクリーンの制作からプロジェクターの選定やレンズ、出力の方法の考案など作家と共同でテクニカルスタッフとして作品制作に関わられている姿をご紹介頂きました。
「美術家」と言うと一人ですべての制作を行っているような印象受けますが、実際には様々なテクニカルスタッフの協力で成り立っている作品も多く、演劇の場合で言うと美術家は演出家のようなポジションであることが多いそうです。

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このように、岸本さんは様々な形で映像に関わるお仕事をされているのでご自身の肩書きが難しく、今回考案した「映像家」という肩書きを使用していきたいと仰っていました。

美術作品の制作プロセスを記録撮影するということについてのお話で、いわば作品の舞台裏とも言える制作現場を見せたがらない作家さんもいらっしゃるそうです。作品として最高の瞬間を残すことを目指しているため、中途半端な状態を残し公開することを嫌う作家さんと意見が対立することもあったそうですが、何度も制作記録のあり方を話し合った結果、現在は映像制作を許可されているという経験もあった、と仰られていました。

制作記録の映像は、作品を紐解く貴重かつ重要な資料となりうるという話もありました。どのような手順や状況でその作品が制作されたのかを映像で残すことは、作品に込められた思いやコンセプトを、作品そのものを鑑賞することとは別の角度から、写真や文章などより更に具体的に残すことが可能で、制作された作品を時間が経過してから再度考えていく場合など、とても重要な手がかりとなります。

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美術作品の制作へ関わることはない方々にとって、作品展示だけでは知り得ない制作の過程や作家さんやスタッフの思い、コンセプトに触れる機会があるということは、展覧会などで展示されている作品を鑑賞するよりも、さらに奥まで知る事の出来る(作家に話を直接聞くなどを除いては)作家を近くに感じる事の出来るとても有意義なものだと感じました。記録映像には作品を一見しただけでは気づかないようなこだわりや構造が、作家自身の姿や所作、またその時代背景などと合わせて映り込んでいる場合があり、とても興味深かったです。

肉眼で見えないものを撮る(写真家・志賀理江子さんトークプログラム)

5月14日(土)、サーチプロジェクトvol.5出展作家のお一人で写真家の志賀理江子さんをお招きして、対話プログラムを開催しました。
今回のプログラムは志賀さんの写真作品《螺旋海岸》が背後に望める「庭」での開催となりました。

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志賀さんは2008年に宮城県へ移り住まれ、名取市北釜という小さな地域で地元の写真屋さんとして暮らすとともに、住民の方々の昔語りを記録し、それを基に住人の皆さんと共同で写真作品《螺旋海岸》を制作されました。今回の展覧会ではその一部が展示されています。


志賀さんが写真という表現メディアを選んだ理由からお話は始まりました。
写真というメディアの気軽さとそれの持つ問題について。
初対面でも写真を撮ればその人のイメージが手に入ってしまう、知れるという手軽な一面と、そのある種万引きのような気まずさを共に感じながらも、写真というビジュアルイメージの持つ強さに惹かれていったそうです。


そしてお話は宮城・北釜へ移り住まれたことへ。
移り住む前と後では、写真の価値観が大きく変わり、そこには写真で地域の皆さんの為に出来ることがたくさんあったそうです。
北釜の町の写真屋さんとして町の会合や婦人会、夏祭りなどを撮影していくうちに次第に人々と打ち解け、だんだんと家族写真や飲み会、亡くなった方との最後の写真、などとてもプライベートなオファーが増えていきました。

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今まで見たどんな写真や映画よりもずっとパワーを持っているという北釜の人々と家族のような生活をしていくうちに、年配の方から昔のことを聞かせてもらう機会が増え、90年前は現在といかに違い、その時代を生きてきた人々の激しさとドライさに触れていくうちに、その昔語り(オーラルヒストリー)を記録させてもらうようになりました。
その膨大な昔語りに、志賀さんは目に見えない力を感じ、大きな影響を受けたそうです。

そして、その目に見えないすごい力、北釜の人々が持つ「地霊」のような肉眼に写らないものを写真に撮らないといけないと感じ、「螺旋海岸」シリーズの制作が開始されました。
昔から町で行っている神社などの儀式では、皆さんが獅子舞や司会など普段とは違う役割を「演じて」います。
写真ではそれに則り、儀式として、お聞きした昔語りを基に何かを「演じて」もらい、「地霊」を呼び出して、撮影されています。

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そうして、たくさんのことをみんなで共有しながら、共同して作品を制作するなか、2011年に東日本大震災が起こり、海辺に位置していた北釜は津波で大きな被害を受けました。
「津波は誰にも平等に来て、被災の個人レベルが違い過ぎ、残酷だった」と志賀さんは言われます。

しかし避難所では意外にも笑いが溢れていたことや、一方で土地の再建計画から見える「資本」の暗い部分、住む場所がなく生活習慣がぽっかりなくなり、痴呆になる方もいたという身体と記憶のお話、震災以前と以後は繋がっていて括って分けるのは違う、といったお話が続きました。

避難所で生活しながら、志賀さんは津波で流された写真を倉庫へ集めて洗い、持ち主へ返す活動に参加されていました。
家と家族を津波で流された方が写真を探しに来られ、家族の姿を見られる唯一のものである写真は、その方にとって生身の家族と同じ価値を持つものになっていました。その一方同じ場所で、自分のいらない写真を捨てる人もいて、その方にとってはそれはただの紙。
ただの紙から生身の人間まで、写真の価値は様々に変わり、目に見えない価値が揺れるからこそ関わり方次第で意味が違ってしまうのが重い、と仰られていたのが印象的でした。


最後に参加者の方からの質問の時間となりました。
志賀さんの作品は北釜の人々にどう見えているか?どれだけ北釜の方々が語ったオーラルヒストリーは事実だったと思うか?インディペンデントな小さなメディアについてどう思うか?などの質問が出ました。
志賀さんはひとつひとつの質問に丁寧に答えられ、どこで何が起こるか分からない、全て同じ星で起こっている事で、ありとあらゆることが生きていることに繋がっている実感と、今まで沢山の人が生きてきた時間の中で、自分が生きているという時間の感覚を思う、というお話で終わりました。

160514志賀さんトーク4


志賀さんの作品は一見すると「ホラー」などとみられてしまうような、不思議な色・暗さや雰囲気を持っていますが、その根底、コンセプト、制作には非常に人との繋がりが強く結びついています。
「〈北釜の生活展〉みたいにしたらたぶん意味が違っていた」と志賀さんは話されていましたが、北釜の生活や人生、エピソード、その土地に脈々と受け継がれた目に見えない何かが輪郭を変えて、確かに写真に写り込んでいるように感じました。
震災や津波などを実際に体験されたその場のお話を聞くと、自分では想像もし得ない現実をまざまざと目の当たりにし、言葉が出て来ない、ということがありますが、その現場の感触を何万分の一かでもお話から受けるとる、ということがこれからの自分たちの災害への関わり方、所作へと繋がる大事なことだと感じます。

身近な防災を考える場「中之島から防災・減災を考える、その1」

12日の夜、ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「中之島から防災・減災を考える、その1」が開催されました。

中之島まちみらい協議会の方々と大阪府都市整備部の美馬さん、中之島に来られる方、働く方たちが集まり、具体的なシミュレーションやデータを元に意見を重ね合う、貴重な場となりました。「中之島から防災・減災を考える、その1」会場全体

5月12日(木)19:00-21:00
ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト
「中之島から防災・減災を考える、その1」
http://artarea-b1.jp/archive/2016/0512922.php

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大阪府都市整備部の美馬さんからの大阪府の防災対策についてお話いただきました。
数年後か、数十年後か分かりませんが、いずれ起こるであろう災害を、「防ぐ」ことは難しく、被災したときにどうするかを考える「減災」という言葉を主流に考えられているそうです。

大阪市エリアの南海トラフ地震が発生した際の被害シミュレーション「中之島から防災・減災を考える、その1」被害シミュレーション

地震そのものよりも、その後に引き起こされる津波での死者数の方が圧倒的に多い想定になるそうです。
水都大阪と言われますが、水に近いということは水害が起こる可能性もあるということ。
考えてみれば当たり前のことですが、はっとするお話でした。

淀川という大きな川がある大阪市。
大きい川は雨が降ってから水位が上がるまで時間がかかりますが溢れた時の破壊力は凄まじく、浸水エリアは広範囲に及びます。

また、都会ならではの地下空間の危険性についてもお話していただきました。
集中的に降った雨で道路が冠水したり、ここ数年各地で発生しているゲリラ豪雨などで起こる「内水浸水」。
水はポンプアップして下水道に流れてから処理施設、川に排水されますが、そのポンプの対応能力を超える雨量が集中すると、水が溢れ出してしまいます。
水深30㎝で、人は歩くことも困難になってしまうそうです。

色々なエリア・水量を変えての浸水シミュレーションを見せてただきました。「中之島から防災・減災を考える、その1」被害シミュレーション2

大阪府では防災マニュアルを市町村で各戸配布しています。
しかし居住者にしか配れていないので、中之島のような都心部では昼間に働く人や来訪者の多くには届けることができていません。
大阪府ホームページでは、ページ左上に「危機管理情報」をかためて表示しています。
http://www.pref.osaka.lg.jp

「中之島から防災・減災を考える、その1」大阪府HP紹介
大雨の際には、河川の様子を見に行って流されてしまう、という事故が起こりがちなので、危険な川に見に行ってしまわないように河川の水位と、動画でも確認できます。
大雨の際は外に出ずに、ここを見てください!
http://www.osaka-pref-rivercam.info/index.html
この春にリリースされた大阪市防災アプリもお薦めだそうです。
http://www.city.osaka.lg.jp/kikikanrishitsu/page/0000345020.html

「中之島から防災・減災を考える、その1」アプリ紹介

会場のみなさんに美馬さんからの質問。「みなさん、どうやって災害情報を得ていますか?」

プッシュ型の緊急時速報エリアメールはとても有効な手段ですが、大きなエリアにしか送れません。
地下やビルなど機密性の高い室内にいるとサイレンも聞こえない可能性があります。
減災のため、情報伝達のためには、ビルの持ち主=会社、と行政がタッグを組んでいくことが重要になってきます。
また行政のハザードマップなどでも「この地域が危険」は表現できても、「この側溝が危ない」位ピンポイントの情報は地元の方々しか知り得なかったりします。
情報を絞って、適切な情報をエンドユーザーに送るため、試行錯誤されていることを聞き、
逆にエンドユーザー側として、できることが沢山あることも分かりました。
いざという時、個々がバラバラに動いて、さらなる大きな事故に繋げてしまわぬように、自分の逃げ方を常に考えていることが大切です。

まず意識をして、普段から話をする。
一人と話すことが、明日は二人から四人に。

確実な答えがないからこそ、中之島単位でより密接に対話して、動いていけると良いし、そうしていきましょうと、
次につなぐ形で「中之島から防災・減災を考える、その1」は21時を迎え、終了しました。

私自身、大阪市北区民なので、自分ならどうするか、リアルに考える機会になりました。
こういった場を重ねることが大事ですね。

「中之島から防災・減災を考える、その1」対話の場

サーチプロジェクトvol.5
「ニュー"コロニー/アイランド"2 ~災害にまつわる所作と対話~」
[特設サイト]http://search5.jimdo.com/
[アートエリアB1サイト]http://artarea-b1.jp/archive/2016/0626784.php

今日、誰となにを食べて、なにを話しましょうか。(美術家・小山田徹さんトークプログラム)

4/23に開催した対話プログラムでは、サーチプロジェクトvol.5出展作家のお一人である、美術家の小山田徹さんをお迎えして、参加者の皆さんを交えて「食」にまつわることについての対話を行いました。

様々なところで対話の場所/機会をつくる活動をされている小山田さんは、東日本大震災で被災した宮城県女川町で対話工房という団体に参加され、地元の方々とともに色々なことを行いながら対話をする機会を作られています。

このプログラムは、小山田さんの作品《握り石》《巡礼》《実測図》が展示されている会場内「居間」エリアで開催しました。ソファに座りながら、皆さんとテーブルを囲んで話すことでゆったりとした、まるで親しい知り合いの家に来たかのようなアットホームな雰囲気が流れていました。

160523小山田さんトーク1

まず最初に、小山田さんからこの対話の趣旨について「これが正しいとか、こうあるべきという結論を出さずに話す時間にしたいと思います。」という言葉がありました。
日々の生活にも、災害時という非日常的な状況にもなくてはならない「食」をテーマに、参加者の皆さんの思うこと、今考えていることをお話ししてもらい、それぞれが抱える悩みや現代の食を取り巻く状況に対する問題意識などを共有しながら、結論を急がず「食」にまつわる様々なことがらについて、話していきました。

参加者の皆さんからは「共同キッチンで料理を作り、みんなで食べること」「家族での食事であっても毎日の献立を考えることがプレッシャーになること」「拒食と過食について」「みんなでする餅つきが好きなこと」などといった話題が出ました。
そこからは、過剰包装や孤食、少々過剰な衛生面への意識など「食」を取り巻く社会的な問題や、現代にみんなで食事をする機会とその重要さなどへと話は繋がっていきました。

小山田さんから災害時に人が集まることと繋がりについてのお話も。
東日本大震災の時、避難所という非日常では、ただ食べること生活することが困難となり、お互いに協力し合わなければ生きていくことができませんでした。
その中で、食事や暖をとるために自然と焚き火が起こり、そこに集まってきた人たちが互いに話をする場が生まれ、みんなで話していくなかで、コックや看護師などそれぞれの職業を活かして協力し合うための仕組みが独自に出来上がっていきました。
こうした繋がり・仕組みができるかどうかは、それぞれの避難所の規模によって違っていたとのこと。
また、仮設住宅に移ると壁が出来たせいなのか、その繋がりは途絶えてしまったそうです。

そういった人との距離や繋がりから起こる問題を、対話する機会からゆっくりと考えていけるような活動を小山田さんはされています。
原発をはじめとした、難しい、すぐには答えの出ない問題がたくさんあるからこそ、対話をする機会をつくり、賛成と反対の二項対立ではない、違った考え方を探しながら「楽しく問いたい」、みんなで「美味しく食べたい」という小山田さんの言葉が印象的でした。


今回話題にのぼったどの問題も、人との繋がりが重要なポイントになってくるように思えました。
現代社会全体が"大量生産大量消費"の大規模なシステムに向かうとシステマティックにならざるを得ず、人と接する機会が減り、繋がりが薄くなっていっていることが根底にあるように感じます。
互いに顔が見える人数だとそれぞれがギブ&テイクで協力し合えるものの、大人数の「群衆」となってしまうと個人が感じられなくなり、またその群衆に対応するシステムへ社会全体が傾いているために個人に適応できない事が、問題として噴出しているように感じました。
そこを対話をすることで考えていこうという小山田さんの活動はとても人間的で、それぞれが少しずつでも良い方向へ進めるような、そんな対話になっていたと思います。

160423小山田さんトーク5


小山田さんはこういった対話の機会を設ける時、本来は「焚き火」を囲んで行うそうです。このプログラムでは駅の中ということで焚き火は叶いませんでしたが、小山田さんの作品《握り石》を皆さんには握って貰いました。「たなごころが良い石」を握りながら話すと、不思議と話し口調が柔らかくなるというこの石を、トークの前に皆さんそれぞれに選んでもらい、握りながらの対話となりました。

160523小山田さんトーク2160523小山田さんトーク3

小山田さんには再度、5/20(金)サーチプロジェクト関連トーク「惑星地球の石を語る、惑星地質学者と美術家」に登場して頂きます。
日本洞窟学会会員でもある小山田さんと、サーチプロジェクトvol.5アドバイザーであり惑星地質学・鉱物学研究者でいらっしゃる佐伯和人さんとの「石」を巡る対談となります。
今回、石についてもお話したくてウズウズされていた小山田さん。(次回へ譲るということで今回は少なめでした。)
ぜひ次回もご期待下さい!

優しく、漫画でたたかう しりあがり寿さんの「"あの日"からの......」

この日のラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクトのゲストは出展者のお一人、漫画家のしりあがり寿さんでした。
東日本大震災の後、原発や被災地の事をテーマにマンガを描き続けてきたしりあがりさん。開催中のサーチプロジェクトvol.5では、
・戸惑って、その後笑って、支援する。ボランティア擬似体験できる《ボランティア顔出し》
・見えないものを可視化するマンガの手法「漫符」を用いた放射能の表し方を一般の人に描いてもらい、その漫符をクッションカバーにプリントした《放射能可視化》
・しりあがりさんが震災直後に震災から50年後の未来を描いたマンガからの一コマを子ども室の壁紙にプリントした《海辺の村》
の3作品が展示されています。

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ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト
「"あの日"からの......」

4月13日[水]19:30─21:00
ゲスト:しりあがり寿(漫画家)
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東北大震災以降、人々の心情を描き続けてきたしりあがりさんを迎えてのトークは、おのずと作品にも深く関わっている原子力発電の話題が中心になりました。

しりあがり寿さん「"あの日"からの......」①しりあがり寿さん「"あの日"からの......」②

代表作「真夜中の弥次さん喜多さん」「地球防衛家のヒトビト」の紹介から始まり、深刻な災害の最中に震災を題材にすることの難しさや、笑いの持つ攻撃性に言及されました。
当事者の方々にとってはマイナスに受け止められる可能性もあり、フランスで起きた風刺画を巡る問題にも絡めながらお話いただきました。
(出展作品であるクッションカバーにプリントした《放射能可視化》を手にお話をされるしりあがり寿さん)しりあがり寿さん「"あの日"からの......」③

しりあがりさんが広告メーカー勤務時代に、制作したCMに数件のクレームがきて映像を差し替えた、というエピソードを話していただきました。
ネット社会になり簡単に「個人の正義」が発信できるようになった今、クレームを受ける側は守りに入らざるを得ない状況が出来上がっていますが、クレームを受ける側ももう少しタフでいいのではないか、としりあがりさんは語ります。

会場からの質疑応答では、震災ボランティアに対する疑問や迷いの話も出ました。
受け入れ態勢の整っていない所に行くことは、現地の負担にならないだろうか?それでも行くべきだろうか。との問いかけに、「偽善と言われることを恐れるあまり、色々なことを考えてしまうけれど、善は偽善の中に含まれることだから、行けばいいんだよ。でも、行かなくてもいい。」という正しいか間違っているかで結論を出してしまわない、しりあがりさんらしいコメントを聴くことが出来ました。

しりあがり寿さん「"あの日"からの......」④会場からの質問では更に、「火力発電と原子力発電、どっちがいいですか?」とのストレートな質問もありましたが、
賛成か反対かで答えを出すのではなく、それぞれが異なる意見を出し合える、ラボカフェらしい貴重なトークだったと感じました。

しりあがり寿さん「"あの日"からの......」⑤

災害碑から受け継がれる時間と災害の記憶(街の災害碑を巡るツアー)

ただいまアートエリアB1で開催中の企画展・サーチプロジェクトvol.5「ニュー "コロニー/アイランド"2 〜災害にまつわる所作と対話〜」。その展覧会にアドバイザーのお一人としてご参画頂いている、民俗学者の川島秀一さん(東北大学災害科学国際研究所 教授)をナビゲーターに、土地に刻まれた災害の記憶である「災害碑」を巡るツアーを4月9日に開催しました。

晴天に恵まれた当日。一行は、JR大正駅をスタートして、浪速区「大正橋」〜西区九条地域の3箇所の災害碑を見てまわりました。

1箇所目は大正駅から歩いて5分ほどの、大正橋のたもとにありました。

「大地震両川口津波記」

街の災害碑を巡るツアー/大地震両川口津浪記

この石碑は、安政元年(1854年)に発生した地震とそれに伴う津波の犠牲になった人々の慰霊と、そのときの教訓を後世に語り継ぐことを目的に建てられています。

碑文には、地震の後、船に避難した人々が津波の犠牲になったこと、この地震の148年前に起こった宝永地震(1707年)にも同じことがあったのにその教訓を活かすことができなかったことが記されています。さらに碑文の最後には、「津波のことを忘れないように、碑文に毎年墨入れをしてください」ということが書かれています。その碑文の意思を受け継ぎ、この地域では、毎年8月の地蔵盆の時期に地域の方々によって碑文への墨入れが行われています。碑文の文字が黒ずんでいるのはこのためです。

災害に限らず、街の記憶が石碑として残っている例はよくありますが、こうして人々の行為を伴うことで石碑とともに建碑の精神が受け継がれているのは、全国的にも稀有な例です。

2箇所目はそこから25分ほど歩いたところ、西区九条にありました。

「昭和九年九月二一日関西風水害浸水々水位標」

街の災害碑を巡るツアー/昭和九年九月二十一日関西風水害浸水々水位標

昭和9年(1934年)の室戸台風上陸時の浸水水位が刻まれています。現在の街の景色からは到底ここまで浸水が起こっていたとは想像もつかないような場所ですが、災害は我々の予想を超えた規模で襲ってくることが分かります。

この石碑は1つ目のものと異なり、石碑そのものは、国旗掲揚のための基部として建てられたものです。右の石碑に「創立十五周年記念」と書かれてありますので、かつてこの辺りにこの石碑まつわる建物か何かがあったのかもしれません。しかし、現在はそれを伺い知ることの出来るものは何も残っておらず、石碑のみが取り残されてしまったためか、石碑が示す内容も語り継がれることはなく、今では自動販売機のゴミ箱が石碑の横に置かれているような状況でした。

(写真は、この石碑を初めてご覧になった川島さんが調査を兼ねて採寸中の風景です)

街の災害碑を巡るツアー/昭和九年九月二十一日関西風水害浸水々水位標

最後は、2箇所目から2分ほど歩いた地下鉄「九条駅」の駅前、九条東小学校正門横の外壁にありました。

「暴風水害記念誌」

街の災害碑を巡るツアー/暴風水害記念誌

こちらは昭和9年の室戸台風にまつわるレリーフです。銅板には、「突風と高波が大阪を襲い、死者990名、重軽傷者16,908名にも上った」ということが記されています。室戸台風上陸時、多くの学校はまだ木造であったため、校舎の全・半壊が99校、大破が77校、殉職教員7名、児童の死者数は269名にも上りました。

しかし、この碑文を読むと、九条小学校では一人の死傷者も出さなかったそうです。

この碑は、奇跡的に全校児童と教職員が助かった、という記録を伝えるもののようです。

碑文の横には、濁流の中、教師らしき人物とその人に守られているような子どもたちの姿が描かれていました。

街の災害碑を巡るツアー/暴風水害記念誌

人の営みからすれば、巨大地震や津波は、一生に一度遭遇するかどうか、というスパンです。しかし地球の営みからすれば、それは必ず起こります。

街なかにひっそりと佇む災害碑は、人類が災害とともに生きるために築いたひとつの知恵ではないでしょうか。

このツアーでめぐった石碑以外にも、災害碑は全国各地に存在するようです。日々の生活に追われ、見過ごしている景色の中に、このような街の記憶、災害の記録を伝えるものがあるかもしれません。そこから地域の歴史を知り、先人たちの声を聴き、それを受け取って現代の言葉でさらに後世に伝えていくことは、もうひとつの「防災」として必要なことなのかもしれません。

そして、今回のツアーをきっかけに、なぜこの場所に石碑が建てられたのか、かつてこの辺りはどのような地形だったのか、ということに思いを巡らすことは、とても新鮮で貴重な出来事でした。

惑星地質学・鉱物学研究者と民俗学者に聴く、地球と災害

ただいま開催中の企画展・サーチプロジェクトvol.5「ニュー "コロニー/アイランド"2 〜災害にまつわる所作と対話〜」では、惑星・地球に位置する日本列島そのものや地球の営みから起こる「災害」をテーマにしています。
"地殻変動などの地球の営み"として災害を捉える視点のアドバイザーとして、惑星地質学・鉱物学研究者の佐伯和人氏(大阪大学大学院理学研究科 准教授)を、"自然からの恩恵を受けて生きる人々の営み"から災害を捉えるためのアドバイザーとして、民俗学者の川島秀一氏(東北大学災害科学国際研究所 教授)をお迎えしています。

そのお二人にゲストにお越しいただいたラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「地球と人の営みから見えてくる災害」を4月9日に開催しました!

トークはお二人の研究内容の紹介からスタートしました。

川島先生の研究について①川島先生の研究について②

まずは川島先生の、民俗学者としての「災害」から。
私はこれまで、各地に残る「災害碑」は「この地で起こった悲しい/大変な出来事を忘れないためのもの」と単純に捉えていましたが、その中には、未来へ向けてのメッセージとしての「記念碑」と災害で亡くなった方への供養として建てられている「供養碑」があること、そして碑を建てて終わりではなく、忘れないために毎年行事が行われている地域もあることを知りました。
民間伝承や海に生きる漁師の伝承には、個人的ではあるけれど一人ひとりの経験に基づいた言い伝えであり、自然と共に生きてきたからこその判断がたくさん含まれている。と語る川島先生。防災マニュアルが機能しなかった、避難警報のレベルが間違っていたのではないか、などと災害の際のニュースでよく問題視された声が上がりますが、災害・自然そのものを見ずに作られる、机上のマニュアルには多くの危険性がはらんでいることを実感しました。
都市は自然を覆い尽くしているからこそのリスクがある。という川島先生の言葉が、とても印象的でした。

佐伯先生の研究について①

佐伯先生の研究について②

続いて佐伯先生。地質学者としての「災害」とは。
災害多発地帯と言われる日本。なぜ災害が多いのか、地震が多いのかということを地球のつくりから分かりやすく解説していただきました。
地球の営みの中で、起こるべくして起こる自然災害。他の星ではなく、地球がひとつの生命体のように、常に動いているからこその災害は、地球である以上、欠かせないことでもある──。

対談①

対談②

最後に、お二人と、進行役のカフェマスターを交えてのトーク、さらに参加者のみなさんからの質問もいただきました。

東北大震災から5年が経ち、震災を風化させてはいけない。と言われることもあるが、実際の被災者や大切な人を失った側からすると、忘れたくても忘れられない爪痕を残していく災害。
研究結果としての健康被害から、そこで暮らすことを認められないが、大切な人たちと過ごした故郷がいきなり「暮らせない場所」と言われても離れることが出来ない人に対しての「正しい答え」はあるのでしょうか。
研究内容・視点の異なるお二人から、自然・地球を「知ること」、自然が制御できるものではないと理解することの重要さを伺いました。

「災害にまつわる所作と対話」の3週間

今日から4月。サーチプロジェクトvol.5「ニュー "コロニー/アイランド"2 〜災害にまつわる所作と対話〜」が始まってから早3週間が過ぎました。

2日前から、米田知子さんの作品《川(両サイドに仮設住宅跡地、中央奥に震災復興住宅をのぞむ)》の展示が始まりました!
1軒の家に見立てた展示場の導入部分、[ポーチ]から見える景色のようなイメージで、展示しています。

サーチプロジェクトvol.5 会場風景(玄関)米田知子《川(両サイドに仮設住宅跡地、中央奥に震災復興住宅をのぞむ)》2004年 神戸

エントランスにもウェルカムバナーを設置し、家をバックに顔出しパネルでの記念撮影がしやすいよう、少し配置替えを行いました。
記念撮影の際は是非スタッフにお声がけください。

会場入口記念撮影をどうぞ

映像作品が多いこともあり、ソファに腰掛けたり畳に上がったり、ゆっくり鑑賞している方を見かけることが多く、とても嬉しいです。
この家で出会った他の来場者さんやアートエリアB1のスタッフと、作品について、災害について、思ったことを話してみて下さい。
他者と話すことで広がり深まる考えを楽しんでいただければ幸いです。

会場内、リビングのテーブルにはノートを置いています。
話すのはちょっと、、、という方、他の来場者のコメントを見て何か思った方、鉛筆を手にとって下さい。対話する方法も、会期中に探っていきたいと思います。

サーチプロジェクトvol.5「ニュー"コロニー/アイランド"2〜災害にまつわる所作と対話〜」開幕

アートエリアB1の春の企画展「サーチプロジェクト」のvol.5として、「ニュー "コロニー/アイランド"2 〜災害にまつわる所作と対話〜」が3月11日よりスタートしました。

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「サーチプロジェクト」はアートエリアB1を活用して、アートや知の可能性を探求(=search)する企画展で、2011年よりスタートしました。今回の展覧会では、惑星・地球に位置する日本列島そのものや地球の営みから起こる「災害」について着目します。

本展では、地殻変動などの地球の営みと、自然からの恩恵を受けて生きる人々の営みから災害を捉えるため、惑星地質学・鉱物学研究者の佐伯和人氏(大阪大学大学院理学研究科 准教授)と、民俗学者の川島秀一氏(東北大学災害科学国際研究所 教授)をアドバイザーにお迎えしています。

会場では、当館を1軒の家に見立てて展示環境を構成し、災害にまつわる様々な事象に向き合いながら生み出された作品やプロジェクト、過去の災害に関する資料を様々なメディアに変換して日常生活の空間に配置しています。(展示内容の詳細は、本ブログでも少しずつご紹介していきたいと思います)

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【出展者・出展内容、展示資料一覧】

畠山直哉(写真家)
《陸前高田》2011-2015、映像 (46:58)

米田知子(写真家)※3月末より展示予定
《 川(両サイドに仮設住宅跡地、中央奥に震災復興住宅をのぞむ)》 2004、写真データをもとにバナー出力(予定)

しりあがり寿(漫画家)
《ボランティア顔出し》2011
《海辺の村》2011、イラストデータを元に壁紙出力
《放射能可視化》 イラストデータを元にファブリックに出力

加藤翼(アーティスト)
《Abandon (South Dakota)》2013、写真

鉄道の記録(提供:京阪電車)

ジョルジュ・ルース「廃墟から光へ」1995、映像 (28:00)
(制作:Ufer! Art Documentary 監督:岸本 康)

「大阪府風水害誌」(出典:大阪府発行物)

contact Gonzo(アーティスト)
《shelters》2008(2015 再編集)、映像(20:00)

小山田徹(美術家)
《握り石》石、《実測図》ドローイング、《巡礼》写真

高嶺格(現代美術家、演出家)
《ジャパン・シンドローム 関西編》2011、映像(31:00)
《ジャパン・シンドローム 山口編》2012、映像(48:00)
《ジャパン・シンドローム 水戸編》2012、映像(49:00) 

3 がつ 11 にちをわすれないためにセンター(せんだいメディアテーク)
「わすれン!レコード」2015
「3 月 12 日はじまりのごはん」2014-2015
「活動報告冊子」2015 
ホンマタカシ(写真家)
《その森の子供》2011、写真 
《アフンガッラホテル》2016、映像 (1:40:00) 

中之島まちみらい協議会
「中之島地区防災お役立ち情報サイト」 

対話工房
「女川カレンダー/対話新聞」
「海の記憶と対話/ソルトサンプリング&マッピング」
「女川町出島浜呼称地図」

志賀理江子(写真家)
《螺旋海岸》2012 

漁師の伝承 川島秀一(本展アドバイザー)より

「地球の箱庭」 佐伯和人(本展アドバイザー)より

※その他、本展アドバイザー(川島氏・佐伯氏)からの情報をもとに、漁や火山活動に関するグッズなどを展示。

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3月11日の初日には、「"災害にまつわる所作と対話"の一日目」と題して、当館運営メンバーによるギャラリーツアーが開催されました。

「ニュー

本展では、会期を通して様々な対話プログラムを開催します。展示と関連プログラムを通じて、惑星地質学や災害文化などの研究者、アーティストや公共施設、そして"わたしたち" が集い、ともに災害にまつわる所作について考え、この日本列島という"島" に生きることについて、向き合う機会をつくりたいと考えます。

最後に、

東日本大震災、阪神・淡路大震災、新潟県中越沖地震、御嶽山噴火、さらに過去の災害で亡くなられたすべての方々のご冥福をお祈り申しあげます。

 

『アート&サイエンス「ニュー"コロニー / アイランド"」のその先へ』

日々さまざまに会場の状況が変化し、多種多様なトークプログラムを開催しながら3ヶ月間に渡って開催してきた「ニュー"コロニー/アイランド"」もいよいよ628日に閉幕。

その前日、本展のプロジェクトメンバーと企画を立ち上げたアートエリアB1運営メンバーが勢ぞろいして、締めくくりとなるクロージングイベントを開催しました。

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ラボカフェスペシャル×サーチプロジェクト関連企画
知と感性のネットワークシリーズ
クロージングトーク 『アート&サイエンス「ニュー"コロニー / アイランド"」のその先へ』
http://artarea-b1.jp/archive/2015/0627755.php
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出演メンバーはこちらです。
ゲスト:上田昌宏(大阪大学理学研究科教授)
    中垣俊之(北海道大学電子科学研究所教授)
    dot architects(建築ユニット)
    yang02(アーティスト)
    稲福孝信(アーティスト、プログラマー)
カフェマスター(進行):木ノ下智恵子、久保田テツ(大阪大学CSCD教員、アートエリアB1運営委員)
          塚原悠也(ダンスボックス、アートエリアB1運営委員)

 

トークの前に、まずはプロジェクトメンバー全員でギャラリーツアーを開催。アーティスト、建築チームそれぞれが担当した部分を紹介しながら展示全体の概要を説明していきました。
今回の展覧会では、「アーティストと作品」というかたちはなく、企画趣旨に対してプロジェクトメンバーがそれぞれの分野で尽力しコラボレートして展覧会ができあがっています。

 サーチ4クロージング1

 サーチ4クロージング2

 

トーク前半では、研究者として本展にご参画いただいた上田昌宏さん、中垣俊之さんにそれぞれの研究についてご紹介いただきました。

北海道大学の中垣俊之さんは、本展のために粘菌の培養方法を伝授してくださり、また、本展で培養した「キイロモジホコリ」をご提供くださいました。
北海道大学電子科学研究所の教授であると同時に、「単細胞地位向上委員会」の会長であられる中垣さん。今回のレクチャーでは、ご自身の研究対象であられる「キイロモジホコリ」が含まれる「真正粘菌」の生態をご紹介くださいました

サーチ4クロージング3

彼ら(彼女ら?)は、どういった特性をもっていて、どのように生きているのか。
知性を持っているという粘菌は、迷路を解くことができるといわれています。
その方法は、粘菌が迷路全体を埋め尽くしたあと、最後に一番短いルートだけを残して他の通路にいる部分は撤退していくというものです。

粘菌はそうして最適なルートを探し出します。中垣さんが行った東京の地形を再現した実験では、駅のある場所へ粘菌と餌を置いてやると実際の鉄道網とほぼ同じ形をしたルートをつくったそうです。

サーチ4クロージング4

そのような「知性」が注目されている粘菌ですが、単細胞生物である粘菌は、「切っても切っても粘菌、くっつけてもくっつけても粘菌」だそうで、「自分と他者」という存在がない生き物です。

そして、実験に用いられた黄色いアメーバ状の状態(変形体)は、粘菌の姿のひとつでしかなく、子実体となり、胞子となり風にのって飛んでいくのも粘菌の姿です。

今回の展覧会でも、中之島の形をした培地の上で、粘菌がくっついたり離れたり、そして子実体になり胞子になり、と様々な姿を見せてくれました。

 

続いては、大阪大学の上田昌宏さんによるレクチャー。上田さんが研究されているのは、キイロモジホコリとは異なる種類の「細胞性粘菌」です。

サーチ4クロージング5

キイロモジホコリなどの真正粘菌よりもずっと微小な細胞性粘菌は、「くっつけてもくっつけても粘菌(単細胞)」の真正粘菌とは異なり、飢餓状態に陥ると細胞が集まり、多細胞体制になって子実体をつくって胞子となります。(例えていうと、米の形がなくなり全体が同一化した餅と、米の形を残したまま一体化したおにぎりのような感じでしょうか)

細胞が集まる際、細胞から化学物質が放出され、それに同調するように周囲の細胞が集まってきます。そこから子実体に変化する時、植物でいう茎にあたる部分となりやがて死んでいく細胞と、実になり胞子となって生き延びる細胞とに分かれます。全体の約20%の細胞は、残りの80%の細胞を生かすために死んでいくそうです。

このように、個々の細胞が役割をこなすことで生き延びるため、社会的な生物というふうにも言われています。

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様々に姿を変えながら、動物とも植物ともつかない曖昧で不確かな粘菌の生き方は、我々人間の目から見ると、とても合理的で潔くも見えます。
今回の展覧会では、上田さんの粘菌に対する考えから多くの重要なキーワードをいただきました。それらの言葉は、会場のキャプションに表され、来場者を導く言葉になっていたと同時に、本展の内容を様々な分野に開く(繋げる)キーワードになっていたようにも思います。

(展覧会場のキャプションに表された上田さんの言葉)
「生き続けていれば間違いでもよい」「無限のバリエーション」「1回も死んでない」「多様な性とマッチング」「閉じるのではなく、開いている状態」「マシンは最適解を目指している」「プログラムできないことに対応するためにプログラムされている」「進化のスピードは早い」

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さて、トーク後半は、プロジェクトメンバー、アートエリアB1運営メンバー、そして客席を巻き込んでのディスカッションとなりました。

サーチ4クロージング6

アーティスト、建築家、研究者がタッグを組んだ今回の展覧会。
それぞれの知恵と知識と技術を集結させた展覧会であることは言うまでもないですが、この出会い自体がとても重要な出来事でもありました。
後半のトークのなかで印象的だったのは、上田さんがこのメンバーと出会えたことが面白かったと仰られていたことや、今回の企画が初対面だったにもかかわらず、クロージングトークのなかでは、上田さんがyang02さんの活動を紹介する、という場面があったことでした。

プロジェクトメンバー同士の出会いが様々なアイデアを芽吹かせ、展覧会ができ、さらにそこから新たな知見が生まれた今回のサーチプロジェクトvol.4「ニュー"コロニー/アイランド" ~"島"のアート&サイエンスとその気配~」。展覧会はこれで終了しますが、この軌跡は記録集として出版予定ですので、ぜひご期待ください。

また、プロジェクトメンバーはじめ、展覧会のトークにご出演いただいたゲストの皆様の今後の活躍にもぜひご注目ください。

最後に、展覧会、トークプログラムにご来場いただいた皆様、本展開催にあたりご協力いただいた皆様にお礼申し上げます。

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サーチプロジェクトvol.4「ニュー"コロニー/アイランド 〜"島"のアート&サイエンスとその気配」

プロジェクトメンバー:
上田昌宏(大阪大学理学研究科教授) 
中垣俊之(北海道大学電子科学研究所教授) 
dot architects(建築ユニット)
yang02(アーティスト)
稲福孝信(アーティスト、プログラマー)

トークゲスト(開催順):
西川勝(大阪大学CSCD教員)
岡村淳(映像作家)
清水徹(一級建築士事務所アトリエ縁代表)
福島邦彦(ファジィシステム研究所特別研究員)
畠中実(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]主任学芸員)
植島啓司(京都造形芸術大学教授)
今福龍太(文化人類学者、批評家)
岡田一男(東京シネマ新社代表取締役)
江南泰佐(作曲家、鍵盤演奏者、快音採取家)
久保田晃弘(アーティスト、多摩美術大学情報デザイン学科教授)
原正彦(東京工業大学大学院総合理工学研究科教授)

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キクチ、川口

サーチ最終週!

3月28日から3ヵ月に渡る、アートや知の可能性を探求(=search)する企画展「サーチプロジェクト」のvol.4「ニュー"コロニー/アイランド"~"島"のアート&サイエンスとその気配~」http://artarea-b1.jp/archive/2015/0628705.phpが最終週に入りました。
そして今週とうとう、中之島培地のすべてのグリッドに粘菌のネットワークが到達しました!

中之島培地を覆う粘菌1.JPG中之島培地を覆う粘菌2.JPG 

展示場内の丸柱が鳥居となり、ビニールテントが張られた中には3Dプリンターが置かれ、椎茸栽培用の原木が組まれ、霧吹きは自動で霧を吹き続ける。
ハイテクのようで、アナログなような。非現実的な空間に白衣を着て立つ。
それが「サーチプロジェクトvol.4」の第一印象でした。

粘菌培地となる「中之島仮設空間」には最初は3Dモデルも粘菌もいない土が広がり、壁面にプロジェクションしている「中之島仮想空間」にはシンプルな空間にアバターが歩いていました。

そんな、非現実的でシンプルな空間に、ワークショップで参加者のみなさん・スタッフのスケッチから生まれた、バグ/ノイズを含んだ画像が「仮想空間」にGPSデータを元に配置され、その画像の3Dモデル化したものが次々に「仮設空間」に置かれていく。それを縫うように粘菌がアメーバ状に広がり、覆い、姿を変える。
日々刻々と姿を変え、リアリティが加わり、一つの生き物のような展示空間になりました。
仮想空間.JPG

粘菌としいたけ.JPG 
映像が動くだけでなく、全体が微動しているような展示。
通りがかりに立ち寄られた方が、その後何度も来られたり、長い時間滞在していただけたり。
見るタイミングによって、見る人によって、様々な印象を持たれたと思います。
粘菌をスケッチする.JPG 
日々の粘菌の変化を、スタッフみなで観察スケッチしています。
過去のスケッチと比較出来るよう、トレーシングペーパーに描いて重ねて展示しています。
会場お越しの際は、過去のものもめくって、ご覧いただけると嬉しいです。 

会期終了まであと5日。関連プログラムも27日のクロージングトーク『アート&サイエンス「ニュー"コロニー / アイランド"」のその先へ』を残すのみとなりました。
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【6月27日16:00〜19:00 クロージングトーク『アート&サイエンス「ニュー"コロニー / アイランド"」のその先へ』】
プロジェクトメンバーとともに、約3ヶ月間におよぶ本展の実験と実践の軌跡を辿り、会期中に開催した多彩なゲストトークで得られた知見や感性を踏まえ、アート&サイエンスの可能性について語り合います。
http://artarea-b1.jp/archive/2015/0627755.php
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アートエリアB1にて、お待ちしております!

コニシ

ハイブリッドなトーク

ラボカフェスペシャル×サーチプロジェクトvol.4の関連企画として、トーク「生物と工学と藝術〜ハイブリッドの創造性〜」が開催されました。
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ラボカフェスペシャル×サーチプロジェクト関連企画
知と感性のネットワークシリーズ

「生物と工学と藝術〜ハイブリッドの創造性〜」
http://artarea-b1.jp/archive/2015/0619754.php
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「粘菌コンピュータ」の研究・開発者である原正彦さんとバイオアートなどの分野で活躍されているアーティストの久保田晃弘さんをゲストにお迎えしての本イベントは、まさに生物と工学と芸術を融合したハイブリッドなトークイベントとなりました。
異なる分野を専門にされているお2人によるハイブリッドなトーク、観客の皆さんも楽しんでいただけたのではないでしょうか。

0619トーク01.JPG20150619labocafe02.JPG

原正彦さんのプレゼンテーションでは、自己組織化、時空間機能、揺律創発をキーワードに、「粘菌コンピュータ」についてお話ししていただきました。
現在のコンピュータは正確な答えを出すことができる代わりに、想定外やノイズに弱く、情報量が多いと処理にとても時間がかかってしまいます。しかし、「粘菌コンピュータ」は情報量が多くても、現在のコンピュータのように情報爆発を起こさずに、平均よりもそこそこ良い答えを出すことができます。

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久保田晃弘さんのプレゼンテーションでは、「計算する粘菌と芸術について」というタイトルで、地球外生命体や人工知能のための芸術や人間と依拠しない芸術など、とても興味深いお話しをしていただきました。
人間の人間による人間のための芸術ではなく、地球外生命体や人工知能のための芸術というのは今までに考えたことのない観点で、とても衝撃的でした。

0619トーク03.JPG0619トーク05.JPG

サーチプロジェクトvol.4の会期も残りわずかとなりました。
http://artarea-b1.jp/archive/2015/0628705.php
本展覧会もサイエンスとアートという異なる分野を合わせたハイブリッドな展覧会となっております。
展覧会場の粘菌たちも日々変化し、さまざまな表情を見せてくれます。
0619粘菌06.JPG
皆さまのお越しをお待ちしております。

なかくぼ

粘菌と音楽の夜

2014年秋-冬に開催した鉄道芸術祭「音のステーション」会期中に行った関連イベント「公開ラジオ 『快音採取 世界の音旅』」のパーソナリティ・江南泰佐さんが再び!
テーマはもちろん「粘菌」!
 
梅雨の夕暮れにぴったりの、一夜限りのラジオ番組になりました。
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ラボカフェスペシャル×サーチプロジェクト関連企画
知と感性のネットワークシリーズ

公開ラジオ番組「快音採取 粘菌の音楽」
http://artarea-b1.jp/archive/2015/0618753.php
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粘菌の音楽スタート.jpg

様々に姿を変える粘菌から連想して万華鏡の音楽、粘菌を用いた実験から生まれた音楽などなど。粘菌から妄想される江南さんセレクトの音楽が続きます。
前回の「快音採取」同様、今回もUstream配信を行い、Twitter、Facebook「#粘菌音楽」でお便りを募集しながら進行しました。

後半に入り、本日のカフェマスター、大阪大学教員の久保田さんを交えてラジオは続きます。
粘菌の音楽_後半.jpg
いま開催中のサーチプロジェクトvol.4「ニュー"コロニー/アイランド"島"のアート&サイエンスとその気配」のタイトル・展覧会の意図について江南さんから久保田さんへ質問が。
地下のコンクリート空間で何かを栽培できたら面白いのではないか、という企画会議でのアイデアから派生したサーチvol.4。
アートエリアB1が、中之「島」という地理的に孤立した特異な場所にあることもテーマの一つであることをお話されました。
アートとサイエンス。音楽とサイエンスも繋がるか。ということでここからはサイエンスを主題に、雰囲気ががらりと変わる選曲に。
徳島の阿波踊りを題材にした作品や、先週ラボカフェにお越しいただいた野村誠さん・やぶくみこさんの「瓦の音楽 musik genteng」から「粘土の協奏曲」など。
瓦のプロジェクトは淡路島・津井が舞台。こちらも島つながりです。瓦の可愛らしい音色が響きます。

最後は江南さんの粘菌へのファーストイメージ、久石譲で「風の谷のナウシカ〜オープニング〜」。
オープニング曲が締めくくり。驚きでしたが、形を変えて生き続ける粘菌の様に、また形を変えてラジオ番組があるのでは、、、と期待を感じずにはいられませんでした。

雨にも関わらず、会場にはたくさんの人にお越しいただき、ありがとうございました。
みなさん、思い思いに粘菌の音楽、楽しんでいただけたのではないでしょうか。

3月28日から開催しておりますサーチプロジェクトvol.4は会期残すところ10日を切りました。
仮設中之島培地の3Dモデルも密集度を増し、粘菌も華麗にネットワークを広げております。
今日の粘菌.JPG

今日の粘菌2.JPG
 
会期中に是非、お越しください。
http://artarea-b1.jp/archive/2015/0628705.php

コニシ

おもしろい科学映画の世界

現在開催中のサーチプロジェクトでは、美しい粘菌の映像と写真に息をのんだ方もきっと多いはず。今回はその作者、科学映画の先駆的存在である東京シネマ新社の岡田一男さんをお呼びして科学映画の魅力についてお話ししていただきました。

 

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ラボカフェスペシャル×サーチプロジェクト関連企画

「ビジュアルとサイエンスの親密な関係」

http://artarea-b1.jp/archive/2015/0616752.php

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まずは、科学映画の歴史から語られました。

科学映画の動く現象を解析する手法から劇映画が誕生したのだそうです。

科学映画は映像文化の原点なのですね。

 

岡田さんと久保田さん

 

そして、次々と顕微鏡で見たカビなどの科学映像が紹介されます。

なんと美しい・・・!!

観客の皆様も、目が釘付けです。

通常、上からのアングルで撮ることが多いそうですが、横からのアングルで撮ったものもあり、上から見る姿形からの想像とはまた全然違うビジュアルで、

驚きと発見がありました。

 

科学映画1科学映画2

 

普段あまり目にしない、また機会があったとしても何気なく目にしている「目に見えないもの」の映像撮影にはとてつもない苦労が。

細胞を縦にカットして様子を捉えやすくしたり、目当ての現象を活発な状態で撮影するために二〜三週間常に細胞を生きのいい状態にしておく、薄いプレパラート上の生物に横や斜めから光を当てて見やすくする、などなど。(光に関しては劇映画も舞台も科学映画も原理は一緒!と仰っていました)

 科学映画3

科学映画の一番重要なことは「見えなかったことを見ることができるようにすること、そして伝えること」とのことでした。

アートエリアB1で、普段、私たちの目では見ることのできないミクロの世界をのぞいてみませんか?

 

イクタ

都市と島の考え方

6/13 ラボカフェスペシャル×サーチプロジェクト関連企画 知と感性のネットワークシリーズ 「都市が島であれば、海はどこにあるのか?」が開催されました。


風景会場

ゲストは文化人類学者、批評家の今福龍太さん。

カフェマスターはdot architectsの土井亘さん、大阪大学CSCD教員/アートエリアB1運営委員の木ノ下智恵子さん、久保田テツさん。

今回のサーチプロジェクトのテーマである「島」ということを軸に、お話をしていただきました。

今福さん1

主に、ご自身の著作である「群島響和社会〈並行〉憲法」をレジュメとして、「群島」と「大陸」の関係性、まず沖縄と本島のあり方などから話が展開していきました。


最初に、昨晩今福さんが今日のために書かれたという「手紙」を読まれるところからスタートしました。

今福さん手紙

手紙といってもPCで打ったものでもなければ、手書きでも白紙の便箋へただ真っすぐに書いてあるわけではなくて、書く前に事前に関係する文やイラストを印刷しておいて、それらの隙間に書き連ねていくというスタイルを取られていてとても凝ったものでした。(写真は印刷されたもので、お客様全員に配られています)

手描き以外の引用で印刷された文章は、音楽と同じくらい詳しいキノコ学者でもあったという音楽家ジョン・ケージの言葉や、今展覧会でも資料を設置している南方熊楠、そしてヘンリー・デビット・ソローの言葉がありました。その文章の近くにそれぞれの文章に対しての今福さんの言葉が連ねられています。

手紙とは言ってもなるべく文体を気にせず自由に。印刷された文章の隅に書くことから、すぐにやり直せるデジタルとは違うアナログの上書きで、今書いたことは引き受けて、むき出しにするのだと仰っていました。


今福さん2

そこから、群島響和社会〈並行〉憲法について。

約30年前に書かれた琉球共和社会憲法に対して、今福さんが書かれたのが群島響和社会〈並行〉憲法であり、「島」から「大陸」の原理をひっくり返す、唯一戦争で地上戦を経験した沖縄と本州の関係性、「群島」である沖縄と「大陸」化してしまった本州との関係から見る現代の在り方、生き方などについてをこの憲法を軸に語って頂きました。

いくつか抜粋されて、

一縞 意思

現代は欲望すら予測のもとに行動している。一番大事なのは予測でどうするかではなく自らの意思を持って何をしたいかを示す。意思の中心にあるのは人ではなく島宇宙である。

五縞 放擲

所有と放擲の関係性。個人で何かを占有するということから開放し、みなで共有して所有することは放擲(だれも所有していない)のと同じことで、それを一時的に誰かが使う。その状態がのぞましいのでは。不動産などは領土を「占有」するという大陸原理を個人で実行していることになるのではないか。

七縞 声

島唄は元々即興の掛け合いであり、それは配慮ある放擲である。

十縞 真似(まね)び=学(まね)び

歌などの身体的な真似びはどう頑張ってもコピーにはならず、必ず固有性が出てくる。画一的で合理的な教育ではなく、揺らぎのある学びがあるべき。

などなど、この一部の文章では説明しきれない、様々なことについて「郡島」から展開して興味深いお話をお話しいただきました。

今福さんの熱のこもったお話に、会場は静かにじっくりと耳を傾けていました。

今福さん3

土井さんからは建築方面からの見解として、建築も図面に書いた通りには建てられないし出来たとしても面白くない。いかに現場での即興性をチームで共有しつつ作っていけるかという憲法後半の予定調和に対するメッセージも。

その後、憲法の十一縞「秘密」という条項について。粘菌のようなものはカテゴライズ出来ないために気持ち悪がられるが、それは謎に満ちているということ。知性とは自分を隠すもので、全てを開示して差し出すものではない。あるものをパズルのように組み合わせているだけでは知性はやせ細ってしまう。

最後に木ノ下さんから、現在の見えなくなっている粘菌の状態が、今福さんの手紙にあったヘンリ・デビット・ソローの「真実が持つ胞子は無限なほどに数多く、まるで微細な煙のように精妙にできている。」という言葉によく現れているとの話がありました。

今回のトークのなかで、所有と放擲についての考え方がかなり大きく語られていました。とても興味深く、これからの現代社会の生き方にとても重要なように思えます。

キクチ

点が線となるつながり

ラボカフェスペシャル×サーチプロジェクト関連企画

知と感性のネットワークシリーズ
「もうひとつのネットワーク」が開催されました。

http://artarea-b1.jp/archive/2015/0603749.php

都市の工学的ネットワークとは異なる、信仰・修験道・地理・地勢がつくりあげる、

現在ではあまり見えなくなっている、もう一つのネットワークについて興味深い

お話しが繰り広げられました。

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ゲストは宗教人類学者の植島啓司さんと建築ユニットdot architectsの家成俊勝さん。

お二人とも独特の空気感をお持ちの何やら怪しげな(良い意味で)ジェントルマンです。

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植島さんが長年フィールドワークを続けられてきたネパール、タイ、インドネシア・バリ島、スペインなどの国々や、

世界遺産「熊野」をはじめとする国内各所の"聖地"を巡った経験をもとに、次々と語られていく植島ワールド、

そこに並走する家成さんの鋭く豊かな感性が相まってトークは盛り上がり、会場のお客様も食い入るように

聴き入ってらっしゃいました。

平日の水曜日。お客様の出足はどうかなと心配しておりましたが、

スタート間近になってご来場者はどんどん増えていき、スタートしてからも途中入場の方が多数。気がつけば、会場内は何かを知りたい、学びたいという方々の静かな熱気に包まれていました。

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「四国八十八ヶ所めぐり」という日本独特のネットワークについてのくだりでは、会場のお客様を巻き込みつつ様々な見解が会場内を飛び交っていました。

また、海を通して人のネットワークがつながっていくというお話しは想像と現実の狭間で思考をめぐらし、遥か昔まで思いを馳せる良い時間でした。

 改めて人の考え方は多岐に渡っていて、こういった場があることによって様々な意見を聞けて、視野が広がることは素敵なことだと思いました。

お客様の質問コーナーで、本イベントとは少し話はそれるものの、面白いお話がでました。

ロールプレイングゲーム「ドラゴンクエスト10」では一人で楽しむだけではなく、ネット環境を通じて

見知らぬ誰かと誰かがつながり、一緒にゲームが出来るようになっている。

これについてドラクエ好きの植島先生はどう思われますか?とのご質問。

「僕は一人でやるのが好きなのに、わざわざ他人とつながらなくてもいいと思っていましたが、

やってみると案外おもしろい」とのこと。質問者の方も実はドラクエ10をしてからひきこもり傾向が

なくなってきたということで、今や「もうひとつのネットワーク」がコミュニケーション形成の一助を担い

その仲間意識がお互いにとって相乗効果を醸し出す可能性がある。

とても興味深いなと思う一場面でした。

                クワノ

豆知識があると建築が楽しくなる

知っているようで知らない寺社建築について、歴史ある建築物についての面白さを豆知識を交えて清水さんにお話しいただきました。

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ラボカフェスペシャル×サーチプロジェクト関連企画
知と感性のネットワークシリーズ
「分かりやすい寺社建築」
http://artarea-b1.jp/archive/2015/0522741.php
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寺社建築豆知識トークのはじまり.jpg
まずは寺社建築の造りや技法、そこから読みとれる歴史について。
みなさん真剣です。 

寺社建築ディスカッション.jpg

 後半は歴史的建築物の「見方」と「味方」についてみんなでディスカッション。
「近現代の建築のセミナーやトークイベントでは、こんなに色んな層の人が集まる場にはならない。古建築ならではではないか」との意見が出ました。
初めてアートエリアB1にお越しいただいた方・遠方からの参加者もおられ、地域ごとの特色についても知り、考えることができました。

アートエリアB1で開催中のサーチプロジェクトvol.4
「ニュー"コロニー/アイランド 〜"島"のアート&サイエンスとその気配〜」では会場奥に菌核を祀っている「菌核寺」があります。
「菌核」とは粘菌が休眠している状態のことです。 
自然そのものの粘菌
自然崇拝から始まった土着信仰が大陸からの仏教と交じりあう中で生まれた寺社建築を知ることは、文化そのものを味わうことなんですね。
 
サーチプロジェクトvol.4は、6月28日までの開催です。ぜひ
会期中に、展覧会場奥の菌核寺にお参り下さい。手を叩くと、何かが起こるかも知れません。

コニシ

岡村さんの映像作品上映会

ラボカフェスペシャル×サーチプロジェクト関連企画
知と感性のネットワークシリーズ
「映像作家、岡村淳さんを囲んで、vol.2/植物学者、橋本梧郎さんを追って」
http://artarea-b1.jp/archive/2015/0515739.php

今年2月のラボカフェで上映会を行った映像作家・岡村淳さん。
再びゲストにお越しいただき、粘菌培養地のサーチプロジェクト展覧会場横でライブ上映会を行いました。
岡村さん映像スタート.jpg
作品は、ブラジル移民の植物学者である橋本梧郎さんを追ったドキュメンタリーです。
2時間映像鑑賞した後、意見交換を行いました。

「残っているもの/残ってしまったもの」。映像として残すことについて。など。
深く切り込んだ意見交換になりました。

コニシ

魅力あふれる熊楠!

熊楠トークスタート

粘菌学者として有名な南方熊楠は、変わり者としても有名です。 
粘菌を主題の一つとして扱っているサーチプロジェクトvol.4、その関連企画として、粘菌の研究者であり、奇人変人と言われる熊楠の人間的な魅力について、大阪大学の西川勝さんにお話ししていただきました。

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ラボカフェスペシャル×サーチプロジェクト関連企画
知と感性のネットワークシリーズ
「くまぐす、クマグス、熊楠」
http://artarea-b1.jp/archive/2015/0509738.php
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天才と名高い熊楠ですが、定職につかず実家を継いだ弟の援助に頼る日々。妻・松枝さんとの暮らしの中での奇行ぶり。
王道・正統派と言われる道からは逸脱した熊楠の生き方のどこに惹かれるのか。
来場者の皆さんと語り合いました。 

会場には展覧会のプロジェクトメンバーである上田昌宏さん、dot architectsさんが来られており、熊楠トークはさらに盛り上がります。
研究者の目線から見た熊楠についても語っていただきました。

熊楠トーク_上田先生

「生き続けていれば間違いでもよい」と環境にあわせて様々な形態に変化しながら生き残る粘菌と熊楠。
生きる力を感じました。
 
来場者アンケートからは「もっと熊楠について知りたくなった」とのコメントを複数いただきました。

 

展覧会場では、入口付近に図書スペースを設けています。
南方熊楠のスケッチ集も置いています。魅力あふれる熊楠のスケッチは繊細でとても素敵です。
是非お手に取ってご覧ください。

コニシ

ワークショップ「ニュースケッチング〜スマホと3Dプリンタで採集する中之島〜」二日目

二日目の4/12も晴れました!暑くも寒くもない天気で大変たすかりました。

写真を撮影する場合、周りを一周するため逆光になりやすく、天気が良すぎると写真を撮りづらいこともあるのでちょうどいい天気だったと言えます。

ワークショップ前に、早速サポスタさんにより前日置かれた「建物」のまわりの粘菌さまスケッチ。まだ建物との接触はなかったようです。
建物観察

そんなこんなで今日もワークショップスタートです!
早速講師の皆さんから展示内容のレクチャー。プログラム自体は昨日と同じですが、参加者が違えば出来るものも違うのが今回のワークショップ。

レクチャー二日目

また色々な視点で中之島を捉えてもらいます!

レクチャー二日目2

前日に置いた中央公会堂の説明をするyang02さん。このようなかたちで建物などのオブジェクトがどんどん置かれます。

菌核寺設計

ワークショップ内容のレクチャーの前に、本日はもう少し3Dスキャンとプリントについて。展示会場にある粘菌を祀っている「菌核寺」には、手を叩くと中から粘菌さまのシャーレが出てくる仕組みの神棚があります。実はそれにはタミヤの「神棚キット」なるものが原型に使用されているのですが、粘菌さまシャーレにサイズが合わなく、yang02さんの手によって新たにパーツを設計して3Dプリンターで出力してつくられたとのことです!

他にも様々なスキャンの方法を紹介されながら、今回の写真から3D化する方法についてのレクチャーとなりました。

そして今回も外へ出発!
この撮影で面白いのは、普段と撮影の基準がちがうところです。写真を360°から撮らないといけないので周りにぐるっと撮影出来る空間がないと上手くいきませんし、一部ではなくちゃんときれいに全体がフレームに入っていないといけないのでなかなかポジションも大変です。そうなってくると、自然と足が道無き道へと進んでいき、、、!草むらをかき分け、普段入らないような場所に入り、いつも見る道・通る道でも違う角度から捉えることになることも今回のワークショップでの面白いところだったのではないでしょうか。足を使わないときれいなショットは撮れませんでした!

バラ園撮影

自販機

小一時間程外で撮影し、 B1に戻り3D化に入ります。

3D化

やはり参加者によって見ているもの気になるものはかなり違い、前日とは違ったバラエティに富んだ3Dデータが出来上がっていきました!
後日、それらは会場映像に追加されていき、さらに3Dプリントされて中之島培地に「建設」されます。

盛り土家成さん

今回のスキャンで3Dプリントされたものはどれも歪んだりきれいには出来ません。(それが面白いのですが)

なので当然自立しないかたちのものも出てきます、それはこの培地を作ったdot architectsの家成さんの手によって盛り土をしてもらい、建っていきます。

感想

それぞれに、参加してみての感想をフィードバックしてもらい、終了となりました。

建設結果

この二日間で多くのオブジェが建設完了。粘菌さまたちによってここにどんな「ネットワーク」が生まれてくるのか、ぜひとも見届けて下さい!

キクチ

ワークショップ「ニュースケッチング〜スマホと3Dプリンタで採集する中之島〜」一日目

連日雨が続いていましたが、この週末はなんとか晴れました!

寒さで土に潜り気味だった粘菌さまたちもご馳走のシイタケですくすくと育っています。

粘菌の状態

そんな中、4/11・12の二日連続でワークショップ「ニュースケッチング〜スマホと3Dプリンタで採集する中之島〜」を開催いたしました。「スケッチ」といっても今回は紙に絵を描く訳ではなく、写真から3DのCGモデルを生成するというワークショップです。

参加者が撮影・生成した3Dモデルは、会場の壁面に投影している「中之島仮想空間」の建物等になるとともに、(ワークショップ中には時間が足らず後日となりますが)3Dプリンターで出力して、粘菌が生息している「中之島仮設空間」の土の上に設置し、都市を建設していきます。

まずは展覧会やワークショップ内容についてのレクチャー。参加者のみなさんが作成したデータが配置される、「中之島仮想空間」と粘菌が生息する1/150模型の「中之島仮設空間」について、今回の講師であるdot architectsの家成さんとyang02さん、そして展覧会企画者の一人である塚原さんから説明を受けます。

WSレクチャー

WSレクチャー2菌核寺
そしてワークショップについての説明にはいります。

ワークショップレクチャー

今回のワークショップでは、3Dデータを作成する為に、「123D Catch」というウェブサービスを使用します。これは、対象物を360°ぐるりと周りから写真を撮りサイトにアップロードすると自動的に3Dデータが生成されるというもの。しかし写真によってリアルな見た通りの3Dではなく、グニャグニャに歪んだ形のものが出来ることもしばしば。そうやってシステム内のノイズによって出来る不思議な面白い形も楽しんで、今回は展示に組み込んでいます。
この3Dデータの元となる写真を集めるため、参加者のみなさんには中之島を歩きながら、気になったものや目にとまったいろいろなものを中之島の各所へぐるりと360°撮影にいきます!

こうして、参加者それぞれの目線から見た「中之島」を切取り、仮想と仮設の中之島に反映させていこうという仕組みです。

yang02さんより写真を撮る時の注意やコツをレクチャーしていただき、スタッフとペアになってそれぞれに街へと撮影へとくり出していきます。

外へ撮影

撮影1

小一時間ほど街のいろいろなところで撮影したのち、B1へ戻り3Dモデルの作成を開始!みなさん、小さいものから見上げるものまでいろいろなものを撮影して戻って来られました。

データ吸い出し

そしてアップロードして3Dデータができるのを待ちます。(これが時間が結構かかります。。写真にもよりますが約15分から20分ほどかと)

石像3D

完成!!これはかなりうまく行きました!自分の撮影した写真が3Dになるのは楽しく、上手くいくとかなり面白いです!上下左右にぐるぐる回せます。ただしこれは裏側はありませんでしたが(笑)

3D

石像、ベンチ、ゴミ、マックシェイク、看板、石碑、ハト、タバコ、炊飯器、色んな目線から見たものが続々と3Dになっていきました。

これらは後日会場映像内「中之島」へGPSデータをもとに配置されていきます!

その後、既に映像の「中之島」に配置されている以前に作成したもので3Dプリンターで立体に出力されているビルや建物を、実際に粘菌のいる中之島培地に「建設」しました。(3Dプリントはひとつ5時間程かかるので、参加者作成のものは後日になります。)

建設!

GPSそれぞれのオブジェが元になった写真についているGPSデータをもとに中之島のどこにあるものなのかを、実際配置された映像を見て確認し、培地の何処に置くかを割り出していきます。3Dプリンターでつくられたものは一色プリントしているのでもはや何か一見わかりません(笑)

ものによってはビルだと判断できるリアルなものから、この怪しい塊は一体何!?となるものも。そこが面白いところです。アートエリアB1のあるなにわ橋駅の駅舎はなんとかわかりますね!

粘菌難波橋駅

ついに中之島培地に粘菌以外のものが設置されました!これから一体粘菌さまはこれらに対してどのような動きをするのか?エサがあれば登るのか?乗り越えるのか?避けてしまうのか??潜っていくのか???

非常に楽しみです!

キクチ

ニュー"コロニー/アイランド"オープンミーティング

4/10(金)、ニュー"コロニー/アイランド"オープンミーティングが本日開催されました。

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サーチプロジェクトvol.4「ニュー"コロニー/アイランド"   〜"島"のアート&サイエンスとその気配」がスタートして2週間。プロジェクトメンバーの方々がアートエリアB1に一堂に会し、展覧会について語り合うのを聞くのはとても刺激的でした。

今回、話を聞いていて、島・アート・サイエンスに加えて、"不確定要素"というのも本展覧会のテーマのひとつなのではないかと感じました。粘菌という生物。中之島の風景が中之島仮想空間にデジタル変換されるときに起こるノイズ。展覧会に関わる人々の感性。そのような不確定要素が加わることで面白い空間がつくり出されていく。展覧会の様相も日々変わっていきます。ぜひ何度も展覧会に足を運んでいただき、変化し続ける空間を楽しんでみて下さい。

 

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プロジェクトメンバーである中垣俊之さんいわく、粘菌がうまく育たないとき、「なんで育たないんだコノヤロウ!」と思うとうまく育たないのに、「粘菌さん、すみませんが育ってくれませんか?」という心持ちでいるとうまく育ってくれるのだとか。最近、土の中にもぐりがちな粘菌さんたちですが、会場内の菌閣寺でお祈りすれば、中之島仮設空間の粘菌さんたちも地上に出てきてくれるかもしれません。

 

4月11日・12日にはdot architects(建築ユニット)さんとyang02(アーティスト)さんによるワークショップが開催されます!皆さんがスマートフォンで撮った中之島の風景が展覧会の作品の一部になります。ぜひご参加ください!

なかくぼ

中之島仮想空間⇆仮設空間 をつなぐ粘菌って?

今日も、粘菌が中之島仮設空間(粘菌培地)で、のびのびと生息しています。
会場内で収穫できた椎茸を、本日もあげてみたところ、、

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(たまたま来館してくださっていた方のお手を拝借、ご協力ありがとうございます。)


16:30時点では、、

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17:30時点になると、、

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時速1㎝で動くといわれる粘菌、こうもはっきりと形をかえて、伸びてきていました!

明日朝になったら、どんな形を描いてるんでしょうか、、。

なぜ、本展では、粘菌がとっても重要な役割を果たしているのか?

ニュー"コロニー/アイランド"とは?


本展の核となるテーマを、体感しながら深めることのできるイベントが、今週末に目白押しです。

いよいよ、オープンミーティングとワークショップが、今週末開催されます!

 

 

オープンミーティングは、4/10(金) 19時〜21時。

プロジェクトメンバー全員が揃って、会期中に試みる実験・実践の可能性を語ります!

そして、
4/11(土)・12(日)14時〜17時にワークショップが開催されます!!

その名も、「ニュースケッチング〜スマホと3Dプリンタで採集する中之島〜」。

このワークショップでは、参加者の皆さんが"採集した中之島"が、
ニュー"コロニー/アイランド"にとって、非常に重要な役割を果たします。 

 

展示会場を設営されたdot architectsさん(建築ユニット)、
展示ビジュアル・会場映像の「3Dの中之島」を作られたyang02さん(アーティスト)を講師に、

実在の中之島のまちへ繰り出し、スマホやデジカメを使って、
中之島の建物や様々なモノを採集(撮影)します。


採集されたモノたちは、歪んだり一部だったり、
そのままではない形の3Dモデルに変換されて、
「中之島仮想空間(展示会場内映像)」内の、実際に撮影した位置に、配置されます! 

さらには、その3Dモデルを元に、
後日会場にある「デジタルファブリケーション・ラボ」の3Dプリンターで立体化され、
「中之島仮設空間(粘菌培地)」に設置、粘菌と共に中之島の風景をつくっていく予定です!

参加者それぞれのスマホやデジカメを通した目で見た「中之島」が、
展示会場内の、中之島仮設/仮想空間に反映されていきます。

3ヶ月の会期を通して、独自のネットワークを形成する粘菌たちの、
生活の土壌となる仮想/仮設空間の形成に、直に関わっていただける機会となります。

今はまだ少ない、展覧会場内の中之島の建物を、
一緒に「スケッチ」して増やしましょう。

 

参加無料ですので是非ぜひご参加ください!

ご予約をお待ちしております!

川瀬

シイタケと粘菌

今日は昨日より更に冷え込み、とても寒い一日でした。
外気の影響を受けやすい、会場入口近くの粘菌たちは土に潜ってしまい、
姿があまり見られず。。。

昨日移植した難波橋と筑前橋、大江橋エリアは元気いっぱい!
なので、B1で収穫したシイタケを与えてみました。果たして、、、
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もりもり食べに進んでいきました。
みるみるうちに黄色く粘菌に覆われていくシイタケ片。

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培養室で培養中の粘菌たちも順調に成長しています。
少しずつ中之島培地に移植され、粘菌ネットワークが広がっていきます。

じわじわ広がる粘菌ネットワーク、会場で、どうぞじっくり、ご覧になってください!
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コニシ

↓↓ワークショップ、まだまだ受付中です!今週末、是非ご参加下さい↓↓


知と感性のネットワークシリーズ/ワークショップ
「ニュースケッチング〜スマホと3Dプリンタで採集する中之島〜」
約 1/150に縮尺された全長約20mの模型による仮設空間の中之島と、CGで形成された仮想空間の中之島。そして、この2つの世界を繋ぐために生息する 粘菌によって出現したニュー"コロニー/アイランド"。このワークショップでは、実際の中之島を歩き、様々な角度から街を捉え直してスケッチし、仮設と仮 想の島の要素を採集します。私たちが暮らす街の成り立ちとは異なる方法で創造的な風景をつくりだしましょう。

【日時】2015年4月11日(土)、12日(日)※4/11、12、同プログラム2回開催
    両日とも14:00 - 17:00
【定員】10名程度(参加無料・要申込・先着順)
【対象】中学生以上(小学生以下は保護者同伴)
【持ち物】スマートフォン(カメラ付き携帯端末)
     ※携帯電話やデジタルカメラでも可能となりました。
     申込フォームの〈ご用件・補足事項〉に使用器機の名前をお書きください。
【お申込み】メール、お電話、予約フォームのいずれかにてお申し込みください。
      TEL:06-6226-4006(月曜除く12:00〜19:00)
      E-mail:mail(at)artarea-b1.jp ※(at)を@に変えてお送りください
      ※お申し込みの際は、参加ご希望日、人数をお知らせください。
      ※スマートフォン以外の器機希望の方は、申込フォームの〈ご用件・補足事項〉に
       使用器機の名前をお書きください。

http://artarea-b1.jp/archive/2015/0411718.php

粘菌、日々刻々と変化しています!

雨は上がったものの、冬に逆戻りしてしまったかの様に冷え込んでいます。


粘菌たちが培養土の中に潜ってしまい、カビが浸食してきたなにわ橋エリアには、新たな粘菌株を設置しました。
筑前橋と大江橋エリアにも新たに設置。どんな風に育っていくのでしょうか。
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新たな粘菌を培養するために寒天で寝床をつくります。
3日に1回程度、新たな寝床を用意します。写真 1.JPG

日々スタッフがしているスケッチも、粘菌に合わせてエリアが拡大されていっています。
いまはまだ、部分部分で成長している粘菌たちですが、それぞれの粘菌どうしが繋がり、関係し合う時が待ち遠しいです。

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ワークショップはいよいよ今週末!
まだまだお申込み受付中です。
中之島の気になるものを3D化して、「中之島仮想空間」に登場させちゃいましょう!

ワークショップで作った3Dは後日、会場内「デジタルファブリケーション・ラボ」の3Dプリンターで立体化され、「中之島仮設空間(粘菌培地)」に設置、粘菌と共に中之島の風景を創っていく予定です!IMG_5854.JPG

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コニシ

↓↓ワークショップ情報はコチラ↓↓


知と感性のネットワークシリーズ/ワークショップ
「ニュースケッチング〜スマホと3Dプリンタで採集する中之島〜」
約1/150に縮尺された全長約20mの模型による仮設空間の中之島と、CGで形成された仮想空間の中之島。そして、この2つの世界を繋ぐために生息する 粘菌によって出現したニュー"コロニー/アイランド"。このワークショップでは、実際の中之島を歩き、様々な角度から街を捉え直してスケッチし、仮設と仮想の島の要素を採集します。私たちが暮らす街の成り立ちとは異なる方法で創造的な風景をつくりだしましょう。

【日時】2015年4月11日(土)、12日(日)※4/11、12、同プログラム2回開催
    両日とも14:00 - 17:00
【定員】10名程度(参加無料・要申込・先着順)
【対象】中学生以上(小学生以下は保護者同伴)
【持ち物】スマートフォン(カメラ付き携帯端末)
     ※携帯電話やデジタルカメラでも可能となりました。
     申込フォームの〈ご用件・補足事項〉に使用器機の名前をお書きください。
【お申込み】メール、お電話、予約フォームのいずれかにてお申し込みください。
      TEL:06-6226-4006(月曜除く12:00〜19:00)
      E-mail:mail(at)artarea-b1.jp ※(at)を@に変えてお送りください
      ※お申し込みの際は、参加ご希望日、人数をお知らせください。
      ※スマートフォン以外の器機希望の方は、申込フォームの〈ご用件・補足事項〉に
       使用器機の名前をお書きください。

http://artarea-b1.jp/archive/2015/0411718.php

粘菌の培養

一気に咲いた桜も今週末の雨で散り始めています。そんな中、中之島地下のアートエリアB1でも日々、粘菌が成長しております。

今回の展覧会では本日より、実際の研究室のように、また粘菌が服に付着すると取れないということで、アートエリアB1スタッフ、サポートスタッフが白衣を着用しています。なんだかさらにラボ感が増した会場となりました。わからないことがあれば白衣を来たスタッフに、ぜひいろいろとお尋ねください。

  

毎日の作業として、粘菌への水やり、エサやりなどがあります。エサはオーガニックのオートミールです。(粘菌たちはオーガニック指定と、なかなかグルメです。)