2019年12月 イベントスケジュール

クロージング・トークセッション「いとうせいこうとめぐる都市の身体」
ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭vol.9

 2019.12.22(B1事務局 サポートスタッフ 深川)

10月26日から約2ヶ月にわたって開催してきた鉄道芸術祭vol.9「都市の身体〜外から眺める私たちの輪郭、遠くから聞こえてくる私たちの声〜」が、とうとう閉会となりました。

展覧会ならびに関連イベントを通じて多くの方にご参加いただいた鉄道芸術祭のクロージングを祝して、ラップ、小説、詩、MC、演劇etc...さまざまなフィールドを横断しながら言葉の表現に挑戦し続ける、いとうせいこうさんをスペシャルゲストにお招きして、本展参加アーティストの小沢裕子さん武田晋一さんとのトークセッションを開催しました。

いとうせいこうさん独自の視点と巧みなトークによってアーティストたちと作品の様々な側面が引き出され、会場は終始笑いと熱気に包まれ充実した時間となりました。

▶︎クロージング・トークセッションの詳細はこちらから

ギャラリーツアーはジョンペットさんの作品からスタート

 

前半は、いとうせいこうさん、武田さん、小沢さんによるギャラリーツアーです。
2人のアーティストがいとうさんに自ら作品解説を行いました。

《running》の説明をする武田さん本展で、武田さんは雑草を自ら漉いてつくった紙、複数枚の木の板から構成されるベンチ、ご自宅の庭から刈ってこられたススキ、雑草など、身近で素朴な素材からなる作品を発表しています。

会期中、特に多くの注目を集めていた鉄道草ことケナシヒメムカシヨモギを使った新作《running》。時計の動く仕組みを利用した土台に刺された鉄道草が列をなし、ゆっくりと時計回りに回転する作品です。鉄道草は日本の鉄道の展開とともに全国に広がっていった植物であることから、本展のタイトルにも含まれる鉄道と都市にも深く関係する草です。一方では、都市における雑草のしたたかな戦略を、他方では私たちの身体に染み込んでいる都市の時間感覚を象徴的に扱った作品であると武田さんは語ります。



《石松三十石船道中》の説明をする小沢さん



一方の小沢さんは、本展に参加することになった際、頭に浮かんだのは「大阪」と「伝統芸能」をテーマにすることだったそうです。大阪をテーマに設定したとき、見えてきたのはたくさんの「外国人観光客」だったといいます。そこから着想を得て、外国人と日本人の方々に協力してもらいかたちになったものが今回の浪曲、言葉、コミュニケーションを用いた作品でした。

出展作品である《SPEAKERS 日本語学校の先生と生徒》と《石松三十石船道中》は、どちらも日本語話者と日本語話者でない人々が登場します。そして、耳で聞き取った言葉を意味がわからないままに、自分の口から発して(歌って)相手に伝えたり、感情を表現するという点で共通しています。
この作品の制作後、小沢さんが外国人参加者に感想を尋ねてみたところ、「(言葉の意味が)わからなくても、わかっているような演技をした」という答えが返ってきて、「人間は言葉に意味が伴っていなくても演技をする生き物なんだな」と感じたと述べました。



ギャラリートークを踏まえて、後半はアーティストたちの過去作を参照しながらのトークセッションです。ここからは、印象的だったいとうさんのコメントを引用しながらトークを振り返ります。

後半のトークセッション風景

「あえて無関心なものを展示する。自分の意識なんて大したことじゃない。関心のあるもの=自分の好きなものということは、ほんの小さなことなんじゃないかな。」


いとうさんと武田晋一さんとのトークでは、「無関心」というワードが印象的でした。武田さんの過去の作品の一つに、本棚を運ぶ、というものがあります。本棚の中には武田さんがまだ読んでいない本が詰められており、それを観賞者が自由に読むことができるという作品です。

"まだ読んでいない本"という点に着目したいとうさんから、「無関心」というワードが出されました。無関心というと冷たい印象を受けますが、無関心とまではいかないまでも、武田さんと作品との間には何ともたとえがたい距離感があるように思います。



いとうさん(中央)と武田さん(右)

「ものを運ぶ武田さん自身が、移動しながら行った先で作品を開いては、また作品を運びながら移動する植物みたいになっちゃったんだ。」


武田さんの作品は展示する場所、移動手段など、その空間、その時々の条件や要素を踏まえて構成されています。今回も、鉄道芸術祭のテーマである鉄道、都市と身体の関係ということから作品が発想され、移動手段である電車で運べるよう設計され、また会場ではジョンペットさんや小沢さんの作品とも関わるような展開がみられます。こうして様々な条件に合わせていくことで成立する武田さんの作品は、ある意味で「主体がない」と言えるようにも感じます。

過去の作品を振り返る中で、全く知らない土地で制作・展示を行うのは「違うなと感じる」と語る武田さん。作品をつくり、運び、展示し、持ち帰り、保管するまでを自らの手と足で行うことで、土地との関わりは深まっていきますが、こうした過程のどの段階も等しく、淡々と行われているので、まるでそこに武田さんが居るような居ないような、やはり作品との不思議な距離感が感じられます。武田さん自身の関心はどこにあるのだろうかと、奈良からアートエリアB1へ作品を運ぶ姿を映像を通して見ながら考えさせられました。



小沢さんとのトークセッション風景

「小沢さんには、〈痛み〉の側から言葉に対抗するという姿勢がある。〈非言語〉の側に自分が立って、言語をどう捉えるかを考えるってすごいことじゃない?」


小沢さんといとうさんのトークセッションでは、「歌」や「音色」ということに関心が集まりました。まず小沢さんから、痛みを言葉に表現したくないという話がありました。痛みというのは、その人、その時に固有の状態という意味で一回性でしかないものなのに、既にあるもの(他者がつくってきたもの)に書き換えなければいけないのは切なく、言葉に書き換えてしまうことで失われてしまうものがあると感じているそうです。いとうさんは、その単語と単語の間で失われてしまうものを表現するのが音色なのではないかといいます。



いとうさん(中央)と小沢さん(右)

「言語よりも最初に歌があったんだと思う。でも歌だと長いから、歌から切り出して短い言語をつくったときに人間の言葉から音色は切り離された。前は、人間は鳥みたいに歌っていたんじゃないか。」


小沢さん自身も過去の映像作品の中で、出演者の方が自分の懐かしい歌を歌うことで、体と表情が合致したところを見たという経験があったそうで、音色と体が切り離せない関係にあることを感じていたそうです。またいとうさんは、歌には恐怖や苦痛をなくす力があると指摘されました。歌には辛さを軽くする力があり、それは人を救う反面、とても怖いものでもあるとおっしゃいます。「言葉と体を引き剥がす」をテーマに制作されている小沢さんは、自分の意識と一致していると考えられている言葉から、自分(主体)を取り除き、言葉そのもをむき出しにしようとしていると言えます。

あえて主体をなくそうとする小沢さんの作品と、一個人ではなく群衆の中から多様な訴えや感情が湧き上がってくる様子を表現するジョンペットさんの作品、そして周囲の環境や条件に委ねながら作品をつくりだす武田さんの制作態度には、表現の主体として自分のみに重きを置かないという点で共通するものがあるように思えました。こうしてみると、小沢さんが提案したという本展の副題「外から眺める私たちの輪郭、遠くから聞こえてくる私の声」は、この3人のアーティストのものごとの捉え方を正確に表した言葉になっているのではないかと感じます。



12/22 鉄道芸術祭vol.9クロージング・トークセッション 「いとうせいこうとめぐる都市の身体」



今回のトークでは、それぞれの作品やお話に対するいとうさんの反応とアーティストたちの返答をとても近い距離感で見聞きすることで、みなさんにとってもより深い作品の理解に繋がったのではないでしょうか。いとうさんの豊富な知識と巧みな話術によって、作品のみならずアーティストたちの人間的な一面も引き出されるなど、発見と笑いの絶えないクロージングイベントとなりました。

こうして秋から冬にかけて走り抜けた鉄道芸術祭vol.9は、無事にゴールを迎えることができました。何度も足を運んでくださったみなさま、ふらりと立ち寄ってくださったみなさま、イベントに参加してくださったみなさま、本当にありがとうございました。

2020年も鉄道芸術祭はまた新たな形で開催予定ですので、引き続き楽しみにしていただけたら幸いです。

 

写真:表恒匡

「都市の身体を形成する交通インフラー東京資源区からの提言ー」
ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭vol.9

 2019.12.20(B1事務局 サポートスタッフ 林)

12月20日に、ラボカフェスペシャルfeaturing 鉄道芸術祭「都市の身体を形成する交通インフラ」が開催されました。

12/20「"都市の身体"を形成する交通インフラ」ゲスト:吉見俊哉さん(社会学者/東京大学大学院情報学環教授)

ゲストは、社会学者で『視覚都市の地政学』(2016)や『都市のドラマトゥルギー』(1987/2008)など、都市に関する著作も多い、吉見俊哉さん(東京大学大学院情報学環教授)。カフェマスターは、木ノ下智恵子さん、久保田テツさん(アートエリアB1運営委員)です。

今年の鉄道芸術祭vol.9のテーマは「都市の身体」です。われわれは「都市」に暮らしながらも「都市」の形成過程や、そこで生まれる身体感覚についてあまり考える機会はありません。今回は、都市が過去から現在までどのように発展し、鉄道などのモビリティがどのようにそのあり方に関係するのかを、「東京文化資源区」という東京の北東部で展開されているプロジェクトに絡めながらお話いただきました。



12/20「"都市の身体"を形成する交通インフラ」ゲスト:吉見俊哉さん(社会学者/東京大学大学院情報学環教授)





《都市の時間軸》

都市における身体感覚を考えるにあたって、まず吉見さんが着目されたのが「時間の体感」すなわち「速さ」です。都市における時間の歴史とは、「速い」ものが推奨され「遅い」ものは淘汰されていく過程だと言えます。そのため、「近代の時間」というものを作るうえで最も重要だったのが鉄道です。鉄道の時刻表の制定は、国土全体に共通する一つの時間軸を生み出しました。
東京では、1964年の東京オリンピック開催により大規模な都市改造がおこなわれた際、首都高速道路、東海道新幹線、地下鉄・東京モノレール、超高層ビルなどが構築されました。これらは「より速く、より高く、より強い」東京を実現するためのものであり、速さこそが絶対的な価値を持っていました。

しかしその一方で、大規模な開発により江戸時代から続く街並みが破壊され、川や堀の上には高速道路がかけられ、運河や路面電車はその役割を失っていきました。吉見さんは、この変化で失われたものたちを問い直し、再評価するのが現代の課題であると言います。実際、2017年には日本橋の首都高速道路地下化の話が出るなど、川辺や水辺を復活させようという動きは、東京でも大阪でも見られるようになっています。

高度経済成長期を通り過ぎた日本は、成熟社会に突入し、低成長が続くと予想されています。再来するはずのない高度経済成長を追い求めるのではなく、低成長のなかでどう豊かさを追求するかが、今後の鍵となります。2020年代の価値があるとすれば、もやは「より速く・より高く・より強く」ではなく「より愉しく・よりしなやかに・より末永く」というのが吉見さんの考えです。ではその新しい価値を実現していくには、どうしたらよいのでしょうか?



12/20「"都市の身体"を形成する交通インフラ」ゲスト:吉見俊哉さん(社会学者/東京大学大学院情報学環教授)



≪東京文化資源区プロジェクト≫

その一つのモデルとなるのが、吉見さんが7、8年前から様々なかたちで携わる「東京文化資源区」というプロジェクトです。「東京文化資源区」は、東京都心北東部の谷根千、根岸から上野、本郷、秋葉原、神田、神保町、湯島に至る地域を指します。半径約1.5Km〜2Kmの地域で、おおよそ中之島の長さを直径とした円ほどの範囲に相当します。この地域には江戸時代からの文化的資産が集中しており、プロジェクトでは、道路や鉄道により分断されてしまった地域同士をつなぐ仕組みを構築しようと、「上野スクエア構想」「本郷のキオクの未来」など、多くの取り組みが同時多発的に展開されています。 その中で吉見さんが注力しているのは「トーキョートラムタウン構想」です。

「トーキョートラムタウン構想」とは、東京のJR山手線と都営大江戸線の2大環状線に次ぐ、第3の環状線として路面電車を復活させようというプロジェクトです。 なぜ電車でもなく地下鉄でもなく、路面電車(トラム)なのか。

その理由は、路面電車であれば、人が街とのインタラクションを維持しながら移動することができる点にあるといいます。山手線の電車は時速約40~50Kmですが、トラムは約13~15Km。これはちょうど自転車で走るぐらいの速度であり、歩行者と同じ空間を共有できる速度です。 地下鉄の場合、もちろん移動はできますが、地上の街の風景を楽しむことはできません。また地上でも電車では速度が速く、駅間の距離があるため、窓から素敵なレストランやカフェやお店を見つけても、じゃあ次の駅で降りて歩いて戻ろうといったことはなかなか難しい。また、交通工学の専門家によると、「乗り物の適正な窓の大きさと速度は反比例する」そうです。つまり、速い乗り物の窓が大きいと、乗っている人に不安を与える結果になります。路面電車ぐらいの速度ならどれだけ窓が大きくても不安感を与えることはないため、乗客は思いきり周囲とのインタラクションを楽しめます。 そして路面電車が通ると、街としても常に見られているので綺麗になっていきます。つまり、路面電車は街を活性化していく一種のメディアになれると、吉見さんは言います。

実際に欧米ではトラムの復活が大きな流れになってきており、オーストラリアのアデレードでは、トラムが運賃無料で運転していて、トラムは言うなれば「動く歩道」ならぬ「走る歩道」と考えられているそうです。 速さ重視の電車や地下鉄から離れて、東京でも大阪でも都心部に無料の路面電車を通すことで、モビリティの経験が豊かになり、都市としての在り方を大きく変化させることにつながっていくと吉見さんは主張されていました。



12/20「"都市の身体"を形成する交通インフラ」ゲスト:吉見俊哉さん(社会学者/東京大学大学院情報学環教授)



≪多層的な都市の歴史≫

ここまででお話されたのは、いわば現在の私たちの時間の流れですが、「都市の時間」にはもうひとつあります。それが、数百年単位の時間の流れです。

そもそも、時間というものは直線的ではないと吉見さんは言います。一本の直線のように時間が未来に向かっているのではなくて、現代の都市の至る所に、数百年単位の歴史の痕跡が残されていて、私たちは都市の中でこのいくつもの時間を経験することができます。つまり、都市の時間の中には未来に向かう時間もあるけれども、江戸の時間、明治の時間というように異なる時間が空間化されて都市に存在している。その異なる時代の時間をつなぐことによって、現代の都市の時間はもっと豊かになる、ということです。

例えば、吉見さんが注目されている東京の北東部には、戦前まで東京の中心であった上野・浅草があり、明治維新後は近代的な美術館・博物館などの展覧会場が次々に建設され、最先端の文化が花開く場所でした。さらに神保町や神田には、東京大学の旧キャンパスや一橋大学など多くの大学が集まる大学街があり、大正期には魯迅や孫文、周恩来をはじめとする5万人もの中国人留学生がいて、アジアとのつながりが深かい地域でもありました。また、江戸時代の名残が強いのも北東部ですが、江戸は参勤交代によって全国の文化が入り混じるコスモポリタン的な性格を持っていたそうです。このように東京の北東部には、現代における都市の在り方を模索するうえで、オルタナティブとしての東京を描くためのエッセンスが大量に残されているようです。

12/20「"都市の身体"を形成する交通インフラ」ゲスト:吉見俊哉さん(社会学者/東京大学大学院情報学環教授)



吉見さんの目には、大阪と東京がパラレルな関係にあるように見えるといいます。というのも、中之島には美術館やホールに、このアートエリアB1など新しい施設がある一方で、江戸時代から続く川辺や明治時代からある建物など、異なる時間のものが存在しているからです。異なる時間を経験できる豊かさが、ここ中之島のある種のルネッサンスを支えているのではないかと吉見さんはおっしゃっていました。



吉見さんのお話をお聞きして、われわれが何気なく過ごしているときの時間感覚がどのように形作られたのか、そして都市というものがいかに多層的であるか、良く理解できました。
都市を身体性や時間軸で捉えてなおしてみると、本当に色んなものが見えてきます。今回の鉄道芸術祭では、「都市の身体」について様々な方向から捉えた作品が展示されています。ぜひ、足を運んでみて考えを巡らせていただければ幸いです。

(展覧会は終了しています。)

12/20「"都市の身体"を形成する交通インフラ」ゲスト:吉見俊哉さん(社会学者/東京大学大学院情報学環教授)

武田晋一アーティスト・トーク 「アーティストと雑草学者のみちくさ談義」
ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭vol.9

 2019.12.7(B1事務局 サポートスタッフ 市川)

現在開催中の鉄道芸術祭vol.9で、都市における雑草の存在に着目した作品を展示している武田晋一さんと、京都大学で雑草学を研究されている冨永達教授のトークを開催しました。

▶︎武田晋一アーティスト・トーク「アーティストと雑草学者のみちくさ談義」の詳細はこちらから

【鉄道芸術祭vol.9】12月7日開催 武田晋一×冨永達トーク「アーティストと雑草学者のみちくさ談義」

まずは、武田さんからこれまでの活動や現在展示している作品についてご紹介いただきました。

本展で展示されている武田さんの作品は、「鉄道草」と呼ばれる雑草の一つ、ヒメムカシヨモギが時計のムーブメントの動きを利用してゆっくりと回転する《running》、鉄道駅のホームベンチをモチーフとした「休眠」を意味する《quiescency》、参加アーティスト3名の作品にまつわるキーワードから考案したアナグラムを雑草から漉いた紙で制作した《saying》、武田さんの自宅の前庭で伐採したススキで構成される《standing》の4つです。

スライドで展示されている写真は、自宅のある奈良県東吉野村からアートエリアB1まで電車を乗り継いで展示作品を運搬している過程が写されています。これには作品を自身の身体で持って来られることと歩くことへのこだわりがあります。人間は二足歩行になることで手が空き、荷物を運ぶことができるようになりました。武田さんはこれを人間の根源性に関わることと捉えているそうです。例として、両手にサトウキビを持って二足歩行で歩くチンパンジーの姿が突然写し出された時には驚きました。

【鉄道芸術祭vol.9】12月7日開催 武田晋一×冨永達トーク「アーティストと雑草学者のみちくさ談義」

なぜ運ぶ過程を可視化するのかというと、作品が作品として成立するのは展示期間だけではなく、その状態を拡張したいという思いがあると武田さんは言います。
大抵の場合、作品は荷物として運搬され、展示期間が終わればまた倉庫や自宅に戻されます。しかし、武田さんは作品が展示されている時、運搬されている時、保管されている時、それらすべての状態を作品の一部と捉えて制作されており、作品がどこから来てどこへ行くのかを考えておられるそうです。
以前フランスで展示をした際には、作品を飛行機の手荷物サイズにして運搬し、展示会場で開くと3mもの大きさになるといった作品を発表されました。作品が鑑賞される時と運ぶ時で、その姿かたちが変化するということも武田さんの作品の大きな特徴です。

武田さんは現在、東吉野村でヨモギを育てていて、雑草と対峙する日々を過ごしているといいます。本展覧会の「都市」「都市開発」というテーマで雑草を考えたとき、田舎ではお盆の前など、自然の時の流れに沿って草刈りの時期が決まっていますが、都市では経済が優先され、雑草にとっては草刈りの時期が予測不可能な状況であるといえます。この状況をふまえ武田さんは不安定で予測不可能な現代の都市社会を連想されたそうです。

今回、雑草学者との対談が実現するに至り、「休眠性」と「表現型可塑性」が気になっていると告げて、冨永さんにバトンタッチされました。


【鉄道芸術祭vol.9】12月7日開催 武田晋一×冨永達トーク「アーティストと雑草学者のみちくさ談義」

富永さんは、雑草を取り上げたことに対して感謝の言葉を述べられて、雑草のお話が和やかに始まりました。

まずは雑草の定義について紹介されるなかで、「撹乱」というキーワードが出ました。
撹乱とは、植物体の一部や全部を破壊する外部からの力のことをいい、植物にとって例えば農業、耕作、災害、動物の踏みつけや、開発による草刈りも撹乱です。山野草は撹乱のあるところでは繁殖できませんが、雑草は撹乱のある場所でないと繁殖できないそうです。農業は作物と雑草の繁殖場所が重なるために、農家にとって雑草は敵になるわけです。しかし、雑草にとって抜くという行為は撹乱ですから、抜いても抜いても出てくるという無限のループに悩まされるのです。

【鉄道芸術祭vol.9】12月7日開催 武田晋一×冨永達トーク「アーティストと雑草学者のみちくさ談義」

武田さんのお話にもあった都市と田舎の環境について、たとえば田んぼでは春に田植え、秋に稲刈りをするというように、撹乱の時期が予測できますが、都市においてはビルなどの建設前に刈られるため、植物には予測不可能です。
ところが、撹乱が予測できるところとできないところで生えている雑草が違うそうです。たとえば、都市の歩道の隙間などに見られるスズメノカタビラは、踏みつければ踏みつけるほど穂の数が多くなり、種をたくさんつけるということが調査でわかっています。これを「表現型可塑性」といいます。

雑草は周囲の環境に応じてその生態を変化させる特性があるそうです。武田さんは、自分もその時その時の環境によって作品を変えるので、これも表現型可塑性と言えるかもしれないというコメントがとてもユニークでした。

【鉄道芸術祭vol.9】12月7日開催 武田晋一×冨永達トーク「アーティストと雑草学者のみちくさ談義」

話は、武田さんの作品に使われている鉄道草へと移ります。

展示されているヒメムカシヨモギなどの鉄道草は、その名の通り鉄道沿いに見られますが、種が小さく軽いために列車が通る風に乗って線路沿いに広がっていくそうです。ヒメムカシヨモギは外来種ですが、外来種が新しい土地で定着するためには、運ばれる・生きる・繁殖する・広まっていく・広まった先の環境に適合するなど、いくつものステップをクリアしなければなりません。鉄道草はそれらを達成したエリートであると冨永さんはいいます。

【鉄道芸術祭vol.9】12月7日開催 武田晋一×冨永達トーク「アーティストと雑草学者のみちくさ談義」

続く対談では、武田さんから冨永さんにいくつか質問が投げかけられ、みちくさ談義はどんどん深まっていきます。

日本で勢いを増している西洋たんぽぽは、外来植物として広く知られていますが、実は関西では西洋たんぽぽと関西たんぽぽの雑種が多く生息しています。関西の熱い夏に弱い西洋たんぽぽに対して、在来の関西たんぽぽは、夏場に休眠することによって暑さを凌いでいます。
現在、関西で繁殖している雑種は、西洋たんぽぽの繁殖力と関西たんぽぽの休眠の知恵を合わせ持っている種なのです。また、地中では雑草の種がたくさん休眠していて、だらだらと時間をかけて芽を出すという特徴も紹介がありました。

武田さんにとって会場に展示された作品は「休んでいる」状態らしく、作品が展示を終えて運ばれて行く過程も含めて作品という考え方は雑草の生態の特徴に近しいのかもしれません。

参加者からもさまざまな興味深い質問や感想をいただき、終始活発に対話が展開されました。冨永さんは地面を見ながら歩いて欲しいとおっしゃって笑いを誘っていましたが、これから地面を見る目も変わりそうです。

電車公演「texts in the train」を開催しました。
鉄道芸術祭vol.9 イベントプログラム

 2019.12.1(B1事務局 サポートスタッフ 三村)

12月1日(日)に鉄道芸術祭vol.9電車公演「texts in the train」を開催しました。
電車公演とは、走る貸し切り電車を舞台に、実験的なパフォーマンスを繰り広げ、観客も電車の乗客として参加することができる、その日その場限りの特別な公演です。

今回の公演では、チェルフィッチュ主宰で作家の岡田利規さんが、身の回りにあふれる情報や文献などの一部から"テキスト"を選び出し、それらを女優の青柳いづみさん、シンガーソングライターの七尾旅人さんYPYさん(日野浩志郎さんによるソロプロジェクト)が言葉と音、身体を通して独自の表現へと変えていきます。多種多様な"テキスト"が、パフォーマンスと移動する空間によってどのように乗客のみなさんと出会うのか、当日の様子をご紹介します。

▶︎電車公演「texts in the train」のイベント詳細はこちらから

 


京阪電車中之島駅では参加者のみなさんが特別切符を受け取り、貸切電車に乗りこみます。
公演車両は3車両で、座席に座ってゆっくりと旅を楽しみながら公演を鑑賞したり、車両間を自由に移動してパフォーマンスを間近で観ることができます。

 

12/1 鉄道芸術祭vol.9 電車公演「texts in the train」

 

全車両の吊り広告のスペースには、岡田さんの選んだ日常生活で見かける看板のテキストや小説の引用など、宣伝広告とは違う印刷物が吊りさげられ、これから繰り広げられるパフォーマンスへいざないます。

 

12/1 鉄道芸術祭vol.9 電車公演「texts in the train」

 

15時15分、電車が中之島駅を出発しました。
青柳さんの声が聞こえてきます。その声は「中之島」からはじまり続く駅名を告げていきます。そして、YPYさんと七尾さんが放つノイズのような音が徐々に重なり始め、電車が走る音と重なって車内に非日常な空気が漂います。

 

電車は地下から地上へ出て、車内が外の光で明るくなります。
青柳さんが告げる駅名は、車窓から見える広告などの"テキスト"に変わります。走る電車から眺める流れる景色のように、青柳さんの言葉となった"テキスト"も聞く人の耳と頭の中を流れていくようです。聞き取った広告を、車窓から楽しそうに探す方もいらっしゃいます。

 

12/1 鉄道芸術祭vol.9 電車公演「texts in the train」

 

電車は駅を通過しながら、京都方面へ進んでいきます。
車内はYPYさんの放つ音が響き渡り、岡田さんの選んだ"テキスト"を七尾さんと青柳さんが抜粋し、声にして放っていきます。それらはとても意味があるようにも聞こえ、単なる情報の羅列のようでもあります。

 

12/1 鉄道芸術祭vol.9 電車公演「texts in the train」

 

車内は昼下がりの穏やかな空気に包まれています。その中を七尾さんが、文献の一部を朗読しながら移動していきます。座席や椅子に座り、電車の中で本を読んでいるかのようです。

 

15時58分、枚方駅で電車は一時停車。
段々と陽が落ちてきて、窓からやわらかな光が差し込みます。電車の外から聞こえるまちの音と、車内で繰り広げられる音と言葉が呼応して、和音のように重なっていきます。
そして、車窓から見える夕焼けを背景にして、電車は再び走り出します。

 

16時01分、樟葉駅で電車は少しの時間停車。
七尾さんのギターが奏でられると、車内は一気に叙情的な雰囲気となり、優しくシャウトする声に聴く人は夢うつつになりそうです。今まで放たれた音と言葉が飽和状態となった車内は、幻想的な夕焼けの情景と相まって、時間が止まっているかのように見えました。

 

12/1 鉄道芸術祭vol.9 電車公演「texts in the train」

 

そして、非日常な世界から現実へ引き戻されるように電車は折り返し、大阪方面へ走り出します。

大阪の都市部へ近づくほど七尾さんの放つ音はハウリングして、YPYさんのノイズ音も激しくなります。電車は止まることなく都市へと戻っていきます。雑誌『WIRED』からの引用「人間中心デザインよ、さらば」を青柳さんと七尾さんが連呼すると、めまぐるしい都市の日常生活が蘇ってくるようです。

 

12/1 鉄道芸術祭vol.9 電車公演「texts in the train」

 

七尾さんと青柳さんが「触らないでください。」「引き込まれないようご注意ください。」と呼応しあう中、終着駅に引き込まれるように電車はなにわ橋駅へ到着します。

 

17時、なにわ橋駅に到着した電車の扉が105分間の旅を終えて開きます。
駅のホームからは日常音が聞こえてきます。車内で鳴りやまぬ音を残して、乗客は普段通り駅を利用するように、電車を下車して日常へと戻ります。

 


 

都市で生活していく内に、あふれる情報は視覚や頭で何気なく処理されます。今回の電車公演では日常の感覚とは違う、じっくりと言葉と音を堪能しながら心身に響き渡らせる公演でした。

ご乗車いただいた皆様、誠にありがとうございました。

 

12/1 鉄道芸術祭vol.9 電車公演「texts in the train」

写真:表恒匡

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