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「グラフィックデザインと鉄道」(植木啓子さんをお迎えして)
ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭

 2017.12.12(B1事務局 スタッフ 菊池/サポートスタッフ 林)

12月12日(火)、鉄道芸術祭vol.7「STATION TO STATION」の関連企画、ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭「グラフィックデザインと鉄道」を開催しました。

 

ゲストに、日本屈指のグラフィックデザインのコレクションを誇る大阪新美術館建設準備室主任学芸員の植木啓子さんをお迎えし、鉄道とグラフィックデザインの歴史や、その親和性についてお話いただきました。

12.12ラボカフェスペシャルfeaturing鉄道芸術祭「グラフィックデザインと鉄道」 鉄道がまだ生まれていない時代では、距離的にも人数的にも一度にたくさん移動することは物理的に限界があったので、大勢の人が同じ何かを目にする機会はなく、大衆に向けて情報を発信する必要がさほどありませんでした。しかし、鉄道ができたことで大勢の人が一箇所に集まることが実現し、それにより「都市」が生まれたため、"大衆を意識した視覚表現=広告"の必要性がでてきたのです。そこで注目されたのは、大勢にイメージを拡散することのできる広告としてのグラフィックデザインでした。

 

その最も有名なひとつの例として、ロンドン地下鉄の路線図について、まずお話いただきました。

 

地下鉄路線図のデザインで最も重要な転換点があったのは、1931〜32年でした。
それまでの路線図は地理的に縮尺が正確に示されており、目的地までの経路が一目では分かりづらいものでした。そんななか地下鉄の地図に本当に必要なものは何かと考えられた時、伝えたい情報と関係の薄い「正確な距離や地形」などを簡素化して、電車の経路だけをシンプルなデザインに落とし込んだ路線図が発表されました。

この路線図を作成したのは、デザイナーではなくヘンリー・チャールズ・べックという製図技師でした。
ヘンリーの作ったロンドン地下鉄路線図は、現在わたしたちがよく目にする路線図の雛形とも言えるものを作り上げたのです。

12.12ラボカフェスペシャルfeaturing鉄道芸術祭「グラフィックデザインと鉄道」

また、当時は、地下鉄の利用客は通勤だけを目的とする人が中心でした。しかし線路はその区間以外にも長距離に通っており、通勤客とはまた別に昼間の乗客層を増やそうと考えました。

時間に余裕のある人をターゲットに、地下鉄を利用して如何に遠くまで行ってもらうか、旅行してもらうかということが思案されました。

それまでの駅のポスターは決まった箇所に決まった情報を貼るだけのもので、鉄道の旅客は一向に増えませんでした。しかし1920年代~30年代にかけてアーティストたちが描いた鉄道に関するポスターは、快適な列車内のイメージや、鉄道で到着した先にある観光地の美しいイメージなど、鉄道を使うことにより素晴らしい体験が出来るというイメージを主張したものを使用。これらのポスターをそれまでとは違った様々な箇所に掲出して、鉄道の良いイメージを拡散する手段"広告"として使われはじめました。こうして鉄道広告は誕生していきます。

 

また、路線図、会社ロゴ、広告というものがそれぞれバラバラなデザインのものではなく、1つのコンセプトで統一することで、快適で安全な「ロンドン地下鉄」というイメージブランディングを、グラフィックデザインを使って形作っていったのです。

 

12.12ラボカフェスペシャルfeaturing鉄道芸術祭「グラフィックデザインと鉄道」

 

続いて植木さんが示したのは、ロンドン交通局で使われる『Johnston100』という100年間同じ文字を用いて作られたポスターでした。

活版で作成された、同じ文字をずっと使用してポスターが作られているのには、それなりのベースがありました。これらのポスターは5つの文字の太さ、即ちウェイト(活版の重さ)を持たせて、ヘアライン仕上げされたものです。こうした独自のフォントを使いつづけることでロンドン交通局のイメージブランディングに非常に大きな役割を果たしました。この文字は現代のデジタル化に合わせて2016年に改定され、現在に至っています。

 

 

続いては、いくつかの鉄道とデザインの進歩に非常に関連のある、ポスター資料を紹介いただきました。時代とともに鉄道技術は進歩し、デザインに必要とされる事柄、概念もどんどんと変化・進歩していきます。

フランスの鉄道広告製作者であったカッサンドルは、今で言う「効果線」のようなものを、エアブラシを用いて描画することで鉄道のスピード感を表現したポスターなどを作成し、線路や車輪などをピックアップしたデザインを用いることで鉄道のダイナミックさを表現しました。

またPULLMAN急行(所謂オリエント急行の運行会社)がヨーロッパの様々な国を跨いでサービスを提供することを告知するためのポスター「一つの国、一つのヨーロッパ Wagons-Lits」なども紹介頂きました。

12.12ラボカフェスペシャルfeaturing鉄道芸術祭「グラフィックデザインと鉄道」 広告ポスターはある時期からアーティストがデザインを任されることが多くありましたが、やがてだんだんと広告ポスター専門の作家デザイナーが登場してきます。代表的なものはPLC(パリ、リヨン、コートダジュール)。これには佐伯祐三という、何と大阪出身の日本人が大きく活躍していたりします。

そして1960年代になると、サービス広告が増えていきます。例えば、ポスターの半分は男性のシルエット、もう半分は女性のシルエットで彩られた利用客層のイメージに関するものや、他社線の半額で旅行ができるというお得感を表したポスターなど、現代に通じる多種多様な広告が生まれてきます。

 

一方日本における鉄道広告は、明治時代には広告が禁止されていたために大正時代以前の資料は余り残っていません。しかし大正時代になると、広告は収入になるということが判り、どんどんと発展していきました。

日本での初期の鉄道ポスターである「梅田難波間全通」という大阪御堂筋線開通時のポスターがあります。「梅田」「難波」という文字を並べ、電車を配置し、単刀直入に伝えたいメッセージを表現しています。当時日本にはまだグラフィックデザイナーという職種はなく、おそらく路線のことを良く判っていた現場の人間が指示を受けて、描いていたのではないかと思われます。そのためか、当時の駅の広告枠にはデザインによる統一感はなかったそうです。即ち本来、グラフィックデザインと広告グラフィックデザインとは分かれているのですが、日本においては垣根がありませんでした。

12.12ラボカフェスペシャルfeaturing鉄道芸術祭「グラフィックデザインと鉄道」

こうして、鉄道とセットになっているグラフィックデザインに関する話が時代に沿って次々と展開していき、デザインにおける考え方、概念に移っていきます。

20世紀に入りフランスのグラフィックデザイナーのカッサンドルは、広告に対し次のようなことを提唱しました。『この場所にはこの表現というように場所ごとに一目見て判るような表現が求められているのではないか』というものです。

 

鉄道芸術祭vol.7は『鉄道、身体、知覚、行動』をテーマに、文字と情報のあり方を考えるような展示でした。

現代の都市に目を向けると、例えば最近の駅などにおける階段の広告や電車扉の広告、ラッピング電車など情報発信として貪欲ともいえますが、その背景には鉄道の仕組みそのものが、色々なものに対して貪欲であるということを考えると納得ができます。

鉄道広告は、広告媒体の変化と共に内容、場所ともに変遷をしていきました。現在の電車内では様々な形の広告が展開していますが、まだ広告として使えるようなスペースはたくさんあり、今後広告を含めた車内デザインがどのように変化していくかも楽しみなところです。

 

 

最後に、印刷にはアート印刷とそれ以外の通常の印刷がありますが、通常の印刷が簡単に出来るようになってしまった分、質が低下してきていることに植木さんは警鐘を鳴らしています。また反対にとても緻密なものもあり、印刷のクオリティにも差が出てきています。これからは、印刷を見る受け手側もビジュアルを判断する能力を身につけることが必要なのかもしれないとおっしゃられました。

 

現代の都市生活の中で、グラフィックデザインは何気なくも常に目に入るものではありますが、だからこそ、それが人々の行動や興味、情報認識、さらには組織のシステム、イメージなどに深く関わるとても重要な役割を果たしていることを、鉄道に関わるグラフィックを通して改めて思い、その進歩と現在のカタチやこれからの在り方などを思考することで、とても興味深く感じました。特に電車内など、今後どのような斬新な広告形態が出現するかといった、社会や技術の変化によるグラフィック表現の進歩にもさらに注目をしたくなりました。

 

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