スタッフブログ

武田晋一アーティスト・トーク 「アーティストと雑草学者のみちくさ談義」
ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭vol.9

 2019.12.7(B1事務局 サポートスタッフ 市川)

現在開催中の鉄道芸術祭vol.9で、都市における雑草の存在に着目した作品を展示している武田晋一さんと、京都大学で雑草学を研究されている冨永達教授のトークを開催しました。

▶︎武田晋一アーティスト・トーク「アーティストと雑草学者のみちくさ談義」の詳細はこちらから

【鉄道芸術祭vol.9】12月7日開催 武田晋一×冨永達トーク「アーティストと雑草学者のみちくさ談義」

まずは、武田さんからこれまでの活動や現在展示している作品についてご紹介いただきました。

本展で展示されている武田さんの作品は、「鉄道草」と呼ばれる雑草の一つ、ヒメムカシヨモギが時計のムーブメントの動きを利用してゆっくりと回転する《running》、鉄道駅のホームベンチをモチーフとした「休眠」を意味する《quiescency》、参加アーティスト3名の作品にまつわるキーワードから考案したアナグラムを雑草から漉いた紙で制作した《saying》、武田さんの自宅の前庭で伐採したススキで構成される《standing》の4つです。スライドで展示されている写真は、自宅のある奈良県東吉野村からアートエリアB1まで電車を乗り継いで展示作品を運搬している過程が写されています。これには作品を自身の身体で持って来られることと歩くことへのこだわりがあります。人間は二足歩行になることで手が空き、荷物を運ぶことができるようになりました。武田さんはこれを人間の根源性に関わることと捉えているそうです。例として、両手にサトウキビを持って二足歩行で歩くチンパンジーの姿が突然写し出された時には驚きました。

【鉄道芸術祭vol.9】12月7日開催 武田晋一×冨永達トーク「アーティストと雑草学者のみちくさ談義」

なぜ運ぶ過程を可視化するのかというと、作品が作品として成立するのは展示期間だけではなく、その状態を拡張したいという思いがあると武田さんは言います。大抵の場合、作品は荷物として運搬され、展示期間が終わればまた倉庫や自宅に戻されます。しかし、武田さんは作品が展示されている時、運搬されている時、保管されている時、それらすべての状態を作品の一部と捉えて制作されており、作品がどこから来てどこへ行くのかを考えておられるそうです。以前フランスで展示をした際には、作品を飛行機の手荷物サイズにして運搬し、展示会場で開くと3mもの大きさになるといった作品を発表されました。作品が鑑賞される時と運ぶ時で、その姿かたちが変化するということも武田さんの作品の大きな特徴です。

武田さんは現在、東吉野村でヨモギを育てていて、雑草と対峙する日々を過ごしているといいます。本展覧会の「都市」「都市開発」というテーマで雑草を考えたとき、田舎ではお盆の前など、自然の時の流れに沿って草刈りの時期が決まっていますが、都市では経済が優先され、雑草にとっては草刈りの時期が予測不可能な状況であるといえます。この状況をふまえ武田さんは不安定で予測不可能な現代の都市社会を連想されたそうです。今回、雑草学者との対談が実現するに至り、「休眠性」と「表現型可塑性」が気になっていると告げて、冨永さんにバトンタッチされました。


【鉄道芸術祭vol.9】12月7日開催 武田晋一×冨永達トーク「アーティストと雑草学者のみちくさ談義」

富永さんは、雑草を取り上げたことに対して感謝の言葉を述べられて、雑草のお話が和やかに始まりました。

まずは雑草の定義について紹介されるなかで、「撹乱」というキーワードが出ました。撹乱とは、植物体の一部や全部を破壊する外部からの力のことをいい、植物にとって例えば農業、耕作、災害、動物の踏みつけや、開発による草刈りも撹乱です。山野草は撹乱のあるところでは繁殖できませんが、雑草は撹乱のある場所でないと繁殖できないそうです。農業は作物と雑草の繁殖場所が重なるために、農家にとって雑草は敵になるわけです。しかし、雑草にとって抜くという行為は撹乱ですから、抜いても抜いても出てくるという無限のループに悩まされるのです。

【鉄道芸術祭vol.9】12月7日開催 武田晋一×冨永達トーク「アーティストと雑草学者のみちくさ談義」

武田さんのお話にもあった都市と田舎の環境について、たとえば田んぼでは春に田植え、秋に稲刈りをするというように、撹乱の時期が予測できますが、都市においてはビルなどの建設前に刈られるため、植物には予測不可能です。ところが、撹乱が予測できるところとできないところで生えている雑草が違うそうです。たとえば、都市の歩道の隙間などに見られるスズメノカタビラは、踏みつければ踏みつけるほど穂の数が多くなり、種をたくさんつけるということが調査でわかっています。これを「表現型可塑性」といいます。雑草は周囲の環境に応じてその生態を変化させる特性があるそうです。武田さんは、自分もその時その時の環境によって作品を変えるので、これも表現型可塑性と言えるかもしれないというコメントがとてもユニークでした。

【鉄道芸術祭vol.9】12月7日開催 武田晋一×冨永達トーク「アーティストと雑草学者のみちくさ談義」

話は、武田さんの作品に使われている鉄道草へと移ります。展示されているヒメムカシヨモギなどの鉄道草は、その名の通り鉄道沿いに見られますが、種が小さく軽いために列車が通る風に乗って線路沿いに広がっていくそうです。ヒメムカシヨモギは外来種ですが、外来種が新しい土地で定着するためには、運ばれる・生きる・繁殖する・広まっていく・広まった先の環境に適合するなど、いくつものステップをクリアしなければなりません。鉄道草はそれらを達成したエリートであると冨永さんはいいます。

【鉄道芸術祭vol.9】12月7日開催 武田晋一×冨永達トーク「アーティストと雑草学者のみちくさ談義」

続く対談では、武田さんから冨永さんにいくつか質問が投げかけられ、みちくさ談義はどんどん深まっていきます。

日本で勢いを増している西洋たんぽぽは、外来植物として広く知られていますが、実は関西では西洋たんぽぽと関西たんぽぽの雑種が多く生息しています。関西の熱い夏に弱い西洋たんぽぽに対して、在来の関西たんぽぽは、夏場に休眠することによって暑さを凌いでいます。現在、関西で繁殖している雑種は、西洋たんぽぽの繁殖力と関西たんぽぽの休眠の知恵を合わせ持っている種なのです。また、地中では雑草の種がたくさん休眠していて、だらだらと時間をかけて芽を出すという特徴も紹介がありました。
武田さんにとって会場に展示された作品は「休んでいる」状態らしく、作品が展示を終えて運ばれて行く過程も含めて作品という考え方は雑草の生態の特徴に近しいのかもしれません。

参加者からもさまざまな興味深い質問や感想をいただき、終始活発に対話が展開されました。冨永さんは地面を見ながら歩いて欲しいとおっしゃって笑いを誘っていましたが、これから地面を見る目も変わりそうです。

小沢裕子アーティスト・トーク 「言葉の乗り物たちの集会」
ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭vol.9

 2019.11.23(B1事務局 サポートスタッフ 森)

11月23日、『鉄道芸術祭vol.9 都市の身体』の参加アーティストである小沢裕子さんをゲストに、アーティスト・トーク「言葉の乗り物たちの集会」が開催されました。アートエリアB1の運営委員である木ノ下智恵子さん、久保田テツさん、塚原悠也さん、そして展示している映像作品に出演された方々も交えて、小沢さんの作品に込められた「言葉」についての思想や『鉄道芸術祭』との関係が紐解かれ、有意義なイベントとなりました。

11月23日 小沢裕子アーティスト・トーク「言葉の乗り物たちの集会」

トークは、まず小沢さんによるご自身の経歴と作品紹介から始まりました。

最初に、現在のアーティスト活動の最も初期に位置づけられるものとして挙げられたのが、《語呂合わせ》(2005)という映像作品です。これは芸大在籍中に制作された作品で、テレビやビデオなどから集めてきた様々な声を、まるでひとりの人間がしゃべっているかのように見せています。発話の主体と話された内容を故意に一致させない本作品には、小沢さんの一貫したテーマである「言葉」に対しての姿勢がすでに表れています。

11月23日 小沢裕子アーティスト・トーク「言葉の乗り物たちの集会」

次に、過去作品《James》(2014)や《デキリやギーゼ》(2017)、《SPEAKERS》シリーズ(2014~)を紹介し、展示している二つの作品の説明へと移りました。

本展覧会に合わせて制作された《石松三十石船道中》と《SPEAKERS》シリーズの新作は、いずれも、外国人居住者が大勢住む大阪の「異文化」性に焦点をあて、その考え方、感じ方の違いを小沢さんの「言葉」を扱う特徴的な手法で作品化したものです。今回の二作品を塚原さんは、従来の小沢さんの作品の特徴を維持しつつ、新たな可能性を見出すことに成功していると話されていました。

映像作品《石松三十石船道中》(2019)は、大阪に伝わる「浪曲」を伝言ゲームのように、それぞれ異なる文化、国籍を持つ5人に歌い継いでもらう作品です。参加する人々は浪曲というものや歌詞の内容を知らず、歌のメロディや世界観を自分で連想しながら表現し、次の人に歌い継ぎます。実際に作品制作に参加した方々に感想を尋ねると、各自が連想したイメージが全く違うことがわかりました。たとえば、最初に歌ったシナンジャさんはダンサーということもあって、身体も使いながらアグレッシブに歌われています。ところが、2番手を務めたニルミニさんにはそれが子守歌に聞こえたため、一転して静かに歌われています。このように歌い継がれるたび、浪曲はオリジナルからどんどん離れ、最後を担当したタピオさんが歌う時にはもはや独自のものへと変わっています。歌い継ぐことで失われた浪曲の意味が、5人の独自な表現によって補われていき、やがて異なるものへと変わっていく。この面白さに注目しながら作品を見ていただきたいと、小沢さんは仰っていました。

11月23日 小沢裕子アーティスト・トーク「言葉の乗り物たちの集会」

もう一つの作品である《SPEAKERS 日本語学生の先生と生徒》(2019)は、これまでのSPEAKERSシリーズで初めて外国人を起用したことで、塚原さんが言う「新たな可能性」が見出される一つの要因となったことでしょう。
「言葉の二人羽織」とも言えるSPEAKERSシリーズは、会話の間にあえて他者を介在させることで、私たちが何気なく行っているコミュニケーションの困難さを作品としています。今回の作品では、中国人留学生の傅(フ)さんと姜(キョウ)さん、日本語講師の川村さんと後藤さんがそれぞれ「中国人と日本人」でペアになり、二人羽織のように会話が展開されます。川村さんは、中国語の発話が果たして肯定文なのか、質問をしているのか、そしてその言葉にはどんな感情がこもっているのかが理解できず、やりにくかったと述べられました。分からない会話の中でふいに笑いが込み上げたという川村さんのお話は、コミュニケーションを交わしにくい環境でどう振る舞うのかという、本作品の核心を突いているのではないかと思います。

11月23日 小沢裕子アーティスト・トーク「言葉の乗り物たちの集会」

最後に小沢さんは、隠れキリシタンの間で江戸時代から歌い継がれてきた『オラショ』を例に、さらにご自身の関心について説明されました。オラショは、もとは海外宣教師によって伝えられた「意味」を持った歌でしたが、意味を知らない当時のキリシタンの間で伝承過程で、次第に独自の祈りの歌へと発展しました。言葉の意味が少しずつ失われ、最後にはわずかな音の片鱗しか残らなくとも、一方でそれによって新たな意味も生まれてくる点に小沢さんは強く興味を惹かれるといいます。言葉の伝達の難しさと同時に、それでも伝達を試みることで生じる変化や面白さ、そしてそのいとなみの尊さについて考える時間となりました。

12月に入り、鉄道芸術祭も残り数週間の開催となりました。まだまだ関連イベントも続きます。ぜひ一度、足を運んでみてください。

「カタコト、空耳、デタラメの歌謡史:聞こえることと歌うこと」
ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭vol.9

 2019.11.13(B1事務局 サポートスタッフ 金城)

11月13日、「鉄道芸術祭vol.9 都市の身体」の関連として「カタコト、空耳、デタラメの歌謡史:聞こえることと歌うこと」を開催しました。

ゲストに、ポピュラー音楽や大衆音楽、近現代大衆文化史を専門とする研究者であり、大阪大学大学院文学研究科准教授の輪島裕介さんをお招きし、近代日本の大衆音楽史に沿って、カタコト、空耳、デタラメを歌詞にした歌謡曲="カタコト歌謡"をテーマに、時代における背景や人々の意識などを解説していただきました。

11月13日、ラボカフェスペシャルfeaturing鉄道芸術祭「カタコト、空耳、デタラメの歌謡史:聞こえることと歌うこと」ゲスト:輪島裕介さん(大阪大学大学院文学研究科 准教授)

まずは、明治時代の流行歌『オッペケペー節』を例にデタラメについてお話しいただきました。

『オッペケペー節』は日本最古のラップとも言われ、当時関西一円の寄席で様々な演者によってうたわれていました。 "オッペケペー"という言葉自体に意味はなく、言葉自体が新しく面白い反面、わけのわからない外来語に対する揶揄としても用いられたのではないかと言われているそうです。中でも民衆から人気を博した川上音二郎の『オッペケペー節』は、当時の洋服、洋髪、洋食などの表面的な西洋化政策への反発が歌詞全体から窺えます。

他には、中国の歌である明清楽『九連環』を耳で聞いたとおりに覚え、日本語風に変化させた『かんかんのう』や、"ラメチャンタラギッチョンチョンデ パイノパイノパイ"という不可思議な歌詞のある『東京節』(原曲『Marching Through Georgia』)などが紹介され、聞き馴染みのない外国語が謎めいたオノマトペに変化した背景がよく分かりました。

言葉の意味がわからないまま聞こえたとおりに歌われた例として紹介されたのは、沖縄民謡の名人である登川誠仁と照屋林助によるデュエット『ペストパーキンママ』(原曲『Pistol Packin' Mama』)です。

この曲は、外来の曲を三線を弾きながら、異国の言葉の響きのまま歌っています。アメリカ統治期の沖縄で青年期を過ごした登川誠仁が当時得意としていたネタだそうです。沖縄で定着した英語由来の言葉には、書き言葉に寄せることなく、聞こえる言葉からそのものが定着した例がいくつかあり、このことを輪島さんは「言葉というより響き」と表現されました。

11月13日、ラボカフェスペシャルfeaturing鉄道芸術祭「カタコト、空耳、デタラメの歌謡史:聞こえることと歌うこと」ゲスト:輪島裕介さん(大阪大学大学院文学研究科 准教授)

続いて、空耳について。

『タモリ俱楽部』という番組の人気コーナーのひとつ「空耳アワー」などを例に、言葉の音韻は分かるが、意味を知らないからこそ成り立つ可笑しさや面白さを説明していただきました。空耳には、外国の言葉を音として聞いた時に日本の言葉に聞こえる、或いは、外国の言葉風に聞こえるが語彙自体はナンセンスなものという特徴があります。その言葉の意味が分かるかどうかよりも、外国語話者たちや文化に対する先入観から、聞き手がそれらとどのような距離をとっているのかを自覚する装置になりうるかもしれないと輪島さんは言います。

11月13日、ラボカフェスペシャルfeaturing鉄道芸術祭「カタコト、空耳、デタラメの歌謡史:聞こえることと歌うこと」ゲスト:輪島裕介さん(大阪大学大学院文学研究科 准教授)

輪島さんはデタラメにおいて海外の文化の流入への抵抗を指摘されていましたが、最後のカタコトでは、日本語が英語に歩み寄っていくさまを教えていただきました。

昭和初期、レコード産業の隆盛に併いジャズが新しい大衆歌謡として根付きはじめた頃、アメリカ人がカタコトの日本語で歌うバートン・クレーンの『酒がのみたい』や、日本人が外国人風に歌うディック・ミネの『ダイナ』など、レコード盤の流通という経済的な戦略とともにカタコトの歌が生まれていきます。また、昭和47年、矢沢永吉、ジョニー大倉を擁するキャロルのデビュー曲『ルイジアナ』では、ジョニー大倉が歌詞を日本語表記からアルファベット表記に書き換え、日本語でありながら英語風に歌ったというエピソードがあるそうです。また、空耳とカタコトが異常な進化を遂げた例としてMONKEY MAJIK×岡崎体育の『留学生』という曲をご紹介されました。この曲では空耳とカタコトの要素が全て計算されて取り入れられています。

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そもそも日本語は外来語を借用しやすいのだそうです。日本語は、表意文字・表音文字を併用でき、異なる言語との出会いにバイアスがかかり、外国語がデタラメ、空耳、カタコト化すると輪島さんは言います。明治時代には風刺として、昭和から近年にかけては娯楽として、各年代それぞれにデタラメ、空耳、カタコトが何かしらのツールとして社会的に重要な役割を果たしていることを理解できたのと同時に、それらが私たちの耳から離れないある種の呪術的とも言いうる要素を持つものだと実感しました。

アートエリアB1では現在、都市と身体の関係性に着目した企画展「鉄道芸術祭vol.9 都市の身体」を12月29日まで開催しています。
本展の参加アーティストのひとりである小沢裕子さんは、日本人と外国人双方の言葉によるコミュニケーションのあり方などについて考察した2つの新作映像作品を発表しています。なかでも、大阪発祥の語りの芸能である「浪曲」に着想を得た作品《石松三十石船道中》では、5カ国5人の人々が、言葉の意味がわからないまま聞こえたとおりに歌い、さらに、その歌を伝言ゲームのように歌い継いでいます。言葉の意味が抜け落ちた歌には、国や文化、生活環境などの背景によって異なる受け取り方がされ、それぞれの感知や記憶が投影された独自のものへ変容していく様子が浮かび上がっています。
引き続き、皆さんのご来場をお待ちしています。

「都市の身体―世界の内と外からの考察」
鉄道芸術祭vol.9 オープニング・トーク

 2019.11.8(B1事務局 サポートスタッフ 野村)

 鉄道芸術祭vol.9「都市の身体 ~外から眺める私たちの輪郭、遠くから聞こえてくる私の声~」の開幕に伴い、初日10月26日15時からオープニングトーク「都市の身体―世界の内と外からの考察」を開催しました。

 この日は本展覧会の参加者である、ジョンペット・クスウィダナントさん、小沢裕子さん、武田晋一さんの3人のアーティストに、展示作品を通して、それぞれの視点から今回のテーマである「都市と身体」について語っていただきました。

10月26日開催 鉄道芸術祭vol.9オープニング・トーク「都市の身体─世界の内と外からの考察」

 まず、ロビーにて参加アーティストそれぞれの自己紹介からスタートしました。

 ジョンペット・クスウィダナントさんは、自国インドネシアの成立や歴史、文化を背景に現代の社会状況に焦点を当てたインスタレーションをこれまで発表されてきました。例えば《Noda》(インドネシア語でしみ、汚れを意味する)は、白い部屋の様々な場所から墨がしたたり落ち広がっていく様子を撮影した作品で、インドネシアの中で、暴力などの問題=しみが対話されずに残っている現状を抽象的に表現されているそうです。

10月26日開催 鉄道芸術祭vol.9オープニング・トーク「都市の身体─世界の内と外からの考察」

 小沢裕子さんは、「言葉と体を引きはがす」ことをテーマにした映像作品やインスタレーションを制作されています。これまでに制作された作品は字幕を用いたもの、文字を用いたもの、《SPEAKERS》という作品の3種類に大別され、それらは「私」という単語に始まる言葉と、その言葉を話す・書く主体としての「私」の関係を揺さぶります。知らない言語の文字を書き写すことをリレー形式で行った作品では、伝達していく中で何が失われ、何が残り、何が生まれていくのかを追うことができ、今回の展示はそういった作品が発展したものとみることができます。

10月26日開催 鉄道芸術祭vol.9オープニング・トーク「都市の身体─世界の内と外からの考察」

 武田晋一さんは空間に応じて多様な素材やオブジェクトを配置したインスタレーションを発表されてきました。作品を制作する中でその作品を「運ぶ」ことにも関心を持ち、自身の作品をいかにして運ぶか、どのように収納するかまでの過程全てを作品と捉え、作品を運びやすいように工夫をこらしてコンパクトにまとめ、自身で運び、その様子を写真に残すことをされています。

   

 次に、展示会場に移動して、それぞれの作品に関して話していただきました。

10月26日 鉄道芸術祭vol.9オープニング・トーク「都市の身体─世界の内と外からの考察」Jompet Kuswidananto作品

 ジョンペットさんの作品は2012年に制作された《The Contingent #5》と今回大阪滞在中に制作された《Procession》の2つの部分に分けることができます。"Contingent"とは分遣隊や小部隊のまとまりといった意味を持ち、マスクの代わりに頭に巻き付けた衣類や、旗やマイク、太鼓を持った人々が一定の共通性を持ちながら何かを主張する様子を表現しているように見えます。今回の新作は《The Contingent #5》を拡張したとも言えるもので、インドネシア工場で作られた木製のおもちゃや日本の蚤の市で手に入れた物品を組み合わせたものが《The Contingent #5》を先導するように床に並べられています。新作で使われた材料は、ノスタルジーを感じるものが選ばれ、また《The Contingent #5》の隊列からは、かつてインドネシアが軍事政権下で統制されていたポップミュージックが時折流れます。

   

 武田さんの雑草から作られた紙を用いた作品《saying》では、3名のアーティストが一つずつ出し合った文字を切り抜き展示しています。「multitude」はジョンペットさんが、「mobility」は武田さんが、「intonation」は小沢さんが選んだ単語です。この3つの単語をアナグラムにして「nation」「tumult」「deity」「moil」「biotin」が構成されました。

 武田さんの作品は、ジョンペットさんの作品と小沢さんの作品を緩やかに繋ぐようにして展示されています。ジョンペットさんの隊列の隣には、レールを思わせるように外来植物が並べられた作品《running》があります。整列された外来植物たちは、時計のムーブメントの動きを利用してゆっくりと回転しています。

10月26日鉄道芸術祭vol.9オープニング・トーク「都市の身体─世界の内と外からの考察」武田晋一、解体の様子のサムネイル画像のサムネイル画像10月26日鉄道芸術祭vol.9オープニング・トーク「都市の身体─世界の内と外からの考察」武田晋一、解体の様子のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像10月26日鉄道芸術祭vol.9オープニング・トーク「都市の身体─世界の内と外からの考察」武田晋一、解体の様子のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像

 鉄道駅のホームベンチをモチーフとして制作された《quiescency》は、この時まで2つ並んでいましたが、このギャラリーツアー中に、武田さんが1つのホームベンチを解体し、それらの部品を組み替え大小のプラカードに変容させました。デモ行動の象徴的な道具であるこのプラカードは、ジョンペットさん作品への武田さんからの応答として展示されました。

 

10月26日鉄道芸術祭vol.9オープニング・トーク「都市の身体─世界の内と外からの考察」小沢裕子作品

 ギャラリーの奥にある5つ並んだディスプレイと、3台のプロジェクターから壁面いっぱいに映し出された映像は、小沢さんの作品です。ディスプレイの作品《石松三十石船道中》は、浪曲を耳で覚えたものを伝言ゲーム形式で5人の異なった言語を母語とする方に歌ってもらった映像です。その向かい側には《SPEAKERS》の最新作で、日本語の先生である二人と、日本語を勉強している中国人の学生二人による奇妙な会話の映像が映されています。小沢さんが大阪滞在中に外国人が多く住む地域を訪問したり、浪曲を鑑賞したりした体験が、今回の作品を構成する要素の一部となっています。

   

10月26日鉄道芸術祭vol.9オープニング・トーク「都市の身体─世界の内と外からの考察」小沢裕子

 再びロビーに戻り、最後に今回の展覧会のテーマ「都市の身体」について改めて伺いました。

 本展の副題である「外から眺める私たちの輪郭、遠くから聞こえてくる私の声」は小沢さんにつけていただいたものです。小沢さんは、自身の作品から見えてくる"身体を通して何かが伝わっていく様子"や大阪での経験から、副題をつくられ、この言葉をとても気に入っていると言います。

 公共のものを使って作品を「運ぶ」武田さんや、私を個人ではなく集団の中のひとりとすることで何かを訴える様子を表現するジョンペットさんの作品にも、このテーマは共鳴するものであると感じました。

 今回の展覧会は身体をテーマにしていながら、身体が不在であることをもって、私たちの存在や目的から発生する必然性を浮き彫りにし、不在が新しいものを生み出す側面について考えさせるようなものであると感じました。

 鉄道芸術祭vol.9「都市の身体」は12月29日まで開催しています。
会期中には小沢裕子さんと展示作品に出演している方々によるトークや、武田晋一さんと雑草学者の冨永逹さんのトークなどを開催します。そして、会期終了間近の12月22日には、いとうせいこうさんをゲストにお呼びし、展覧会場をフィールドに本展参加アーティストとのトークセッションを繰り広げます。
 引き続き、皆さんのご参加をお待ちしております!

神戸はどこへ向かうのか 〜アートプロジェクト:TRANS- が目指すもの
プロジェクトミーティング

 2019.6.4(B1事務局 下津)

新開地、兵庫港、新長田の3つの地区を舞台に、今秋初の開催となる「アートプロジェクトKOBE 2019:TRANS- 」。歴史的に海外との交流が多く、外来文化と交わりながら独自の文化を育んできた神戸という地で行われる今回の芸術祭は、「何かを"飛び越え、あちら側へ向かう"ための試み」とされています。

今回のトークイベントでは横浜トリエンナーレ2014でもキュレーターを務めたディレクターの林寿美さんをお招きし、その取り組みをご紹介していただくとともに、現代アートとまちの関係や国際展/芸術祭のあり方、その可能性について語っていただきました。

 

6/4 プロジェクトミーティング「神戸はどこへ向かうのか 〜アートプロジェクト:TRANS- が目指すもの」ゲスト:林 寿美(TRANS- ディレクター)

TRANS- の会場は主に湾岸エリアに設けられています。文化的に洗練された北野坂やポートタワーのあるハーバーランドなどの街中ではなく、あえて下町や工業地帯を選び、そこで面白いことをやってみようという試みからこのプロジェクトはスタートしました。さらに一つの場所や拠点に絞り込まずに日常の風景の中に溶け込むように作品を展示することで、多義的な意味をその作品の中に見いだすことができます。ここで2名の参加アーティストの作品を少しだけ紹介しましょう。

 

ドイツの炭鉱町、ライト出身のグレゴール・シュナイダーさんは16歳の頃から自宅の部屋の中に別の部屋をつくるなど、異空間と非現実的な体験の創出を得意とするアーティストです。2001年にはヴェネツィア・ビエンナーレでドイツ館代表として選出され、最優秀作品として選ばれたものにだけ与えられる金獅子賞を受賞しました。

まず、今回のプロジェクトのために新たに制作される作品《虚構か現実か》(仮称)。
この作品の舞台となるのは昭和43年に兵庫県の衛生研究所として設立された旧兵庫県立健康生活科学研究所です。シュナイダーさんはこの廃ビル全体を作品化し、大型インスタレーションにしてしまうという試みを企てています。ビルに足を踏み入れた観客たちは非日常的な検査室、研究室、動物舎などの昔の痕跡が残る空間をさまよいながら違和感あるいは恐怖に近い体験に遭遇し、現実と虚構の間を行き来することができます。なお、建物は展示終了後に取り壊しが決定しているため作品はTRANS- 開催期間のみの限定公開となっていることも注目すべき点です。

廃墟を利用したり非日常的空間要素を取り入れた作品は他の会場でも展示される予定です。
兵庫港エリアでは昨年の3月頃まで1泊50円で宿泊できたといわれる、日雇い労働者のための一時宿泊施設「兵庫荘」を作品化した《消えゆく兵庫荘》(仮称)を設置、さらに新長田エリアの駒ヶ林駅構内には数年前にCIAによる収監者への拷問で話題になった、キューバのグアンタナモ湾収容所内の施設を再現したインスタレーション《白の拷問》(2005〜)を展示します。

 

6/4 プロジェクトミーティング「神戸はどこへ向かうのか 〜アートプロジェクト:TRANS- が目指すもの」ゲスト:林 寿美(TRANS- ディレクター)

 

一方、もう一人の参加アーティストであるやなぎみわさんは、中上健次の小説を原作にした2016年初演の野外劇《日輪の翼》に、神戸という地域性に合わせた新演出を折り込み上演します。公演場所はやなぎさんの生家の近くである神戸市中央卸売市場埠頭。芝居、歌、生バンド、サーカス、ポール・ダンスなど華やかで生々しく不思議なパフォーマンスで構成される幻想的な世界が今回どのように生まれ変わったのか、そしてやなぎさん自身の生まれ故郷である神戸とどのように交わるのか、大変注目度の高い作品です。

 

6/4 プロジェクトミーティング「神戸はどこへ向かうのか 〜アートプロジェクト:TRANS- が目指すもの」ゲスト:林 寿美(TRANS- ディレクター)

 

今回のアート・プロジェクトの背景には「兵庫県の海岸線を活性化させたい」という願いがあります。林さんもまた神戸市の須磨区出身だそうですが、神戸で生まれ育った林さんの目から見ても特に海岸沿い地域では時代とともに様々な変化が生まれてきつつあるようです。特に南部は元々在日韓国人の多い地域でしたが、昨今ではベトナムやミャンマーからの移住者やクリエイターの移住も増えており、下町芸術祭が開催されたことからも独特な地域性と新しいムーブメントが誕生しはじめている土地でもあります。さらにTRANS- の会場の一つでもある新開地も数十年前までは地元の人たちの間でも「子供や女性が一人で行ってはいけない場所」と呼ばれるような地域でしたが、現在では高層マンションが次々と建設され大きな商業施設ができるなどファミリー層が集まってくるようになりました。このように時代とともにその土地の雰囲気や文脈が変化していく中で、アートの持つ力も何か役に立てられるのではないか?というのがTRANS- が探求する可能性です。

 

そしてTRANS- の新奇性は、地域のアート・プロジェクトにおいて、シュナイダーさんの作品のような恐怖や違和感、今まで味わったことのない不思議な感覚に陥りながらも「興味深い」という気持ちに腹落ちするような作品で挑戦しようとすることにあると本トークの中で明らかになりました。地域性の高い芸術祭は「元気になる」「励まされる」あるいは「町おこしになる」といった価値観へと転換することを目指す傾向がある中で、こうした形での非日常との交差を試みることは地域性と芸術性の交わりに対する大いなる期待になるかもしれません。

「アートプロジェクトKOBE 2019:TRANS- 」は今年9月14日(土)〜11月10日(日)開催予定です。日常と非日常の往来、時代とともに変化する地域性を体感できる新たなプロジェクトに期待大です。

 

「アート・プロジェクトKOBE2019:TRANS- 」開催概要
会期:2019年9月14日(土)~11月10日(日)
出展作家:グレゴール・シュナイダー、やなぎみわ
ディレクター:林 寿美
開催エリア:兵庫港地区、新開地区、新長田地区
▶︎詳細は「アート・プロジェクトKOBE2019:TRANS-」ウェブサイトからご確認ください。

「"情の時代" から考える〜あいちトリエンナーレ2019〜」
プロジェクト・ミーティング

2000年代から全国各地で開催されるようになった芸術祭やトリエンナーレ・ビエンナーレ。その中でも国内最大級の規模を誇り、毎回ユニークなコンセプトで成功を収めている芸術祭「あいちトリエンナーレ」。4回目となる2019年度のテーマは、「情の時代Taming Y/Our Passion」です。

今回のラボカフェでは、芸術監督を務められる、ジャーナリスト/メディア・アクティビストの津田大介さんにお越しいただきました。

5/29 プロジェクト・ミーティング「"情の時代" から考える〜あいちトリエンナーレ2019〜」ゲスト:津田大介さん

芸術監督からじきじきにお話を聞ける貴重な機会ということで、定員を大きく上回るみなさまにご参加いただきました。

 

「情の時代Taming Y/Our Passion

今回のテーマは「情」。

世界が情報メデイアによってどんどん感情的になりつつあることへの危機感がきっかけだったと言います。情には幾つかの意味があり、「感情によるこころのうごき」「実情、情報など本当の姿」「なさけ」など、かなり多義的です。昨今の状況を考えたとき、こうした複合的な意味合いをもつことばがふさわしいということで「情の時代」に決定しました。

そんな時に飛び込んできたのが、2018年の東京医科大の女子受験生が一律減点されていたというニュースでした。津田さんは先進国で客観的と思われていたペーパーテストで男女差別が行われていたことに強い衝撃を受け、アート業界の男女比について改めて調べてみたところ、そのバランスに愕然としたといいます。

 5/29 プロジェクト・ミーティング「"情の時代" から考える〜あいちトリエンナーレ2019〜」ゲスト:津田大介さん 

アート業界は男女平等?

学芸員、キュレーター、美大生などは圧倒的に女性が多い領域です。そのため、アート業界は女性が活躍している領域であると当初、津田さんは思っていたそうです。ところが調べる中で判明したのは、館長クラスや美術館に作品が多く収蔵されている作家、大学教員になると、男女比がきれいに逆転しているという事実でした。

この背景には男性教員が多く、作品制作の助手として男子学生が選ばれやすく、女子学生がゼミに所属しづらい状況や、管理職となると女性進出が難しい状況があることがわかりました。

この状況を知り、現代で芸術祭をやるのであれば、一部のアートファンだけに意味があるものではなく、社会全体に対して「共生」「アファーマティブ・アクション」として打ち出したいと考え、選定作家の男女同等を掲げることにしました。ちょうど、100年以上の歴史を持ち文化のオリンピックと言われる今年の芸術祭のヴェネツィア・ビエンナーレにおいても選定作家の男女比が同数であることが表明されており、追い風になったと言います。

「大きな芸術祭がはっきりと数の平等を打ち出すことで、美術業界や、今後の芸術祭はそのことを意識せざるを得なくなっていくのではないか」とのこと。

芸術祭がこうした社会の動きを取り入れて新たな手法で内容を構成することで、これまでにない芸術祭に挑戦するという点で非常に意義のあることだと感じました。

5/29 プロジェクト・ミーティング「"情の時代" から考える〜あいちトリエンナーレ2019〜」ゲスト:津田大介さん

ラボカフェ後半では、会場からの多くの質問もいただき、参加者のみなさんが津田さんのお話をうけ、ひとりひとりが「情」や「芸術祭のあり方」について考えを巡らせていることが伝わってきました。

あいちトリエンナーレは8/1〜開催予定です。開催地の名古屋は大阪からは新幹線で1時間かからない距離です。ぜひ足を運んで現代のわれわれを取り巻く状況に思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。

 

「あいちトリエンナーレ2019」開催概要

テーマ:情の時代 Taming Y/Our Passion
会期:2019年8月1日(木)~10月14日(月・祝) [75日間]
芸術監督:津田大介 ジャーナリスト/メディア・アクティビスト
会場:愛知芸術文化センター、名古屋市美術館、名古屋市内のまちなか(四間道・円頓寺)、 豊田市(豊田市美術館及び豊田市駅周辺)

▶︎参加アーティストなどの詳細は「あいちトリエンナーレ2019」ウェブサイトからご確認ください。

中之島リサーチプログラム
饗庭伸「都市計画の視点で巡る中之島フィールドリサーチ」
ラボカフェスペシャル featuring クリエイティブ・アイランド・ラボ 中之島08

 2019.1.29(B1事務局 下津)

ゲストに首都大学東京都市環境学部都市政策科学科で教授を務める饗庭伸さんをお招きし、都市計画の視点から見た中之島のフィールドリサーチについてお話をしました。中之島でおこなったフィールドリサーチについて語っていただくとともに、参加者の皆さんと都市計画を主体となって考える場となりました。

1/29 中之島リサーチプログラム:饗庭伸「都市計画の視点で巡る中之島フィールドリサーチ」

ラボカフェスペシャル featuring クリエイティブ・アイランド・ラボ 中之島 08
中之島リサーチプログラム
饗庭伸「都市計画の視点で巡る中之島フィールドリサーチ」
1月29日[火] 19:00ー21:00

饗庭さんは人口減少時代における都市空間の変化や都市計画のあり方について論じた『都市をたたむ:人口減少時代をデザインする都市計画』を2015年に上梓し、都市の計画とデザイン、そのための市民の参加手法や市民自治の制度など、幅広く実践的なまちづくりの研究をされています。

本イベントでもワークショップ形式でゲームを行い、参加者の皆さんに都市計画に'参加'していただきました。

1/29 中之島リサーチプログラム:饗庭伸「都市計画の視点で巡る中之島フィールドリサーチ」

参加者は8名ほどのチームになり、中之島を舞台にそれぞれチームごとで与えられた条件や制約のもとでどれくらい都市計画を展開させることができるかを話し合いながら進めていきます。「ライオン」「桂枝雀師匠」「マウンテンバイクに乗った若者」など一風変わった様々な立場の役割を振り分けられ、その役になりきってそれぞれの立場から意見を出し合い都市計画を進めていこう、というゲームです。

饗庭さんは、一つの目標に対する様々な実現手段の組み合わせをつくることが'プランニング'なのだと言います。このゲームではあらゆる立場の人々が、どのようなまちをつくりたいか、どのようなまちになってほしいかを意見を出し合うことで最大公約数となる目標を設定し、そこへ向かうための手段を皆さんと考えることを目的としました。

1/29 中之島リサーチプログラム:饗庭伸「都市計画の視点で巡る中之島フィールドリサーチ」

実際の都市計画においてもあらゆる制約や条件の下でできる限り様々な人の意見を取り入れていくことは必要不可欠です。しかし時として、適度な制限はかえって発想を意外な方向へ広げるきっかけになりうるそうです。このワークショップではそうした都市計画の難しさと意外な転換の楽しさの両方の側面を体験してもらえたのではないでしょうか。

イベント終了後、参加者から「意外な自由度からどんどん展開していきながら計画が進んでいくのが大変面白かった」「適度に制限を設けることで発想が広がることを、体験を通じて実験できたことが収穫だった」などの声があり、都市計画や建築に関わりのない方々からも新たな方向からまちづくりに関心を抱いていただくことができました。

クロージング・イベント「トーク&ライブ」【後半】
ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭vol.8

 2019.1.26(B1事務局 下津)

 鉄道芸術祭vol.8「超・都市計画〜そうなろうとするCITY〜」クロージング・イベントの後半はライブパフォーマンスです。

クロージング・イベント前半
佐々木敦さん(批評家)のトークの様子は、
▶︎コチラのスタッフブログからご覧下さい。

 

 ここからは、舞台、客席ともに鉄道芸術祭vol.8の展覧会場へと移動します。
ライブパフォーマンスがスタートすると同時に、オスカー・ピータースさんのコースターが走り出しました。

1月26日 鉄道芸術祭vol.8クロージングイベント「トーク&ライブ」

1月26日 鉄道芸術祭vol.8クロージングイベント「トーク&ライブ」

 

 まずはDJ方さんによる実験的なDJパフォーマンスが行われました。
DJ方さんはその場で自身の声を録音、サンプリングすることで独特な音楽を作り上げます。こうしてつなぎ合い重なり合うDJ方さんの声は、パフォーマンスを囲むように展示されているTHE COPY TRAVELERSの作品とも呼応するようです。 

1月26日 鉄道芸術祭vol.8クロージングイベント「トーク&ライブ」【ライブ出演:DJ方さん(DJ)】

 

1月26日 鉄道芸術祭vol.8クロージングイベント「トーク&ライブ」【ライブ出演:NEW MANUKE(音楽グループ】

 

 そして、大トリの音楽グループNEW MANUKE
サンプリングと電子音とギターを組み合わせたパフォーマンスによって、様々なものがスピード感をもって行き交う都市空間の様子が一層カオスに立ち上がるようでした。

 

 こうして秋冬通して走り抜けた鉄道芸術祭vol.8は無事にゴールを迎えることができました。何度も足を運んでくださった皆様、ふらりと立ち寄ってくださった皆様、イベントに参加してくださった皆様、本当にありがとうございました。鉄道芸術祭はまた新たな形で帰ってきますので、引き続き今後を楽しみにしていただけたら幸いです。

 

 

 

 

鉄道芸術祭vol.8 関連プログラム
クロージング・イベント「トーク&ライブ」
日時:2019年1月26日(土)18:00─20:00
トークゲスト:佐々木敦(批評家)
ライブ出演:NEW MANUKE(音楽グループ)、DJ 方(DJ)
イベントの概要は▶︎コチラ

クロージング・イベント「トーク&ライブ」【前半】
ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭vol.8

 2019.1.26(B1事務局 下津)

 11月10日から約2ヶ月半に渡って開催していた鉄道芸術祭vol.8「超・都市計画〜そうなろうとするCITY〜」が、とうとう閉会の日を迎えました。

 展覧会ならびに関連イベント共々多くの方にご愛顧いただいた鉄道芸術祭のクロージングを祝し、トークゲストに批評家の佐々木敦さん、ライブにNEW MANUKEとDJ方(ぽう)さんをお招きしました。

鉄道芸術祭vol.8 関連プログラム
クロージング・イベント「トーク&ライブ」
日時:2019年1月26日(土)18:00─20:00
トークゲスト:佐々木敦(批評家)
ライブ出演:NEW MANUKE(音楽グループ)、DJ 方(DJ)
イベントの概要は▶︎コチラ

1月26日 鉄道芸術祭vol.8クロージングイベント「トーク&ライブ」【トークゲスト:佐々木敦さん(批評家)】

 佐々木さんは「超・都市計画〜そうなろうとするCITY〜」を読み解くにあたって、キーワードである「鉄道」からいくつかのアーティストの作品事例を紹介されました。

 まず、アメリカの実験映画作家ジェームズ・ベニング。ベニングは「風景映画」と称される、固定した長回しのショットで風景を撮影するスタイルで知られています。代表的な『カリフォルニア・トリロジー』シリーズ三部作の『セントラル・ヴァレー』(1999)や『ロス』(2000)、『ソゴビ』(2002)のように、彼の映像作品における主な被写体は、画面を横切る電車や雲が流れる青空、道路沿いのビルボード、郊外の木々などのありふれた風景です。基本的にBGMやナレーションをはじめとする演出はほとんどなく、そこにあるもの、そこで起こるものがただそれとしてそのまま画面上に映し出されます。
 ここで佐々木さんがとりあげたのは、2007年の作品『RR』です。『RR』の被写体は、郊外の線路を走る貨物列車です。ここでも映像の中で事件や出来事は一切起こらず、フレーム内に電車が現れ、そしてまたフレームの外へ走り去るまでが映されているだけです。 

 「これを観て何を思うのか?」と佐々木さんは問いかけます。まず印象に残るのは、走る列車の音です。列車、電車、鉄道は乗り物であるだけでなく、ある種の楽器としての可能性をはらんでいるのではないかと佐々木さんは指摘します。

 

 さらに、鉄道の持つ音の魅力に注目した音楽作品にノイズミュージシャンと呼ばれる音楽家クリス・ワトソンのフィールドレコーディングによる楽曲が紹介されました。フィールドレコーディングとは楽曲の録音をスタジオなどの通常の録音環境に制限せず、外で録音を行うことによってあえて環境音や自然音を一緒に記録する制作方法を指します。

 ここで紹介されたのは「幽霊列車」を意味する『El Tren Fantasma(エル・トレイン・ファンタスマ)』の名を冠した2011年のアルバムです。このアルバムは、1998年までカリフォルニア湾岸からメキシコ湾岸を横断して走行していたメキシコ国鉄の閉鎖に際し1ヶ月にわたって乗車してあらゆる音を記録し、それらをサンプリング・加工することで魅力的なサウンドに昇華した作品です。 

1月26日 鉄道芸術祭vol.8クロージングイベント「トーク&ライブ」【トークゲスト:佐々木敦さん(批評家)】

 鉄道に注目した創作を行なったアーティストは国内にもいます。
 サウンドアーティストの角田俊也氏とHACO氏による『The Tram Vibration Project』(2006)は、「聴こえない振動の環境版をつくる」というコンセプトで音の観察と抽出を試みたものです。恵美須町から浜寺駅前間を往復する阪堺電車内にて自作のコンタクトマイクを使用して「振動」という人間の聴覚では聴こえない音をキャプチャーする二人は「視覚に頼らず空間を探る経験が逆に普段より意識された」[1]ことを発見します。

 

 ベニングの映像作品、クリスの音楽、角田氏とHACO氏によるプロジェクトはそれぞれ手法と様式は全く異なりますが、列車で発する音を録音して三者三様のやり方によって一種の芸術表現に昇華している点で共通しています。列車の走行音、環境音は普段電車を使う我々にとって耳慣れたものでありますが、かえって意識にのぼらないほどごく当たり前のものになっています。先にあげた三つの事例は、「聴こえているのだけれど聞いているわけではない音」に気づき耳を澄ますという段階を超え、さらにその音自体を自分の表現として引用していることに佐々木さんは注目しました。

 

 聴覚や視覚の精度を上げることで得られるこの新たな視点は、都市にも向けることができます。そのヒントともなる作品のひとつとして、チャールズ&レイ・イームズの『パワーズ・オブ・テン』(1968)が挙げられました。これは公園でピクニックをしている男女を真上から撮影し、10倍、100倍、1000倍とズームアウトしていき、宇宙空間まで到達したところでまた同じようにズームインしていくことで映っている男性の皮膚や細胞の世界、さらに素粒子の世界まで近づいていくという短編映画です。私たち人間は粒のような存在であり、さらに私たち人間の中にも粒があるということを感じ取られる実験的映像としてよく知られている作品ですが、佐々木さんはこの映画を引用しながら「私たち自身が感覚や認識を更新し見方を変えれば、見慣れすぎてしまった日常的な都市の形が違って見えてくる」と語ります。

 

1月26日 鉄道芸術祭vol.8クロージングイベント「トーク&ライブ」【トークゲスト:佐々木敦さん(批評家)】

 佐々木さんが最後に紹介したのは、このトークのほんの3日前にこの世を去った映画監督ジョナス・メカスの映像作品です。ジョナス・メカスは「日記映画」と呼ばれる、自身の毎日をただ記録した映像を多く残した作家でした。『ウォールデン』(1969)や『リトアニアへの旅の追憶』(1972)といった代表作に見られるように、継ぎ接ぎの映像にのせられるのは静かな音楽かメカス本人の囁くような声だけです。
 彼はフィルムやビデオを回し続け、少しずつ日常を撮影し、それらをつなぎ合わせていくことで多くのものを記録しようとしました。断片的なショットやシーンが次々に切り替わっていく様子は、まるでまばたきをする視線そのものを記録しているようです。こうした手法で撮られた記録は、メカスがどのような目で世界を見ていたのか、そしてその映像を見ている私たち自身の世界に対する見方との違いは何かを気付かせてくれるきっかけを感じさせました。

 

 「世界が日々変化する一方で、私たち自身も日々更新しています。そして更新されていることに少しだけでも意識を向けることで見慣れた世界が新鮮なものに見える、もしかすると多少毎日が楽しくなる、自分でも気付かないうちに見え方や感じ方が変わっているということが面白いことであり、そしてこれこそがアートの意義なのではないでしょうか。」佐々木さんのこの言葉によって、クロージング・トークは締めくくられました。

 

クロージング・イベント後半
DJ 方(DJ)NEW MANUKE(音楽グループ)のライブ・パフォーマンスの様子は、
▶︎コチラのスタッフブログからご覧下さい。

 



[1] (角田俊哉氏のコメント、The Tram Vibration Project公式サイトより引用)http://www.hacohaco.net/soundart/tram_vibrations_j.html

「カラスが見た都市」
ラボカフェスペシャル featuring 鉄道芸術祭vol.8

 2019.1.24(B1事務局 江藤)

町でふとカラスに出会ったら、なんだか気になる。カラスもこちらを気にしているような気がする。なぜだろう。カラスって...。

鉄道芸術祭vol.8の会期も残り数日となった1月24日に、カラスの研究者である松原始さんにお越しいただき、都市に生活するカラスについてラボカフェをおこないました。

東京大学総合研究博物館特任准教授の松原始さんは動物行動学がご専門で、京都大学の学部生、院生時代からカラスを観察していらっしゃいました。その頃の資料やデータとともにユニークなエピソードも披露していただき、カラスの生態や行動についてお話しいただきました。

1/24 鉄道芸術祭vol.8 トーク・プログラム「カラスが見た都市」ゲスト:松原始(東京大学総合研究博物館 特任助教)

ラボカフェスペシャルfeaturing鉄道芸術祭
「カラスが見た都市」
1月24日[木] 19:00ー21:00
ゲスト 松原始(東京大学総合研究博物館 特任助教)

カラスはスズメ目カラス科カラス属の鳥で、世界には約40種類のカラスがいるそうです。日本で繁殖しているのは、嘴の太さの違いで名前がついているハシブトガラスとハシボソガラスで、この他に冬鳥として渡ってくるカラスや迷って来てしまったカラスなどが時折見られます。

ハシブトガラスは、もともとは森林の鳥ですが、町中によくいるのが見られ、ビル街なども問題にしません。対して、ハシボソガラスは水田や畑、河川敷など景色の開けたところが好きで、ビルの密集地などは好まないようです。

カラスは、ペアは縄張りの中で生活し、周りの縄張りの外で非繁殖集団が群れをつくっています。縄張りを持たないカラスは集団で寝ぐらをつくって眠ります。集団でいることで安全を確保しているそうです。木の上などでカラスが集まっている様子を不気味に思うことがあるかもしれませんが、ここにいるカラスは子どももいないので、人間にとっては安全だということです。

1/24 鉄道芸術祭vol.8 トーク・プログラム「カラスが見た都市」ゲスト:松原始(東京大学総合研究博物館 特任助教)

カラスの縄張りは、1つ直径200〜300mぐらいの大きさで、松原さんの調査によると京都の町は縄張りでぎっしりと隙間なく埋まっているそうです。人間が生活の上空では、カラスの生態のレイヤーが存在しているということです。

ちなみに、カラスは捕獲することが大変難しく、足輪をつけて行動範囲を知ることができにくいそうです。松原さんが目視で見失わないように追いかけるという苦労を重ねて蓄積された貴重なデータです。

1/24 鉄道芸術祭vol.8 トーク・プログラム「カラスが見た都市」ゲスト:松原始(東京大学総合研究博物館 特任助教)

さて、生きていくのに大事な食事についてですが、カラスは雑食です。セミやカマキリなどの虫、カエル、ザリガニなどの生物、柿、みかんなどの果実、くるみ、どんぐりなどの木の実、同じ鳥でも卵やヒナなど自分より弱い相手なら食べるそうです。また、魚の死骸などを食べるスカベンジャーでもあります。カラスは、生態系の食物連鎖のピラミッドで、光合成以外はすべての連鎖に関係しているジェネラリストと呼ぶそうです。

都市では人間の食べ残しのゴミをあさる姿をよく見かけますが、米、麦、ソーセージや焼き芋、スパゲティやジャンクフードも好きなようです。自然のものでは死骸を食べ、都市では人間の食べ残しを片付けるスカベンジャーだということです。

松原先生は学生時代に京都大学の近くで、カラスが居酒屋やお好み焼き屋のゴミやお墓のお供えを食べる様子を観察していたそうです。

1/24 鉄道芸術祭vol.8 トーク・プログラム「カラスが見た都市」ゲスト:松原始(東京大学総合研究博物館 特任助教)

では、カラスにとって都市は生活する場としてどのように見えているのでしょうか。
食料は、都市でも果実や小動物など天然のエサも捕食でき、スカベンジャーとして人間の食べ残しも摂取できます。営巣場所としては、公園や並木、そして送電線やビルなどの建築構造の中にもしたたかに巣を作っています。家庭の針金ハンガーでつくった巣をご覧になったことがあると思います。次に、敵は町中には滅多にいない。ということで、都市はカラスが生きるのに都合が良く、山の中の生活をスライドさせて生活が可能だということです。

なんといっても、松原さん曰く、鳥にとって都市は「超・都市計画 〜そうなろうとするCITY」ならぬ、「鳥・都市計画 〜そうなっちゃってるCITY」なのですから。

1/24 鉄道芸術祭vol.8 トーク・プログラム「カラスが見た都市」ゲスト:松原始(東京大学総合研究博物館 特任助教)

町かどでカラスの存在が気になるのは、近所ですれ違う人の存在が気になるのと同じようなものかもしれない。なんだか、あいさつをしようかしまいか逡巡してしまう。カラスと人間の関係はそんなものかもしれないなという気がしてきました。

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