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サーチプロジェクトvol.6「ニュー"コロニー/アイランド"3 〜わたしのかなたへ〜」開幕

アートエリアB1の春の企画展・サーチプロジェクトvol.6「ニュー"コロニー/アイランド"3 〜わたしのかなたへ〜」が3月28日より始まりました。

当館を活用して、アートや知の可能性を探求(=search)する企画展「サーチプロジェクト」。
2015年からは、「ニュー"コロニー/アイランド"」と題して3回にわたるアート&サイエンスの展覧会を開催しています。
〈これまでの「ニュー"コロニー/アイランド"」展〉
2015年 「ニュー"コロニー/アイランド" 〜"島"のアート&サイエンスとその気配〜」
2016年 「ニュー"コロニー/アイランド"2 〜災害にまつわる所作と対話〜」
昨年、当館を一軒の家に見立てて開催した「災害にまつわる所作と対話」の展覧会が記憶に新しい方もおられるのではないでしょうか?

これまで2年にわたって「島と粘菌の知」や「惑星地球と災害」をテーマにしてきた本シリーズ。いよいよ今年がシリーズ最終回です!
今年の企画は、「ニュー"コロニー/アイランド"3〜わたしのかなたへ〜」と題して、"わたしたち自身"に着目します。

プロジェクトメンバーには、2016年のノーベル生理学・医学賞を受賞された大隅良典教授とともに国内のオートファジー研究を率いる吉森保
建築設計・施工だけに留まらず、「瀬戸内国際芸術祭2016」などの様々なアートプロジェクトにもかかわる建築ユニット・dot architects
デジタルメディアを基盤に、グラフィティやストリートアートなど公共の場における表現にインスパイアされた作品を制作するアーティスト・やんツーをお迎えして展覧会と、会期中には多彩なトークプログラムを展開します。


ではさっそく、会場のなかを少しご紹介しましょう。

入口バナー、看板 注意看板

入口には印象的なピンクのバナーに細胞の営みのひとつである「オートファジー」の画像が配置されています。本展は、わたしたちの体の15%を占めるタンパク質の構造をメタファーにしてつくられた【仮設公園】と【仮想公園】という二つの空間で構成されています。

これらの空間は、「見る」と「遊ぶ」の二つの方法で体験することができます。安全に遊んでいただくために、入口で「ご入場前の注意事項」をよく読んでから臨んでください!

サーチ6ホワイトボード

さて、会場に入ると大きなホワイトボード。そこには会場図とともに、本展のキーとなるアミノ酸とタンパク質の階層構造が大学の講義さながらに記されています。

なんだか難しそうですが、簡単に説明すると......
タンパク質は20種類のアミノ酸でできています。この20種類のアミノ酸の組み合せ方によって何万種類もの異なる働きと役割を担うタンパク質がつくられていきます。そしてそのタンパク質同士がくっつき合うことでさらに異なる役割を担うタンパク質へと変化していきます。(学術的にはこれを1次元構造〜4次元構造として説明します)

そして会場の【仮設公園】には、だいたい20種類くらいの材料とジョイント方法でつくられた「細胞的遊戯装置」が点在しています。

サーチプロジェクトvol.6オープン02 サーチ6会場

この「細胞的遊戯装置」に来場者である皆さんが触れたり、乗ったり、滑ったり、さらに装置を移動したりすることによって、装置に内蔵されたセンサーが反応します。

するとどうなるかというと、壁面に映し出された【仮想公園】のなかでこの細胞的遊戯装置が現実空間とは異なる動きで変化していきます。

つまり、"だいたい20種類くらいの材料"がアミノ酸、それを組み合わせてつくられた「細胞的遊戯装置」がタンパク質、さらに、来場者である皆さんもタンパク質に見立てて、タンパク質同士がくっ付いたりすることで、【仮想公園】のなかでは新たなタンパク質が形成される、というわけです。

 

何はともあれ、まずは会場で遊んでみてください!

というわけでお次は「細胞的遊戯装置」を少しご紹介しましょう。

入口ブランコ

見ての通りの「ブランコ」です。が、身近でブランコをする機会も街中ではなかなか無いと思います。からだの感覚を開いて、是非ひと漕ぎしてみてください。いつもと違った身体感覚を思い出せます。

シーソー

不思議な形をしていますが、「シーソー」です。両端の下に付いている筒は柔らかい素材で出来ているので、体重を掛けるとかなり弾んで、すごい浮遊感です。バウンドのさせかたによってはかなり激しいシーソーになるので注意です! 日常生活ではシーソー的な身体感覚もあまり経験しないですよね。

その他にも、動く平均台やジャングルジムなど、なかなかスリリングな装置が盛りだくさんです。
(安全に注意しながら遊んでくださいね)

サーチプロジェクトvol.6オープン03 サーチプロジェクトvol.6オープン04

一方、壁面に投影されている【仮想公園】はどんな感じでしょう?

映像の中には、会場内の「細胞的遊戯装置」が漂っています。そのなかを歩き続ける一人のおじいさん。会場にある「細胞的遊戯装置」の動きに反応して、この【仮想公園】はダイナミックに変化していくわけですが、これがどのように変化し、そしておじいさんは一体どうなるのか!? それは会場に来られた際のお楽しみとさせていただきます。

サーチプロジェクトvol.6オープン06

そんな仮想空間に入り込む体験ができるのが"VRブランコ"です!

ヴァーチャルリアリティのヘッドセットを付けてブランコに乗るという、なんとも浮遊感あふれる装置です。会期初日から大人気です。
(体質等によっては体験していただけない場合がありますので、体験前に会場の注意書きをご確認ください)

サーチプロジェクトvol.6オープン05

先にも書いたように、これらの「細胞的遊戯装置」は、それぞれがアミノ酸でできた「たんぱく質」をイメージしていますが、体のなかにはタンパク質になる前のアミノ酸も浮遊しています。

というわけで、会場の片隅には資材(=アミノ酸)がプールされているところも。

アミノ酸プール

この「アミノ酸」を原料に、6月25日までの会期中にたんぱく質の「装置」が更に増える、かも???

自分という意識やからだの感覚と向き合う本展。一度ならず何度でも、この「体内公園」に遊びに来てください!

※お怪我だけなさらぬよう!動きやすい服装でお越しいただくことをおすすめします!

   


今週末4月2日(日)にはプロジェクトメンバーを迎えてのオープニングトークを開催します。こちらも必聴です!
ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト
オープニングトーク「ニュー"コロニー/アイランド"3 〜わたしのかなたへ〜」

日時:4月2日(日)16:00ー18:00
定員:50名程度(当日先着順・入退場自由)
ゲスト:吉森保(大阪大学 生命機能研究科/医学系研究科 特別教授)、dot architects(建築ユニット)、やんツー(アーティスト)
カフェマスター:木ノ下智恵子、久保田テツ、塚原悠也(アートエリアB1運営委員)

「見えない世界の現し方」(五十嵐大介さんをお迎えして)

 2017.3.20(B1事務局 スタッフ 菊池)

展覧会「ストラクチャーの冒険」最終日の前日、1月21日(土)に、出展作家の一人である漫画家の五十嵐大介さんをゲストにお迎えして、トークプログラム「見える世界と見えない世界を描く/漫画家・五十嵐大介」を開催しました。今回は、進行役として京都マンガミュージアムの研究員である伊藤遊さんにもお越し頂き、五十嵐さんの作品の魅力に迫りました。

「魔女」紹介

五十嵐さんは、緻密な描写と独特の世界観で、自然と人間の繋がり、神話や伝承の世界、生態系や生命のなりたちを描き出す漫画家として知られています。今回の鉄道芸術祭では、五十嵐さんの代表作の一つである短編集『魔女』(小学館)などの原画をもとにしたインスタレーションにより空間を構築しました。

五十嵐さんの代表作には、
魔女という一貫したテーマに独自の視点を加えて描かれた短編集『魔女』、
海と港町と水族館を舞台に、宇宙と生命の成り立ちに迫る長編作品『海獣の子供』、
五十嵐さんご自身の自給自足の経験をもとに描かれ、2014〜2015年に映画化された『リトル・フォレスト』などがあります。

今回のトークでは、それぞれの作品のルーツを紐解きながら、展覧会のテーマである「ストラクチャー」(文明や歴史を内包する世界の構造)に対する、五十嵐さんの視点や考えをお伺いしました。

 展覧会使用コマ

五十嵐さんの作品に共通する魅力の一つとして、非常に緻密に描かれる風景・景色がありますが、それらの風景や景色のほとんどは、実際に五十嵐さんが見てきた景色が多いそうです。

五十嵐さんにとって、旅先での風景のスケッチは、初めて行った場所や空間と仲良くなる為の行為だと言います。

もともとは、周りの生き物を観察したり、好きな歌を口ずさんだりすることで、その場所と徐々に馴染んでいく感覚があったそうですが、次第にその詩や言葉が自分のもので無いことが気になりはじめます。そして、自分なりの手法で場所へアプローチすることを考えた結果、スケッチという手法に行き着きました。
スケッチを通して、初めて会った場所と仲良くなり、描き終わった時にはその場所と繋がる感じがして、顔を上げると景色が違って見えるそうです。

「自分と空間を隔てている距離感がなくなり、"自分がちゃんとそこにいる感じ"」

その行為は、漫画のためのメモというわけでも、練習というわけでもなく、五十嵐さん曰く、その場所に「あいさつ」をする行為なのです。 

意外にも、漫画という平面的な表現に対して、空間の捉え方がすごく身体的で驚きました。

 スケッチ

今回の展覧会「ストラクチャーの冒険」では、社会や経済、そして生命のシステムを構成する既成概念や既知のストラクチャー(様々な構造や制度、仕組みなど)をアーティストが独自の視点で捉え直し、創造的にそれらを超えていく、ということが狙いの一つです。

では、五十嵐さんは、どんなふうに世界を捉えているのでしょうか。

以前、沖縄の取材から帰ってきた五十嵐さんは、飛行機から見た都市の姿が、地面にくっついている瘡蓋のように見えたと言います。何か下にあるんじゃないか、うごめいているんじゃないかと。 

また、五十嵐さんは「絵を描く」ということは「見る」ことが前提であり、「描く」より「見る」ことの方が大事で、大きな要素を占めていると言います。その結果として、こうした作品が出力されていっている、と。

おそらくこの「見る」という行為の背景には、表面的な情報をただ受け取るだけではなく、どのように見るのか、何を見るのか、そして何が見えていないのか、ということが非常に大事なこととしてあると思います。

五十嵐さんの作品をみていると、現代の日本に生きる私たちにとって、とても見え辛くなっている世界があることを再認識します。五十嵐さんにしか見えない、感じられないものを丁寧に漫画へと変換して、もう一つの世界のストラクチャーを示して下さっているのだと思いました。

 海獣の子供

 五十嵐さん

「芸術実行犯 Chim↑Pomの超戦」(卯城竜太さんをお迎えして)

 2016.12.17(B1事務局 サポートスタッフ大槻)

12月10日、鉄道芸術祭vol.6「ストラクチャーの冒険」関連プログラムとして、アーティスト集団Chim↑Pom(チンポム)の卯城竜太さんをゲストにお迎えしたトークイベントを開催しました。

 ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭 
「芸術実行犯 Chim↑Pomの超戦」

Chim↑Pom01.JPG

Chim↑Pomは、現代社会に全力で介入し、強い社会的メッセージを持つ作品を発表し続けている6人組のアーティスト集団です。アートを武器として社会の"見えない構造"に挑み、ときに超越しながら、世の中に物議をかもすアクションを次々と実行されています。そこで今回のトークでは「芸術実行犯Chim↑Pomの超戦」と題し、そんなChim↑Pom の活動における"ストラクチャーの冒険"について、今年の10月に東京の新宿歌舞伎町で開催した個展「"また明日も観てくれるかな?〜So see you again tomorrow, too?」に関するお話を中心にお聞きしました。

Chim↑Pom02.JPG 

今年で結成11年目であるChim↑Pomは、国内や海外で様々なプロジェクトを展開してこられていますが、デビュー当時からずっと東京を活動のベースとしており、東京の街中で数多くのアクションを起こされています。トークではそれらのうち、野良ネズミやカラスといった「都市における野生」への関心から生まれた《スーパー☆ラット》や《BLACK OF DEATH》、「大量生産・大量消費」への反発心を逆手にとって挑んだ渋谷パルコでの展示、「愛が目的のデモ」として新宿の路上で敢行したメンバーのエリィさんの結婚式《LOVE IS OVER》など、代表的な作品の数々をご紹介いただきました。一見すると悪ふざけのようにも見えるのですが、そこには必ず東京という都市を生き抜く若者としての鋭い感性と行動力に裏打ちされた強度があり、現代社会の在り方をあぶり出し問い直すアートの力をヒリヒリと備えているので爽快です。

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そんな東京の申し子とも言えるChim↑Pomが、"東京"について改めて考え直すことから始動した新たなプロジェクトの第一弾が、新宿歌舞伎町にある解体予定のビルを舞台とした展覧会「"また明日も観てくれるかな?〜So see you again tomorrow, too?」です。

歌舞伎町は、戦後なにもない焼け野原となったところから、一部の地主たちが様々な理想を掲げながら構想し、誕生した街です。今回会場とされたビルは、その地主たちから発足した「歌舞伎町振興組合」の拠点となってきた場所です。ビルが建てられた時期を遡ると、なんと前回の東京オリンピック開催年である1964年。そして現在、ビルは2020年のオリンピックにむけて、再び「建てこわし・建てなおし」されようとしています。
4年後のオリンピックを大義名分とした「スクラップアンドビルド」は、歌舞伎町のみならず、現在東京のあちこちではじまっています。日本は途上国から先進国へと発展し、状況も価値観もがらりと変わっているにもかかわらず、オリンピックに際し、かつてと全く同じような発想でまちづくりがされようとしていることへの違和感。今回の展覧会は、東京で日本人が繰り返すこういった「未来の描き方」を問い直すものとして企画されたそうです。

Chim↑Pom04.JPG

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トークでは、たくさんの写真をお見せいただきながら、ビルの4階から地下に至る各階の展示の様子をご紹介いただきました。ビルの持つ歴史や特性に深く迫り全力でインスパイアされながら、Chim↑Pomのこれまでを集大成して作り上げられた作品のお話はどれも面白くて、展示空間をその場で体験できなかったことが悔やまれました。そしてなんと、会期が終了した現在、ビルと一緒に展示作品も「全壊」させられています。なぜなら、作品をビルごと「スクラップ」し、その残骸を再び「ビルド」して展示することこそ、「スクラップアンドビルド」がテーマである今回のプロジェクトのフレーミングだからです。「まっさらなところで呆然としてから考えることが重要だ」と語る卯城さんからは、アーティストとして"ゼロ地点"に立ち続けようとする意欲と気概が伝わってきました。
会期中は展示だけでなく、全壊するこの場所を無形の"記憶"として残していくために、トークやライブといったイベントも数多く催したそうで、それらも大変濃度の高いものだったよう。「安全だけど安心でなくていい」という寛容さがある歌舞伎町は、街のど真ん中の会場でどんなに過激に騒いでも、自由に放ったらかしてくれたそうです。

 

トークの最後に、卯城さんが重要なこととして強調されたのは、今回の展覧会に関しては展示作りや運営、資金面など、全てにおいてChim↑Pomが自分たちの手で行ったという点です。それは、最近特に政治的な規制や検閲が顕著になり、美術館や芸術祭で出来ることが限られてきたことに理由があります。そういったしがらみに翻弄されるよりも、何か他の手を見つけて自分たちのやりたいことを実践していく挑戦として、インディペンデントで展覧会を開催することにこだわったそうです。その挑戦は、見えない社会のストラクチャーを超えていく試みであり、ストラクチャーを自らの目で見ようとする試みでもあるように思います。
すでに出来上がっている仕組みに身を任せていると、いろいろなことが見えないままに運び、いつの間にか大きな力に鈍感になってしまうことは、日常生活でも大なり小なり実感することです。Chim↑Pomや今回の鉄道芸術祭の出品作家の皆さんが、アートの力で見えないストラクチャーを冒険する姿に学びながら、私たちも常にそこへと意識を向け続けねばならないなと改めて危機感を持ちました。

鉄道芸術祭vol.6「ストラクチャーの冒険」は、会期残すところひと月ほど。皆さんも是非、見えないストラクチャーに思いを馳せにいらしてください。お待ちしております。

電車公演「クラブ電車〜ストラクチャーの冒険〜」を開催しました!

12月4日(日)に電車公演「クラブ電車〜ストラクチャーの冒険〜」を開催しました。
あいにくの雨にも関わらず、今年も満員御礼、たくさんの方にご乗車いただき、ありがとうございました。

走行する貸切電車の中で行う電車公演。
今回は駅から駅へと移動する、この日限りの「クラブ」を生み出しました。

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「クラブ」というと夜の地下スペースなどでのイベントのイメージがありますが、
電車公演「クラブ電車」は、日中に京阪沿線の車窓風景を楽しみながら、という駅から駅へと移動する「クラブ」となりました。
今回の公演は、ラッパーの環ROYさん、同じくラッパーで、環ROYさんとのユニット「KAKATO」としても活躍されている鎮座DOPENESSさん、そして島地保武×環ROYとして愛知県芸術劇場で舞台作品「ありか」を発表された、ダンサーの島地保武さん、PA/音響の岡直人さんによる特別編成の「環ROY×鎮座DOPENESS×島地保武×岡直人」
日常生活にある五感をテーマに、絵画、彫刻、映像、サウンドを自在にリミックスし作品を編み上げるマルチアーティストの和泉希洋志さん。
イラストレーターとして雑誌やweb、広告媒体、CDアルバムジャケット等音楽関係で活動され、2014年からファッションブランド「Né-net」とコラボレーションも展開されている鈴木裕之さん。
ゴミや廃材などの収拾物、印刷物や写真など既存のモチーフに描くドローイング作品やインスタレーション、グラフィティを用いた作品などを制作され、アーティストユニットcontact Gonzoとしても活動されているNAZEさん。
というバラエティ豊かな出演者を迎えました。
加えて、DJタイムの選曲者として、鉄道芸術祭vol.6「ストラクチャーの冒険」展の参加アーティストである五十嵐大介さん、インビジブル・デザインズ・ラボさん、榎忠さんにもご参加いただきました。


当日の様子を少し、ご紹介します。

受付を済まされた参加者の皆さんは特別切符を手に、中之島駅の3番のりばから「クラブ電車」にご乗車いただきます。
会場となる貸切電車は、大阪側車両からA・B・Cと名付けた3車両。ご家族連れでゆったりと座るも良し、混み合うアーティストの近くでパフォーマンスを楽しむも良し。3車両の中を参加者は自由に行き来していただきます。


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車掌さんからのアナウンスがあると扉が閉まり、いよいよ「クラブ電車」が走り出しました。
発車までの五十嵐さん選曲によるDJから一転、B車両で行われている和泉さんのライブ音がスピーカーを通して各車両内に響き渡り、車両内は一気に非日常的な雰囲気に変わります。

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3車両とも扉横のポスター掲示枠には広告ではなく、鈴木さんとNAZEさんの作品が掲示されており、吊り広告スペースには白紙が吊られています。

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いつもと少し、雰囲気の違う車両内。
画板を持った鈴木さんとNAZEさんたちは、鈴木さんがA→B→C車両(大阪側→京都側)へと、NAZEさんがC→B→A車両(京都側→大阪側)へと、ライブペイントをしながら進みます。
ペイントされた紙は、次々と吊り広告スペースに吊られていきます。

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鈴木さんとNé-netのコラボアイテムで全身コーディネイトされた鈴木さんファンの方々は、吊り広告をバックに記念撮影をされていました。

樟葉駅で停車すると、和泉さんのライブは終わり、インビジブル・デザインズ・ラボさんと榎さんの選曲リストによる、再びのDJタイムに。
樟葉駅周辺の緑豊かな景色を眺めつつ「汽車ぽっぽ」やHajime Tachibanaの「Bambi」などの曲がつながります。

電車は樟葉駅で折り返し、再び大阪方面へ走り出します。

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帰路の車中では、環ROY×鎮座DOPENESS×島地保武×岡直人によるパフォーマンスがスタート
環ROYさんと鎮座DOPENESSさんが乗客の間を行き来しながら、ラップを繰り広げ、それに呼応するように踊る島地保武さん。

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ラップ、ダンスと共に鈴木さん・NAZEさんによるライブペインティングも進み、車内を盛り上げていきます。

この日、この場限りの「クラブ電車」は京橋駅を通過し、地下へ潜り、終着のなにわ橋駅へ到着しました。
それぞれのパフォーマンスに目を奪われているうちにあっという間に終演を迎えた電車公演。
いつもの京阪電車の車内がアーティストの力で非日常空間に変えられ、とても印象的な小旅行でした。

ブリッジシアター ダンスボックス アーカイブプロジェクト「Nước biển / sea water」

アートエリアB1では、10月12日〜29日にNPOダンスボックスの企画による展覧会「『Nước biển / sea water』特別展示上映」を開催しました。

アートエリアB1を運営する団体の一つであるNPOダンスボックスは、1996年に大阪で始動し、現在は神戸・新長田に拠点を移して、今年20周年を迎えます。

今回の企画展は、ダンスボックスの20年の軌跡を整理・公開する「アーカイブ・プロジェクト」のプレイベントとして開催。本展では、ダンスボックスディレクターでありcontact Gonzo主宰の塚原悠也のディレクションによる舞台作品「Nước biển / sea water」 (作・出演/ジュン・グエン=ハツシバ、垣尾優、松本雄吉)を特別公開しました。(Nước biểnはヌックビエンと読みます)

会場では、神戸と東京の公演の記録映像を上映するとともに、松本雄吉さんが読み上げられたテキスト、衣装、小道具なども合わせて展示。

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海の水と、身体のなかに存在する水分のあり方、循環する水のあり方と仏教的な生死感を頼りに制作が進められた本作の公演では、体内にある血液の量に近い30リットルの海水を、出演者が汲みに行くところから舞台が始まります。

今回の展覧会場では、同じく30リットルの水が入れられたタライ、松本雄吉さんが舞台で読み上げられたテキスト、小道具や衣装なども展示され、それらを介して作品の断片を垣間見る空間となりました。さらに、本展では、Skypeでの打ち合わせの音声記録も展示されました。そのなかには、ふっとダンスが立ち上がる瞬間があり、本番の映像だけでは触れることのできない体験となりました。

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最終日に開催された、クロージングイベントでは、「アーカイブ」をどう捉えるか、ということをテーマに、共同製作者の垣尾優さんと、舞台芸術批評にも携わる高嶋慈さんを迎え、作品のディレクションを務めた塚原悠也と、NPO法人記録と表現とメディアのための組織理事でもある久保田テツ、 ダンスボックスの20年間の活動に携わる文が対話を繰り広げました。

アーカイブをする側の意識とされる側の意識、技術の状況、記録から公開までの時間間隔、そして公開する側の意図によって、アーカイブのあり方は多様に変化し続けます。

個人的な思い出として記録された映像も、記録されてから長い時間が経てば、それは"人類の記録"にもなり得ます。

本企画を皮切りに始まる「ダンスボックス アーカイブプロジェクト」では、過去20年分のアーカイブを公開する予定です。そこでは、生の舞台とは異なる身体の魂が見えるかもしれません。そして、アーカイブ展が作品としてアーカイブの対象となり、それがまたどこかで異なる形で公開され、アーカイブされる......。そうしてどんどん拡張し、変幻自在にかたちを変えていくのかもしれません。

2月にアートエリアB1で開催するダンスボックス アーカイブ展も是非ご期待ください!

「写真家/畠山直哉との対話」

6月11日(土)、現在開催中の企画展「サーチプロジェクトvol.5」関連プログラムとして、写真家の畠山直哉さんをお迎えして、トークイベントを開催しました。

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畠山さんの本展への出展作品《陸前高田》は、会場の入口の正面にあります。たくさんの方が、立ち止まったりベンチに腰掛けて、静かにその写真に見入っておられます。

畠山さんは、ご自身がこの陸前高田のご出身です。ご実家も被災して家の土台だけが残っていたそうですが、それも壊して別の土地へ移転しなければいけなくなった、と土台だけになったご実家の写真を映しながらお話をしてくださいました。

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出展作品《陸前高田》の写真には、畠山さんのご意向で、撮影された日付が一枚一枚それぞれに入っています。

畠山さんは、「当初は日付の重要性を感じていなかった」とおっしゃいます。

けれど2014年、この陸前高田の写真を本にすることになったとき。一連の写真をざっと見直して、これらの写真には日付が必要だ、と思われたのだそうです。

同時期に撮影された写真でも、一方では瓦礫の片付けが進み高台造成がはじまっている写真もあれば、もう一方では手付かずで物が散乱したままの校舎内部を写した写真もあります。畠山さんはこういった手付かずの状況を撮った写真も見せたいと思われました。でも、整備の進んだ状況の写真の後に未整備の写真が出てくると、見る人が前後関係がわからなくなって混乱してしまう。

それを避けるために、写真集のページには全て日付を入れたのだそうです。

 

今回出展されている200点のスライドショーの写真に日付を入れたのもそのためです。と、畠山さんはおっしゃいます。「あぁ、5年たってもあまり変わっていないんだな」等、写真を見た人がそれぞれに考える助けとしての日付なのだと。

そのお話を伺いながら、展覧会へご来場くださった方々が、畠山さんの作品の前で、写真と日付を静かにじっとご覧になっている後ろ姿を思い返していました。畠山さんの作品を見ながら、来場されたおひとりおひとりが様々なことを考えられています。そしてそこから、一緒に来られた方々や会場スタッフとの対話が日々生まれています。

  

そして畠山さんは、「自分は災害写真家ではない」とおっしゃいます。"被災状況を伝えたい"という他の人とは違って、まさにこの場所で生まれ育った、その自分の想い出やある種の嘆きと共に撮っているのだと。

そんな中、畠山さんの事情を知らない人が写真を見て、「この人はこの土地に何か関わりのある人だ」と会いに来てくれたことがあったそうです。

言語情報を越えて、写真から多くのことを受け取ってくれたことが嬉しかった。と、畠山さんは笑顔でおっしゃっていました。

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会場からも、たくさんの質問が挙がりました。その中のひとつに、「畠山さんにとっての風景とは?」という質問がありました。

畠山さんは、風景とは元々中国の言葉で「風光」とほぼ同義語であるとおっしゃいます。草原にぼんやりと立っていて、ふと風が吹いて草がなびき、太陽の光を受けてキラキラと反射する。そんな今、ここのあなたの心を問題にした言葉だと。

けれどヨーロッパ語的な「ランドスケープ」や「ペイサージュ」は、土地や国、領土の眺め。つまり出来事から距離をとって俯瞰して観察する態度のことなのだと話を続けられます。そして畠山さんは、ご自身がヨーロッパの風景芸術の歴史に親しまれているので、どちらかいうとランドスケープの感覚で風景を理解されているのだそうです。

でも、他の日本の方はもう少し心や心理に近い風景観を持っている可能性がある。そう言いながら、「山」を例に出してさらにお話を深めてくださいました。

山は物体であり、岩が盛り上がっているだけ。でもそこに物体以上の意味、ある種の気持ちを込めて山と呼ぶのだと畠山さんはおっしゃいます。そしてそのように、人間の精神と物質世界がまじわるところにあるのが風景なのだと。

ランドスケープの西洋にあっても、自然の中に身をおいた人間が何かを感じるのは世界共通。けれどその感じ方には地域性時代性がある。そしてそれを考えるためには、「風景芸術」はいい入口になるのだそうです。

最後に、「陸前高田の『風景』は、これらの話から推測してほしい」そうおっしゃって、畠山さんはお話を締めくくられました。

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畠山さんのお話から、充実した対話が繰り広げられました。

 

今後もサーチプロジェクト関連プログラムは続きます。

皆さんで対話を行う機会を共有してみませんか?

会場へのご来訪をお待ちしております。

SF的災害考ー地質学者・佐伯和人さん、中野昭慶さん(特技監督)作を中心に大いに語る。

6月3日、ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「『日本沈没』からみるSF的災害考 ー 中野昭慶さん(特技監督)作を中心に大いに語る。」を開催しました。 

当初のタイトルは「『日本沈没』からみるSF的災害考 ー 中野昭慶さん(特技監督)をお呼びして」でしたが、中野さんが体調を崩されたため、出演が困難となり、急遽「 ー 中野昭慶さん(特技監督)作を中心に大いに語る。」に変更し、惑星地質学・鉱物学研究者の佐伯さんにSF映画を専門的考察を元に、マニアックに語っていただきました。

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隕石研究や惑星探索、火山の観測などで活躍されている佐伯さん。
まずは、SF映画に多大なる影響を受けて科学者を志されたとまで仰る佐伯さんの、SFをはじめとする映画・テレビ三昧の生い立ちから。
第一線で活躍する研究者となられた今も、映画やテレビで未来・科学への憧れを養った少年の頃の熱意を忘れることなく当時の作品を愛している事、いまの佐伯さんのベースになっている部分があることが伝わってきました。

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そして、本日の主題、特撮を多数手がけられ、「爆破の中野」との異名をもつ中野監督作品の紹介に。
参加者の方々に中野監督作品をご覧になったことがあるか尋ねてみると、多数の方が挙手。初期の作品も多く見られてる方もいらっしゃいました。
当時、映画制作会社に出入りされていた方もおられ、当時の話や、レンタルではなかなか見かけない作品の話など、皆さん語りに熱が入ります。

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佐伯さんから、新旧「日本沈没」、「大地震」、「地震列島」、そして「妖星ゴラス」。中野監督作品を含む、災害パニックの名作をご紹介いただきます。

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ネタバレしない程度の設定や絶妙なポイント紹介、登場人物の背景設定や、時代背景による地震発生メカニズムの学説の変化など、佐伯さんならではの考察も盛りだくさん。全作品、すごく見たくなりました。

「日本沈没」や「大地震」でのガラスの破片が顔中に刺さったショッキングなシーンは地震発生時には建物に近づいてはいけないことを、「地震列島」のエレベーターが宙吊りになるシーンではエレベーターの危険性を、見た人に伝えていました。

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また、「日本沈没」では当時としては新しい説だった「プレートテクトニクス」について語られていることに言及され、地震多発地帯・日本で地震がテーマの映画を見ることで、地震に対する知識が自然と身につき、私自身も影響を受けていたことに気付かされます。

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いまや誰もがスマホで写真・動画の記録ができる時代。ならではの映像表現とはなんでしょうか。
最近の災害や事故では、一般の方が撮影した事故当時の動画や写真がニュースで多く見られます。映像を撮ることに注力するあまり、逃げ遅れてしまうこともあります。映像を撮るより前に安全を確保すること、逃げることを最優先することを、いまの時代へのメッセージとして締めくくられました。

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最後はYoutubeにアップされている、今日紹介した過去の名作たち、劇場公開間近の「シン・ゴジラ」のトレーラーを鑑賞し、今回のトーク「『日本沈没』からみるSF的災害考ー 中野昭慶さん(特技監督)作を中心に大いに語る。」を終了しました。

今回のトークで、中野監督作品やSFパニック映画への予備知識をしっかり仕込めたので、次回の開催は是非、快復された中野監督にお越しいただき、制作サイドからのお話しを聞かせていただきたいです。

当時の時代背景と絡めながら、ユーモアたっぷりに語っていただいたSF的災害考。
佐伯さんの好奇心と探究心に惹かれ、観たい映画がたくさんできました。


帰りにレンタルショップへ立ち寄られた参加者の方、多いのではないでしょうか。

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薄れていく記憶やバラバラになっていく個々人をつなぐアーカイブ(せんだいメディアテーク学芸員・清水チナツさんをお迎えして)

5月27日、「記録と想起/災害とアーカイブ」というテーマで、せんだいメディアテーク学芸員の清水チナツさんをお招きして、対話プログラムを開催しました。
「カフェマスターの久保田テツさん、参加者のみなさんを交え、紡いでいけたら」とおっしゃる清水さんのあいさつから、プログラムはスタートしました。

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せんだいメディアデークは「美術や映像文化の活動拠点であると同時に、すべての人がそれらを使いこなして自由に情報のやりとりを行うこと」を支援する公共施設です。せんだいメディアテークでは、市民協働を掲げ、市民が自らスタジオ機能を持つメディアテークを利用し、たとえば、昭和の街の風景が記録された8m/mフィルムなどを収集し、デジタル変換し、それらの成果がメディアテークに保管、ライブラリーに公開され、また新たな市民の活動に利用されていくことなどに主眼が置かれています。
東日本大震災後、部分的に再開する際にもこのモデルを活用し、市民協働での「3がつ11にちをわすれないためにセンター(わすれン!)」プロジェクトがスタートしました。わすれン!には、実際にたくさんの方々が参加され、清水さんはこの方向で進んで行くことに見通しを持ったそうです。

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市民が主体となっていく中でいろいろな課題が現れました。
たとえば、その経験のなさゆえ、職業としてカメラマンをしている人々に交じって記録をすることに委縮してしまったり、あるいは、記録はしたいがそもそも手段を持たなかったり。こういった場合には、わすれン!のロゴが入ったプレスキットを渡したり、ビデオカメラの基本的な操作を教えるワークショップなどを開くことで、「記録活動」へのアクセスを図ったそうです。
また、集まった映像の公開も早い段階から着手し、来館者からアーカイブを見たいという声も増え、アーカイブの一部を英訳したものも公開したといいます。

こういった取り組みは、時間の経過とともに当時の経験が語りづらくなっていくことへの抑止になり得ます。また、受動的に映像を浴びるのではなく、自らが能動的に「まなざす(眼差しをもつ)」主体へ回帰を促すという点でとても重要です。

また、活動は「記録」だけにとどまらず「てつがくカフェ」など、さまざまな立場を超えた対話の形もとられました。ここでは、「震災を語ることへの負い目」「震災の当時者とは誰か」「故郷(ふるさと)を失う?」などの問いから対話が進められました。
5年経った今でも、原発事故により広域避難を強いられている方がいて、その課題に向き合うために、一年目の対話「〈ふるさと〉を失う?」を文字起こして冊子にまとめ、当時の感覚を多くの人に呼び戻した上で対話するてつがくカフェも予定されています。

こういった、活動のなかで清水さんは人々の力を実感したと言います。
「こういった活動から寄せられる記録はマスメディアの映像や写真と比べ、一見とても小さく、個人的な記録のようにも思えます。ですが、個人の視点を手放さない記録は、見るひとに「そこに自分たちのことが映っている」という実感を生みます。そういった記録が公の場へ持ち込まれ、多数の個人の目に触れる機会があると、それを見たひとのなかに埋もれていた感情や記憶を呼び覚ます装置になっていく。」

また「誤解を恐れずに言うならば」、と前置きした後に清水さんは以下のように続けました。

「震災はとても辛いことや、悲しいことがたくさん起こりました。けれど、同じくらいのユーモアもあったと言う方もいます。過酷な日々が続くなか、それを跳ね飛ばすように生まれたユーモアはつらい状況を乗り切るうえでは大事なことだったと感じました。」
アーカイブは悲しみや悲惨さに焦点が当たりがちですが、そうなると、向き合うこともつらくなり、距離をとることでしか、守れなくなってしまう。そうならないためにも、今後はその裏に流れていたユーモア、力強さにも焦点をあてていきたい。そう切々と語る清水さんの姿が印象的でした。

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会場を交えたトークに移ると、「当事者」と「非当事者」を巡って問いかけがありました。
震災後、自分よりも被害を受けた人々への気配りがあるがゆえに、語ることを躊躇(ためら)われる方も多くいらっしゃったと言います。しかし、語りつぐことが困難になると、今後重要になってくるであろう共有、蓄積ができなくなってしまいます。
また、「非当事者」でない人間が震災を語ることで、考えや経験が伝えられる一方、また別の意味を帯びてしまうという難しさもあります。 こういった課題には、肯定、否定の二択ではなく、「獲得される当事者性もある」という気づきを得ながら、どう肯定していくのか、どのような向き合い方の可能性があるのかが話し合われました。

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清水さんは、今後の活動について、まず震災アーカイブを震災だけに結晶化する方向ではなく、地域のアーカイブとして統合していく取り組み。そして、被災地の外での発信を挙げられました。もちろん、被災地の外への発信は、受け取り方に差がでてしまうという側面もありますが、同じように災害を経験した土地やそこから歩き出そうとする人々がいる。地域や災害の種類で分類していくことよりも、すこし抽象度をあげて、そこにある困難や課題に対して対話出来る場をつくり、薄れていく記憶やバラバラになっていく個々人をつないでいくことはやはり重要な課題といえます。

当事者・非当事者の二分法を抜けて、私たちはどう考え、どうつながりを構築していったらよいのか。正解のない問いを考えるうえで、とても大切な時間となりました。

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アートプロジェクトの記録とその意味(映像家・岸本康さんトークプログラム)

現在開催中のサーチプロジェクトvol.5関連プログラムとして、出展映像作品「ジョルジュ・ルース「廃墟から光へ」(Ufer! Art Documentary) 」の監督をされた映像家の岸本康さんをゲストに、対話を行うトークイベントを開催いたしました。


この作品は阪神淡路大震災後に被災地で行われたアートプロジェクトのドキュメント映画です。現在は被災地の復興支援として一般的となった地域のアートプロジェクトですが、当時はほとんど前例もなく、このプロジェクトはそういった活動の先駆けとなったプロジェクトであり、作家の目線だけではなく企画主催者、支援者やボランティアを交えた目線で記録されている貴重な映像作品です。

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まず岸本さんの「映像家」としての活動の紹介がありました。
岸本さんは今回出品されているような美術作品の制作プロセスを記録した映像作品の制作をされていて、これまでに森村泰昌さんや杉本博司さん、田中敦子さん、束芋さんなどの日本を代表する美術作家の記録を制作されています。
美術作品の記録は写真が多く、なかなか映像で残すところまで予算が出るプロジェクトは少なく、自らの作品としての自主制作が多いとのこと。

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また、作品に映像を使用する美術作家の機材面・システム面など、映像作品を出力する際のテクニカルの仕事もされています。トーク会場では束芋さんの2011年ヴェネチアでの作品制作を追ったドキュメンタリーをご紹介頂き、円筒状に映像を出力する作品の、スクリーンの制作からプロジェクターの選定やレンズ、出力の方法の考案など作家と共同でテクニカルスタッフとして作品制作に関わられている姿をご紹介頂きました。
「美術家」と言うと一人ですべての制作を行っているような印象受けますが、実際には様々なテクニカルスタッフの協力で成り立っている作品も多く、演劇の場合で言うと美術家は演出家のようなポジションであることが多いそうです。

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このように、岸本さんは様々な形で映像に関わるお仕事をされているのでご自身の肩書きが難しく、今回考案した「映像家」という肩書きを使用していきたいと仰っていました。

美術作品の制作プロセスを記録撮影するということについてのお話で、いわば作品の舞台裏とも言える制作現場を見せたがらない作家さんもいらっしゃるそうです。作品として最高の瞬間を残すことを目指しているため、中途半端な状態を残し公開することを嫌う作家さんと意見が対立することもあったそうですが、何度も制作記録のあり方を話し合った結果、現在は映像制作を許可されているという経験もあった、と仰られていました。

制作記録の映像は、作品を紐解く貴重かつ重要な資料となりうるという話もありました。どのような手順や状況でその作品が制作されたのかを映像で残すことは、作品に込められた思いやコンセプトを、作品そのものを鑑賞することとは別の角度から、写真や文章などより更に具体的に残すことが可能で、制作された作品を時間が経過してから再度考えていく場合など、とても重要な手がかりとなります。

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美術作品の制作へ関わることはない方々にとって、作品展示だけでは知り得ない制作の過程や作家さんやスタッフの思い、コンセプトに触れる機会があるということは、展覧会などで展示されている作品を鑑賞するよりも、さらに奥まで知る事の出来る(作家に話を直接聞くなどを除いては)作家を近くに感じる事の出来るとても有意義なものだと感じました。記録映像には作品を一見しただけでは気づかないようなこだわりや構造が、作家自身の姿や所作、またその時代背景などと合わせて映り込んでいる場合があり、とても興味深かったです。

肉眼で見えないものを撮る(写真家・志賀理江子さんトークプログラム)

5月14日(土)、サーチプロジェクトvol.5出展作家のお一人で写真家の志賀理江子さんをお招きして、対話プログラムを開催しました。
今回のプログラムは志賀さんの写真作品《螺旋海岸》が背後に望める「庭」での開催となりました。

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志賀さんは2008年に宮城県へ移り住まれ、名取市北釜という小さな地域で地元の写真屋さんとして暮らすとともに、住民の方々の昔語りを記録し、それを基に住人の皆さんと共同で写真作品《螺旋海岸》を制作されました。今回の展覧会ではその一部が展示されています。


志賀さんが写真という表現メディアを選んだ理由からお話は始まりました。
写真というメディアの気軽さとそれの持つ問題について。
初対面でも写真を撮ればその人のイメージが手に入ってしまう、知れるという手軽な一面と、そのある種万引きのような気まずさを共に感じながらも、写真というビジュアルイメージの持つ強さに惹かれていったそうです。


そしてお話は宮城・北釜へ移り住まれたことへ。
移り住む前と後では、写真の価値観が大きく変わり、そこには写真で地域の皆さんの為に出来ることがたくさんあったそうです。
北釜の町の写真屋さんとして町の会合や婦人会、夏祭りなどを撮影していくうちに次第に人々と打ち解け、だんだんと家族写真や飲み会、亡くなった方との最後の写真、などとてもプライベートなオファーが増えていきました。

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今まで見たどんな写真や映画よりもずっとパワーを持っているという北釜の人々と家族のような生活をしていくうちに、年配の方から昔のことを聞かせてもらう機会が増え、90年前は現在といかに違い、その時代を生きてきた人々の激しさとドライさに触れていくうちに、その昔語り(オーラルヒストリー)を記録させてもらうようになりました。
その膨大な昔語りに、志賀さんは目に見えない力を感じ、大きな影響を受けたそうです。

そして、その目に見えないすごい力、北釜の人々が持つ「地霊」のような肉眼に写らないものを写真に撮らないといけないと感じ、「螺旋海岸」シリーズの制作が開始されました。
昔から町で行っている神社などの儀式では、皆さんが獅子舞や司会など普段とは違う役割を「演じて」います。
写真ではそれに則り、儀式として、お聞きした昔語りを基に何かを「演じて」もらい、「地霊」を呼び出して、撮影されています。

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そうして、たくさんのことをみんなで共有しながら、共同して作品を制作するなか、2011年に東日本大震災が起こり、海辺に位置していた北釜は津波で大きな被害を受けました。
「津波は誰にも平等に来て、被災の個人レベルが違い過ぎ、残酷だった」と志賀さんは言われます。

しかし避難所では意外にも笑いが溢れていたことや、一方で土地の再建計画から見える「資本」の暗い部分、住む場所がなく生活習慣がぽっかりなくなり、痴呆になる方もいたという身体と記憶のお話、震災以前と以後は繋がっていて括って分けるのは違う、といったお話が続きました。

避難所で生活しながら、志賀さんは津波で流された写真を倉庫へ集めて洗い、持ち主へ返す活動に参加されていました。
家と家族を津波で流された方が写真を探しに来られ、家族の姿を見られる唯一のものである写真は、その方にとって生身の家族と同じ価値を持つものになっていました。その一方同じ場所で、自分のいらない写真を捨てる人もいて、その方にとってはそれはただの紙。
ただの紙から生身の人間まで、写真の価値は様々に変わり、目に見えない価値が揺れるからこそ関わり方次第で意味が違ってしまうのが重い、と仰られていたのが印象的でした。


最後に参加者の方からの質問の時間となりました。
志賀さんの作品は北釜の人々にどう見えているか?どれだけ北釜の方々が語ったオーラルヒストリーは事実だったと思うか?インディペンデントな小さなメディアについてどう思うか?などの質問が出ました。
志賀さんはひとつひとつの質問に丁寧に答えられ、どこで何が起こるか分からない、全て同じ星で起こっている事で、ありとあらゆることが生きていることに繋がっている実感と、今まで沢山の人が生きてきた時間の中で、自分が生きているという時間の感覚を思う、というお話で終わりました。

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志賀さんの作品は一見すると「ホラー」などとみられてしまうような、不思議な色・暗さや雰囲気を持っていますが、その根底、コンセプト、制作には非常に人との繋がりが強く結びついています。
「〈北釜の生活展〉みたいにしたらたぶん意味が違っていた」と志賀さんは話されていましたが、北釜の生活や人生、エピソード、その土地に脈々と受け継がれた目に見えない何かが輪郭を変えて、確かに写真に写り込んでいるように感じました。
震災や津波などを実際に体験されたその場のお話を聞くと、自分では想像もし得ない現実をまざまざと目の当たりにし、言葉が出て来ない、ということがありますが、その現場の感触を何万分の一かでもお話から受けるとる、ということがこれからの自分たちの災害への関わり方、所作へと繋がる大事なことだと感じます。

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