スタッフブログ > サーチプロジェクト

"わたし"という彼方を巡る思考の旅(島薗進さんをお迎えして)

 2017.6.11(B1事務局 菊池/サポートスタッフ 林)

6月1日(木)のラボカフェスペシャルは、「"わたし"という彼方を巡る思考の旅」と題して、宗教学者であり、上智大学 グリーフケア研究所長の同大学院実践宗教学研究科教授、東京大学名誉教授でもあられる島薗進さんをお迎えしてのトークイベントが開催されました。

6月1日(木)「"わたし"という彼方を巡る思考の旅」ゲスト:島薗進さん

島薗さんが教鞭を執っておられる上智大学はカトリック系の神学部がある日本でも唯一の大学であり、関西の同志社大学や関西学院大学のプロテスタント系とは異なっていますが、島薗さんは俯瞰的な視点から宗教に接しておられます。
また、島薗さんが所長を務められているグリーフケア研究所は、過日発生したJR福知山線脱線事故を踏まえJR西日本から寄付を受けて設立されました。
この研究所では、自然災害ではなく人災による取り返しのつかない大きな事件や事故で身近な人との死別を経験し悲嘆に暮れる人が、その悲しみから立ち直れるよう支援する人を養成しています。

島薗さんは当初医学を目指したものの、途中から宗教学へと変わっていった、という経緯をお話くださいました。ところが最近は、再び医学の領域に帰ってきたようなところがあるそうです。
というのも、医学者や医療関係者の間でも宗教の必要性が再認識される時代になってきているということがあります。80年代頃に「脳死って人の死なの?」という議題がありましたが、死に向き合った人は医学でも心理学でも治せないものがあり、スピリチュアル的なもの、いわゆる宗教に通じる様な要素が必要なのではないか。「我々は宗教後の時代に生きているが、宗教なしでやっていけるのかな」と、島薗さんは仰られます。

医学・医療と、いのちについて。
万能細胞と呼ばれるiPS細胞とゲノム編集の親和性の良さなどにも触れながら、この2、3年で急速に伸びてきたゲノム編集について解説して頂きました。
従来の、人間の命は神から授かるものという考え方に対し、人間が命を作ることが出来る様になったのです。それは言い替えれば、「神を演じることが出来る様になってしまった」ということになり、例えば将来人間は500歳まで生きられる様になるかもしれない。このことは人類にとって大変な福音ですが、使い様によっては人類の破滅とまでは言えないものの、行き先を見失ってしまう可能性があるのではないでしょうか。
現在研究が進んでいる iPS細胞は人間の体の様々細胞に分化していくことが可能な幹細胞なので、ヒトの細胞や組織、臓器などを作り出すことが出来ます。
IPS細胞を用いて、豚の体の中に人間の臓器を作るという様な研究も可能になります。これはキメラと呼ばれ、この研究をどこまで進めるのかが大問題となっています。
脳が動物でも、体の各部分が人間という様な生き物を人間の様に扱うのか、それとも動物の様に扱うのか。それはどこで人間と動物を判断するか、ひいては何を以って「人間」なのかという問題に繋がっていきます。

そして話題は生命倫理へ。
安楽死や自殺など死に関わる問題がある一方、「命の始まり」に関しても様々な問題が出てきています。
例えば生まれてくる子供の障害の有無を母親の血液を調べることでわかる出生前診断など、科学技術が進んでくると、命の始まりの時点で命を選んだり、作り変えたりすることが可能になるのです。
始まりの段階の生命への介入ということに関しては、「命の破壊」やデザイナーズベイビーなどの「命の拡充」(より良く操作して得られるもの)が何を起こし得るのかという問題もあります。そしてそれは、「命は授かりもの」という考え方との間に大きなズレを生じさせています。

6月1日(木)「"わたし"という彼方を巡る思考の旅」ゲスト:島薗進さん

科学技術を用いて"いのち"に介入し操作することは、本当に望ましいことなのでしょうか。
島薗さんはトーク中、フランスのジャン=ピエール・デュピュイの現代科学論をご紹介くださりました。

「今の科学はだんだん人間のコントロールを超えてきた。カタストロフィーということを言っています。こういう技術を開発したら将来どういうことが起こるかと予測するよりも今使えるからやっちゃう。その結果何が起こるかわからない。そうなるといつか、科学というのは分からないことを調べているわけですから、分からないことを起こしてしまうわけです。そうすると気がついた時にはとんでもないことが起こっている。」

環境問題であれば後々の影響を鑑みる事が当然となっていますが、医療・治療で役に立つとなると、後々の社会に与える影響を考えづらい。こういった現代科学の進歩による、聖なるもの(生命)への介入を止められるのは、宗教だけかもしれないという島薗さんの考察について、 ご紹介下さりました。
科学技術を用いて社会や私たちの生活をより良くすることは一概に悪いことか、どうなのでしょうか。そういったことを話し合っていく上で、連綿と続いている様々な宗教で培われてきた考え方、倫理観には参考となることが数多くあります。

現在の日本では宗教を拠り所にしない人が増えています。島薗さんは、お墓参りの慣習や「いただきます」の挨拶など、風習として伝えられてきた振る舞いに潜む知恵や価値観が失われることを危惧されています。それらには、単に宗教ということで収まらないこれまでの歴史で培われてきた沢山の民族性や人間性、倫理観が含まれているからです。

しかし加えて、宗教は大事だが、宗教ひとつだけに「嵌まる」、どちらかに偏りすぎることは危険であり、重要なのは"バランス"であるとも強調されました。

会場にお越しいただいた皆さんとの質疑応答でも、それぞれの関心や具体的な実体験に基づいて、様々なやりとりがありました。
参加者それぞれが、科学技術と宗教のあいだで自分自身の"いのち"にまつわる価値観をたどりながら、日常の暮らしや身近な"いのち"のあり方について、そして、これからの人類の未来について真剣に考えることができ、大変貴重で有意義な時間となりました。

 
△ 「超ひも理論」から捉える未知なる"私"と"彼方"(橋本幸士さんをお迎えして) - 2017.6.17(B1事務局 大槻/サポートスタッフ 竹花)
▽ 「ビデオゲームにおける『遊び』を考えてみる」(飯田和敏さんをお迎えして) - 2017.6.7(B1事務局 三ヶ尻/サポートスタッフ 田中)

  2017年7月

            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

スタッフブログ カテゴリ一覧

スタッフブログB1 日々の記録