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「駅舎の建築と余剰の美学 バタイユの全般経済学から」
ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭vol.10

 2020.11.10(B1事務局 小原)

2020年11月10日に、鉄道芸術祭vol.10「GDP(Gonzo dot party)」のイベントプログラムとして、『呪われた部分−全般経済学試論・蕩尽』をはじめとして、思想家ジョルジュ・バタイユをめぐる数多くの著書/訳書を手がけるフランス文学者の酒井健さんをゲストにお招きして、トークを開催しました。 カフェマスターは、メインアーティストのcontact Gonzoの松見拓也さん・三ヶ尻敬悟さんと、dot architectsの家成俊勝さん、そしてアートエリアB1運営委員の木ノ下智恵子さんです。

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本展では、現代の経済システムがもたらす生産性・有用性重視の価値観を疑問視し、アーティスト独自の手法で、「経済」の捉え直しを試みています。その企画を構想する上で参照したのが、バタイユの著書「全般経済学試論」に見られる「蕩尽」という考え方でした。また、当館が京阪電車の駅構内に立地していることもあり、今回のトークでは、バタイユの「全般経済学」をふまえた「駅舎の建築と余剰の美学」について、酒井さんにお話いただき、続いてメインアーティストたちを交えた対談を行いました。

ゲストの酒井健さん

文学、哲学、宗教、経済、性、社会学など多くの分野を網羅するバタイユの「全般経済学」の紹介から、酒井さんのお話はスタートしました。 バタイユは、20世紀の二大世界大戦を経験したことで、戦争ではない消費のあり方を求め、考察するようになります。その中で有用性を求める近代経済学を批判し、「蕩尽」に大切な面を見出したといいます。バタイユのいう蕩尽とは、無益だけれども、芸術などを通して心から体までをも震わせて感動するといった、人間にとって最も大切なエネルギーの消費などを指しています。

酒井さんは、そういったバタイユの蕩尽の思想をふまえて、スペイン人建築家であり構造家のサンティアゴ・カラトラバの手掛けた駅舎を例に、建築物における余剰の美学についてお話されました。実用性のみを追求するイメージが強い駅舎ですが、カラトラバのつくる駅舎は、本来の駅の機能に加えて無益な喜びともいえる要素を取り込んだデザインとなっています。

カラトラバの代表作のひとつであるリエージュ=ギユマン駅(下記写真)は、ベルギーの交通主要都市リエージュに建っており、ヨーロッパ一美しい駅舎と称されることもあるそうです。この駅舎には、見開かれた目、掌の広がり、裸体のくびれなどの有機的な身体表現のインパクトがデザインに取り込まれており、周辺環境を含めた芸術作品にならしめています。

リエージュ=ギユマン駅.png

他にも、サン=テグジュペリ空港駅(フランス、リヨン)やシュテーデルホーフェン駅(スイス、チューリッヒ)など、カラトラバのつくる駅舎には、身体的な動きをデザインなどの機能的には無益な要素が、本来の機能にプラスアルファで取り込まれています。その結果、移動の通過点にすぎない駅舎という施設において美と感動が生まれ、芸術的価値が付与されるのです。移動のためだけでなく、駅に行くこと自体が喜びとなるような変化が生まれることになります。実際に、このリエージュ=ギユマン駅を見るためにリエージュを訪れる人が非常に増えたそうです。カラトラバ以前の駅舎において、このような無益な価値は注目されてこなかったようです。

カラトラバによって描かれた人体のデッサン.png

カラトラバの建築に影響を与えたのは、今もヨーロッパの街中に存在している教会たちです。中世に建てられたこれらの教会では、人面葉樹の精霊と聖人たちの彫刻が横並びで配置されたり、古代ローマ時代の伝説上の生き物や異教の大道芸人、あるいは男女が求愛するおおらかな図像が彫り込まれるなど、キリスト教には直接関連のない多種多様なものたちが共存しています。ここに、バタイユのいう蕩尽のありようを見てとることができます。

しかしルネッサンス以降は、自然界と人間は異なる秩序あるものとして切り離され、人間を中心に据えた有用性を求める文化が続きました。 バタイユも若いときは信仰深く、こうした中世の教会堂で祈りを捧げながら、余剰の美が現れた彫刻を目にしていたと言います。

また、カラトラバもこれらヨーロッパの歴史をふまえながら、「建築は運動的なものであふれている」という考えに至りました。そして、駅舎を設計するなかで、駅としての機能を重視しつつ、周囲の自然環境との協調、そして人体の動きから発想した無益で美しい部分も取り入れていこうとします。まさに最適化の中に、無益で無意味なものも取り込むことにあえて取り組んでいるのです。

最後に、メインアーティストのお三方も加わって、バタイユの蕩尽という思想と、その思想を感じさせるカラトラバの駅舎について、対談が行われました。

本来は実利的な通過点に過ぎない施設から「行きたくなる駅舎」という側面が強まった経緯や、パフォーマンスの場としての駅舎の可能性、そのほか有用性のある商業施設と化している現在の日本の駅舎とカラトラバの駅舎の違いなど、多岐にわたって話が展開されていきました。駅構内に立地する当館を会場に、経済を捉え直すための「創造的実験」を繰り広げるお三方の視点も加わったことで、さらに興味深いお話がいくつも生まれました。 そして芸術を通して、蕩尽が人間の大切な側面であることを発信していく意義を、再確認することができました。

ゲストの酒井健さんと、鉄道芸術祭vol.10メインアーティストたちの対談の様子.png

 
△ 「踊ることの政治学」 - 2020.11.11(B1事務局 スタッフ 丸塚)
▽ 創造的実験「パーティー03/Make the money factory」 - 2020.11.5(B1事務局 清澤)

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