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「海の文化と気象判断の知恵について」(漁師・池尻宏典さんと民俗学者・川島秀一さんをお迎えして)

6月24日(金)。今日は、民俗学者として気仙沼を拠点に全国のカツオ漁師や漁撈伝承を長年取材している 東北大学の川島秀一さんと、神戸・新長田で漁師をしている池尻宏典さんをゲストにお迎えし、人間と海との関わりについて、民俗学的な視点と海という現場に身を置かれている漁師さんの視点が交わる対話プログラムを開催しました。

ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「海の文化と気象判断の知恵について」ゲスト:尻池宏典(尻池水産)、川島秀一(民俗学者、東北大学災害科学国際研究所 教授)

川島さんは、元々漁師さんとお話しするのがお好きで、 今まで論文発表等関係なく交流を深めてこられたそうです。
漁師さんの言い伝えをカレンダーにするというユニークな活動もされています。

一方、現役の漁師である尻池さんは、おじいさんから始まり3代わたっての漁師一家。
阪神・淡路大震災後に改めて家族の大切さを痛感し、何かおこったときにもそばに居られるようにと漁師になる道を選ばれました。
現在は大阪湾でイカナゴやシラスを主に獲り続け今年で20年、都会派漁師と名乗ってらっしゃいます。

そんなお二人が「嵐と凪(ナギ)」について興味ふかいお話をされました。

ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「海の文化と気象判断の知恵について」ゲスト:尻池宏典(尻池水産)、川島秀一(民俗学者、東北大学災害科学国際研究所 教授)

いまの漁師さんは荒れたら海には出ないものだが、当時の漁師さんは荒天時には 全員出漁することになっていて、 凪の時には逆に出漁をやめていたそうです。
魚を尊敬する、魚の覚悟を感じている、人間の接し方でも魚の動きは変わってくるそうです。

漁師さんは旧暦と潮の流れをみます。潮の周期を頭の中に入れておかないと漁はできません。
「潮をとる(潮目をみる)ことが魚をとることで、魚をとることが潮をとる(潮目をみる)ことだというくらい、 とても大切にしている。」と川島さんは仰られました。
さらに、漁師さんは災害と大漁は繋がっていると 捉えられています。
大きな災害が起こるとミネラルが豊富な川の水が大量に海に流れ込み、 海水が掻き回されるため、短い目で見ると魚は減るが、長期的に見ると大漁をもたらすということに驚きました。

ラボカフェスペシャルfeaturingサーチプロジェクト「海の文化と気象判断の知恵について」ゲスト:尻池宏典(尻池水産)、川島秀一(民俗学者、東北大学災害科学国際研究所 教授)

今回の展覧会では、川島さんが漁師さんから聴いた三陸地方につたわる諺を日めくりカレンダー のようにして展示しています。
トークでは、川島さんが"諺カレンダー"を1枚ずつめくりながら丁寧に 説明してくださいました。
()内は、尻池さんのコメントです。

「春の雪は掃いて乗れ」
→春の雪は、あまり沖が荒れることはないから、そのまま漁に出てもいいという言い伝え。
「二月と駒の頭(かしら)は荒れたほうがいい」
→2月に大風が吹くと豊作になる。馬も気が荒いほうが働く馬だという例え。
(大阪湾では、12月に西風が吹けばイカナゴが豊作になると言われていて、 ちなみに、昨年の12月は暖かかったため今年のイカナゴ漁は不漁でした)
「三月水は脛(すね)割り水」
→3月は海水温が一番低い。 脛を割るくらいに冷たい水という例え。
(大阪湾では、2月が一番冷たくなります)
「春南(はるみなみ)くろがねを通す」
→春の南風、鉄をも通すくらい冷たく強い風が吹く。
「五月海に家を建てろ」
→5月は凪が多いので、海に家を建ててもいいという例え。
「雨三粒風千石」
→春先に雨がちょっとでも降ると風邪が強くなる。
「八月海には、一人子乗せるな」
→8月の海は荒れるので、一人っ子などは亡くなるので乗せるな。
「枯れ木の靄(もや)は時化(しけ)の元」
→落葉した頃は、霧やモヤのあとには台風やしけが来る。
「冬至寒(とうじかん)の北は、手の平返し」
→冬至と夏至の間に吹く風は吹いている方向が急に変わって、危ない風だから気をつけろ。
(大阪湾でも、海に出ていると前線が通過しているのがよく分かる)

さらに、大阪湾で漁をされている尻池さんは、「南から雲が走ってきたら、あと数時間以内に波が高くなり危険になる」ということを紹介してくださいました。

場所が変われば、海の状況も漁の方法も全く異なります。
漁師さんは、先代から伝わる伝承やご自身の経験と勘により海や気象の状況を知り、 魚を獲る術を身につけています。
一方で、現代ではGPSや魚群探知機など様々な科学技術も用いられています。
尻池さんは、そうした最新機器と経験と勘、 どれかに頼るのではなくどれも上手く使っている人が一番魚を多く獲ると言われます。

尻池さんは、大阪湾でGPSも使われるそうですが、どこに浅瀬やブイがあって、 どの辺りに魚がいるかは体が覚えていると言われます。
そして、GPSよりは、 山立てが一番信頼できるそうです。
「山立て」とは、海岸沿いにある建物などを目印にして、 漁師さんたちが船の位置を把握する技術です。
大阪湾では、焼却場の煙突や大きな構造物、 港の街灯を目安にしているそうです。大阪湾は灯りが多いけれど、明るさや色の違いで判断されるそう。
一方、川島さんがご出身(現在も拠点をおかれている)の三陸地方では、高い防潮堤ができてしまって、 海から目印が見えなくなり山立てができなくなっている所もあるそうです。
津波から住民や街を守るための防潮堤ですが、「海がみえなくなることによって、 より危険性がますのではないか」と川島さんは危惧されています。

  

そしてお話は少し深い部分へと進んでいきます。
自分たちの生きるサイクルの中で起こりうる、自然と死との関わりについて。
夜の闇を感じ取るチカラや危険を察知する能力など、わたしたちが都市生活で忘れている感覚はたくさんあります。
そういった感覚は、きっと自然と対峙した時にも命を有効に生かしていくための大きなチカラになるのではないでしょうか。
そこで、自然のなかで生きて死んでいくという家族の死生観、
海という自然に家族の命が失われることについて、川島さんに伺いました。

「東日本大震災で被災された方のお話に、
遺体に『うに』がついていて、震災後、しばらくうには食べられないという話がありました。
もちろん、2、3 年は漁師をやめようとか、海で亡くなり、あがらない人は魚が食べているから、まして身内の人間が亡くなった人は、自分の身内を食べた魚は食べられないという話は聞きます。
一方で、海で死んだ人は魚になるんだ、カニになるんだという言い伝えもあります。
それは、生命の輪廻を海をとおして考えているということです。
もう一つ、言い伝えのようなものに、津波のあとはイカが大漁に採れると言われています。
大きな目で考えると、津波で人間を奪ったから、今度は魚で返すといったように、漁師は広い視野で 海と向き合う考えをもっていました。
あるおばあさんから聴いたお話に、こういうのがありました。
『海は人を殺さないから。両面をもっている。災害も与えるが、大漁もあたえる。 人の生活や命を奪っても、次の年は魚で返して、人を生かす』 
そんな大きな考え方をする人が日本にもいました。
大きな時間で命の循環をとらえる、ということです。」

  

漁師さんたちのなかには、水死体を引き上げる際の作法があるそうです。
まず、1:声をかける。2:上(頭)からあげる。
そして現役の漁師さんである尻池さんもよく聞くそうですが、
「水死体をひろった船は大漁にあたる」といわれています。
さらに、身元不明者をひろった漁師は、その人が喪主になる、ということも実際にあるそうです。

 

トークも終盤を迎え、会場にいらっしゃるお客様からの質問タイムに。

「東日本大震災の後、高い防潮堤を建てるということが話題になりました。しかし、防潮堤で壁をつくったからといって、災害が防げるとは思えません。漁をする上で、最新機器と経験や勘を両方活かす人がいい漁をするのと同じように、 土地の物語のなかにどう科学を盛り込むか、東北に関する物語のなかに、どう科学を取り込むかということが重要ではないですか」というご質問がありました。

それに対して川島さんは、このように仰られました。

「生活のなかでの当たり前だと思っている安全性をどう科学と組み合わせるかということですが、 これはその土地土地で組み合わせていくしかない。ハードにばかり頼ってもいけない。 マニュアルはつくるが、それを固めてしまうと、今後も被災する人間は増えると考えています。 そんな時でも、臨機応変な危機察知能力を持つのは漁師さんだと思っています」

一方、神戸港を拠点にする尻池さんの周辺では、 元々大阪湾に津波がくることは予測されていなかったそうですが、 今は見直され、津波に備えた訓練なども行われているそうです。
一般的には、津波が来る前に船を沖に出す「沖出し」をしなければならないと言われていますが、 地震が起こってから大阪湾に津波がくるまで約1時間と想定されている中で、 沖出しが逆に危険ではないのか、どうするのが良いのか、未だ答えを出せていない状況、と言われます。
それに対して川島さんは、東日本大震災では沖出しして助かった人もいれば、出して亡くなった方もおられると言われます。
「今回の津波の時は、沖出しした方が助かると言われていた。しかしすべてはタイミング。 この判断が非常に難しい。これは車での避難はいいのかわるいのかというのと同じこと。 これも考える必要があります。」

最後の質問の時間に、参加者のみなさんから今回のトークの核心に触れるような内容を ゲストのお二人に投げていただき、会場も一気にぎゅっと引き締まっていく空気になりました。


そんななか、最後に川島先生がおっしゃった言葉がとても胸に残りました。
「今の防災の在り方は、近代防災の在り方で、昔その地域でどういうことがあったのかを抜きに進んでいます。 上から目線で「こうしろ、ああしろ」という防災意識が強く、昔の人たちの考えを活かした防災意識が少ない。 地域の風土や歴史を知ることが、まずは防災への第一歩ではないでしょうか。昔はこの地域はどういうかたちだったのかとか、その土地に住むひとから話をきちんと聴く。そういった中から真の防災意識が芽生えてくるのだと思います。」

 

自然と人間の間の曖昧な部分に身を置き、 目を凝らし、海や魚や自然と対話し、時に危険に身を晒しながら生きている漁師の方々。 今回のお話を通じて、都会に生きるわたしたちが漁師の方々の自然観や死生観から学ぶべきものは とても多いと感じました。それは、ときに脅威ともなる自然(地球)の営みとともにどう生きるか、 ということに繋がります。そのための一つの術が、防災・減災ではありますが、科学技術に頼りすぎる社会の傾向や、 既存の物(防災グッズ)や与えられる情報に頼るわたしたちの意識は、 なにかとても大事なものを失っているのではないでしょうか。
現代においては、ある意味でパッケージ化されつつある「防災」について、 そのあり方を根本から考える、とても貴重な時間でした。

 

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