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都市と島の考え方

6/13 ラボカフェスペシャル×サーチプロジェクト関連企画 知と感性のネットワークシリーズ 「都市が島であれば、海はどこにあるのか?」が開催されました。


風景会場

ゲストは文化人類学者、批評家の今福龍太さん。

カフェマスターはdot architectsの土井亘さん、大阪大学CSCD教員/アートエリアB1運営委員の木ノ下智恵子さん、久保田テツさん。

今回のサーチプロジェクトのテーマである「島」ということを軸に、お話をしていただきました。

今福さん1

主に、ご自身の著作である「群島響和社会〈並行〉憲法」をレジュメとして、「群島」と「大陸」の関係性、まず沖縄と本島のあり方などから話が展開していきました。


最初に、昨晩今福さんが今日のために書かれたという「手紙」を読まれるところからスタートしました。

今福さん手紙

手紙といってもPCで打ったものでもなければ、手書きでも白紙の便箋へただ真っすぐに書いてあるわけではなくて、書く前に事前に関係する文やイラストを印刷しておいて、それらの隙間に書き連ねていくというスタイルを取られていてとても凝ったものでした。(写真は印刷されたもので、お客様全員に配られています)

手描き以外の引用で印刷された文章は、音楽と同じくらい詳しいキノコ学者でもあったという音楽家ジョン・ケージの言葉や、今展覧会でも資料を設置している南方熊楠、そしてヘンリー・デビット・ソローの言葉がありました。その文章の近くにそれぞれの文章に対しての今福さんの言葉が連ねられています。

手紙とは言ってもなるべく文体を気にせず自由に。印刷された文章の隅に書くことから、すぐにやり直せるデジタルとは違うアナログの上書きで、今書いたことは引き受けて、むき出しにするのだと仰っていました。


今福さん2

そこから、群島響和社会〈並行〉憲法について。

約30年前に書かれた琉球共和社会憲法に対して、今福さんが書かれたのが群島響和社会〈並行〉憲法であり、「島」から「大陸」の原理をひっくり返す、唯一戦争で地上戦を経験した沖縄と本州の関係性、「群島」である沖縄と「大陸」化してしまった本州との関係から見る現代の在り方、生き方などについてをこの憲法を軸に語って頂きました。

いくつか抜粋されて、

一縞 意思

現代は欲望すら予測のもとに行動している。一番大事なのは予測でどうするかではなく自らの意思を持って何をしたいかを示す。意思の中心にあるのは人ではなく島宇宙である。

五縞 放擲

所有と放擲の関係性。個人で何かを占有するということから開放し、みなで共有して所有することは放擲(だれも所有していない)のと同じことで、それを一時的に誰かが使う。その状態がのぞましいのでは。不動産などは領土を「占有」するという大陸原理を個人で実行していることになるのではないか。

七縞 声

島唄は元々即興の掛け合いであり、それは配慮ある放擲である。

十縞 真似(まね)び=学(まね)び

歌などの身体的な真似びはどう頑張ってもコピーにはならず、必ず固有性が出てくる。画一的で合理的な教育ではなく、揺らぎのある学びがあるべき。

などなど、この一部の文章では説明しきれない、様々なことについて「郡島」から展開して興味深いお話をお話しいただきました。

今福さんの熱のこもったお話に、会場は静かにじっくりと耳を傾けていました。

今福さん3

土井さんからは建築方面からの見解として、建築も図面に書いた通りには建てられないし出来たとしても面白くない。いかに現場での即興性をチームで共有しつつ作っていけるかという憲法後半の予定調和に対するメッセージも。

その後、憲法の十一縞「秘密」という条項について。粘菌のようなものはカテゴライズ出来ないために気持ち悪がられるが、それは謎に満ちているということ。知性とは自分を隠すもので、全てを開示して差し出すものではない。あるものをパズルのように組み合わせているだけでは知性はやせ細ってしまう。

最後に木ノ下さんから、現在の見えなくなっている粘菌の状態が、今福さんの手紙にあったヘンリ・デビット・ソローの「真実が持つ胞子は無限なほどに数多く、まるで微細な煙のように精妙にできている。」という言葉によく現れているとの話がありました。

今回のトークのなかで、所有と放擲についての考え方がかなり大きく語られていました。とても興味深く、これからの現代社会の生き方にとても重要なように思えます。

キクチ

 

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